魑魅魍魎の主
□忘れたくないモノ程、あっさりとどこかへ落としてしまうものである
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あの衝撃発言から、すぐに医者である鴆が呼ばれ、診察された。その結果は記憶喪失。しかし頭打った様子も無く、大きな怪我も無い。明らかに妖怪の仕業だろう。
「それで⋯!記憶は戻るの?」
「コイツをやらかした妖怪にもよるな。ただ取り上げられたのであるなら、ソイツを潰せばなんとかなるかもしれん。だが、記憶を喰う妖だったら⋯。」
「っ、自力で、思い出す事って⋯できないのかな?」
「妖怪の仕業なら難しいかもな。まして彩菜は普通の人間だ。無理に思い出させようとしたら、精神がぶっ壊れるかもしれねぇ。」
「⋯そっか⋯。」
「リクオ、その、なんだ。あまり気に病むなよ。まだ調査は始まったばかりだろ。」
「わかってるよ⋯。」
それでも、あの怯えた彼女の目が忘れられない。
真神彩菜。それが自分の名前らしい。なんでも道端に倒れていたらしく、次に目を覚ました場所が妖怪屋敷だった。
倒れていたならともかく、まさか記憶までどこかに落としてきたとは、誰も思わなかっただろう。
「あっ!彩菜!」
「リクオさん!」
「家事のお手伝いありがとう。助かるよ。」
「いえ、これくらいの事しかできませんから。」
「そんなことないよ!!彩菜はいつも色々とやってくれてるし!」
「ふふ、お役に立てていれば、なによりです。」
この半年間、このお屋敷でお世話になり始めた頃、怖くて仕方がなかったのだが。話をすればどの妖怪も気がいいという事はわかった。
それでもごく稀に一部の妖怪が、面白がり、いまだに急に物陰から飛び出してきたりなど。驚かせてくるために、ビクビクとはしているのだが。
元々この屋敷で給仕として働いていたらしいのだが、記憶が戻る気は全くない。
この屋敷にいるほとんど妖怪は、急がなくてもいいと言ってくれているが。それでも時折、悲し気な目を向けられている事にはもう気付いている。
それでも、今の自分はそれに応える事ができない。
そしてもう一つ、なによりも大きな問題があった。
「彩菜?」
「え、あ、はい!」
「ぼーっとしてたけど。もしかして具合悪い?」
「申し訳ありません。少し、考え事を⋯。」
「へ!?なにか悩み事があるなら聞くよ!!」
「いえ、大した事ではないので。リクオさんが気にするような事ではありませんよ。」
ふるふると首を横に振り、にっこりと笑みを浮かべる。一番の問題は、自分の気持ちの変化。
彼と話をすると、とても心が穏やかになる。そして安心して、胸が締め付けられるような感覚も嫌ではない。
結論から言ってしまえば、好きになってしまったのだ。心から。
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