大人に近づく僕等は

□スーパースター
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トタトタトタ…
夕方になっても蒸し暑い残暑のなかを何とか家にたどり着いた。
ガララララ……。
「ふぅ…」
玄関を開けて、上がり口にドサッと重たいカバンを置く。

「あかねー。これ、届いていたわよ」
あたしの帰宅に気付いたかすみお姉ちゃんがパタパタと軽やかな足音で出迎えてくれた。
そして一通の封書をあたしに渡す。

最近はこのシチュエーションでいつも緊張が走る。

差出人を見ると
『○○コーポレーション』となっていた。
上がり口に座り込んだまま恐る恐る封書を開ける。


『……今回はご縁がなかったということで……。貴殿の今後のご活躍を期待しています』

パサッ
と封書を横に置く。
もう何度見たか忘れたような断り文句だった。
「はぁ…」
あたしは玄関扉を見つめたまま再度ため息を吐いていた。






いつまでも上がり口に座り込んでるわけにもいかず、重たいカバンと上着を抱えてノロノロと廊下を歩く。
『うぉぉぉ!!』
『きゃぁぁぁっ!!』
居間からは賑やかなテレビの音が聴こえる。

就活用のスーツを着て髪をアップにまとめた格好のまま居間に顔を出すと
「あーおかえりーあかね」
とスルメと缶ビールを片手に雑誌を読んでたなびきお姉ちゃんがチラッと顔を上げ、また雑誌に目を戻した。

「お帰りなさいあかねちゃん」
「あぽー」
早乙女のおば様達も声をかけてくれる。

暗い顔ばかりもしていられない。
出迎えてくれる家族がいてあたしは幸せ者だ。

『早乙女乱馬選手!後方から入場です!!』
テレビの音が突如大きく響いた。

「乱馬だわ!」
おば様が少女のようにはしゃぐ。
「うーむ、これに勝てば乱馬君はタイトル奪還か」

…みんながテレビに釘付けになり、
あたしもペタンっと畳の上に膝をつく。

視線はテレビの中の彼に注がれていた。
いつもの軽いフットワークだった。

あたしの前ではわざとらしく居丈高になったり、自分を大きく見せようとして空威張りをしたがる子供みたいな乱馬はそこにはいない。
見えるのは着実に相手を仕留めることに集中力を見せている、あたしが知ってるもう一人の乱馬だ。
こういう時の乱馬は1つ1つの動きに自信があるようだ。

…しばらくすると勝負がついたようだった。
「きゃぁ!」と少女みたいに喜ぶおば様や ガッツポーズをするお父さん達にハッと我に返る。
そのうちテレビ画面いっぱいに自信に溢れた偉そうな生意気そうな乱馬の顔が映し出された。

「すっごー…すっかり有名人じゃない?」
万歳三唱するお父さん達の声になびきお姉ちゃんのつぶやく声が重なる。

あたしの頬はいつの間にか涙で濡れていた。
乱馬に会いたい。
今すごくそう思う。
でも会えない。
自分の未来さえ決まらないのに こんな状態で今の乱馬に会いたくない。
あたしってこんなに心狭かったっけ?
こういう意固地でどうしようもない部分があたしにはあったのね。

涙を拭い重いカバンを抱えて自分の部屋へと戻る。
遠征に出ている乱馬とは3日間ほど会っていないし あえて連絡も取り合っていない。
あたしと乱馬のどっちが先に連絡をするか、あたしとしてはちょっとしたくだらない「意地」もあった。

あたしの方が乱馬を必要としてるなんて思いたくないし「電話したかったら乱馬の方からかけてくればいいじゃない」とすら思いながら、鳴らない携帯を前に3日間が経とうとしていた。

「そりゃ色々忙しいもんね…当然だわ」
と溜め息をつき、
気を紛らすためにブンブンと頭を振って カバンからエントリーシートを出した。

机に乗っている【エントリーシートの書き方】という本を開く。
エントリーシートは何度も書いてきたし……たぶん就職できたとしてもきっとそこから又大変なんだろうな。
大人になっていく恐怖感と、この先ずっと周囲に流されて生きていくような虚無感に満たされて

あたしはとうとう携帯電話を握りしめていた。
リダイヤルですぐにかけることが出来る。
けれども何コールか鳴らしても乱馬は出なかった。

しつこいと思われたくなくて、5コール程で急いで切った。
「はぁ…」
バカ
乱馬のバカ
何やってんのよ!

唐突に
『乱馬がスポンサーからの接待で、豪華なパーティー会場でコンパニオンのお姉さん達に囲まれてウハウハしている』
そんな想像がモクモクと現れる。
あたしはシャーペンをボキっとへし折った。
「冗談じゃないわ!!」

「今からでも押しかけてやる!!浮気なんかしてたら半殺しにしてやるから!!」
急いで旅行カバンを引っ張り出し、乱馬の宿泊先を確認するために階下に降りていく。

「乱馬くんの泊まってるホテル?」
こういうことでは一番しっかりしてそうなかすみお姉ちゃんに聞いてみる。
「でもどうして知りたいの?乱馬くん、今日の試合と明日の防衛戦が終わって…4,5日したら帰ってくるのに」
と逆に聞かれてしまった。
うまく返事を返せずにいると、
「あかねーあんたさ、いくらすぐに乱馬くんに会いたいからって 就活中に遠出するなんてちょっとバカじゃないの?」
ひょいっとなびきお姉ちゃんが口を出す。

「そ、そんなんじゃないわっ。ちょっと聞いただけじゃない」
余計な詮索をされたくなくてすぐに部屋に逃げ戻ると携帯が鳴っていた。
急いで携帯の液晶画面を見る。
着信は『乱馬』
!!

「はい」
慌てて電話に出た。
『よー、どうしたんだよ』
やたらとでかい声が響く。
「…乱馬、いま何処にいるのよ」

『はぁ?聞こえねー…ここうるせーんだよな』
乱馬の言う通り、乱馬のいる場所はガヤガヤと騒がしそうだ。

…しばらくすると静かな部屋に移動したみたいだった。
『もしもし』
「あ、はい」
急に乱馬の神妙な声が聞こえてあたしも神妙になってしまう。
『なに…?』
ああ絶対にバカにされる。
そんなにおれの声が聞きたかったのか?とか。
おれは忙しいんだぜ、お前と話してる暇なんかねーよとか。
なんでそんな事言われなきゃいけないのよ!
………どうしてこんなに粗忽な考え方しちゃうのかしら……だから内定も貰えないんだわ。
「こ、声が聞きたかったの…」
え?あたし今なんて言った?
自分の唐突な言葉に焦っていると
『……お、おう』
照れたような声が電話越しに響いた。
…あれ?
素直になっても大丈夫そう…?

『そっかー、そんなにおれがいねーと駄目なのか〜、しょーがねー女だぜ』
…なによ?その言い方は。

『でも、おれ今忙しいんだよな…』
「わ、分かってるわよ。試合見たから…!」
『…あぁ』
「おめでとう」
『おー』
「……」

『…。…もうちょっとしたら帰るから』
「…うん。気をつけてね」
『分かってる』
「…じゃあおやすみなさい」
『あぁ』

ぷつっとあたしから電話を切る。
話せただけで、話してくれただけであたしは幸せ者だと思った。
その夜は携帯を枕元に置いて眠った。




翌日ーー。
短大に行って帰ってくると、居間のテレビではまた乱馬の試合がかかっている。
夕飯中も試合は続いていた。
「そこだっ乱馬くん!」
「えーい、とっとと決めんか」
液晶画面の中で乱馬が何度か反撃にあっている。
乱馬が打たれる度にあたしの身体も痛むようだった。
唇を噛み、黙って見つめているうちに試合は乱馬の辛勝で終わった。

あたしは食べ終わった食器を持って立ち上がり、お祭り騒ぎになるお父さん達の脇を抜け台所に下げに行く。
騒がしい居間を抜けて2階へと上がった。
部屋に入り、ハンガーにかけてあるスーツのシワをとる。
洗っておいたワイシャツをハンガーにかけた。
明日は朝一で面接だった。
お風呂に入ってから部屋に戻り携帯を確認したけど 乱馬からの連絡はない。
あたしはこの夜も携帯を枕元に置いて眠った。







翌日は朝からまた残暑が厳しかった。
ミーンミーンミーン…
とまだ蝉は鳴いている。

乱馬も頑張っていた。
あたしも頑張ろう。

乱馬の人生にあたしが向き合えるとしたら、せめて自分のことは自分でしっかりと片付けたい。
これまでも、これからも。

あたしの未来を作れるのは乱馬じゃなくてあたし自身…。
そして何度も落ち続けた面接会場へと足を向けた。








後日。

「あかねちゃん、またコレ来てたわよ」
そこには本採用を知らせる用紙が入っていた。

「あかね!受かったんだって?おめでとう!!」
「しかも本命?」
「いやーめでたい。今日は飲もうね、天道くん」
「あなた、いつも飲んでるでしょ」
「もうすぐ乱馬くんも帰ってくるし今日はダブル祝賀会だなぁかすみ」
「そうね、お父さん」

みんなに祝いの言葉を貰って照れているなかDVD画面の映像が目に入った。
そこには録画されていたインタビューを受けている時の乱馬の映像が流れていた。

本人の目の前で言うことは無いかもしれないけど、乱馬はこんな意固地なあたしに生きる道を示してくれる唯一のスーパースター。この先もずっと。


End

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