自由の翼

□キッカケは人間が思うよりも近くに転がっている
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喫茶店『風の歌』

ウォール・シーナの市街地にあり、少しわかりにくい場所にありながらも、店主の入れる紅茶や作る料理がとても美味しいと評判高い店だ。

街の一角にあるせいか、人通りも少なく、店内もとても静かで落ち着いていて、常連が多かった。営業時間は午前八時から午後七時まで、ラストオーダーは午後六時。

この店を一人で切り盛りしているのは二十代前半の若い女性一人。ふんわりとした雰囲気で笑う彼女についているファンも少なくない。

そんな彼女の心を射止めた男が一人だけいた。

一年以上前からこの店に通っていて、店を訪れる曜日はいつもバラバラ。それでも時間帯はいつも決まっている。

それは午後二時から三時の間。丁度ランチのお客様がお帰りになり、静かになる時間だ。

彼女はその男がどこの誰なのか、どんな仕事をしているのか、それどころか名前もわからない。ただ、唯一、品物を注文する際や、お会計をする際など、発せられる声がとても心地よいのだ。

「今日は⋯雨⋯。」

窓ガラスを叩く雨粒は大きく、まるで嵐のようだと困ったように窓の外を見る。この天気のせいか店内には誰一人として来店せず、いつも以上に静かであった。

今日はきっとこの雨は止まないだろう。ならば早く店を閉めてしまおうかとも思ったのだが。チリリン、と、ドアベルが鳴った音に反応しそちらを振り向く。

「だ⋯大丈夫ですか⋯!?」

「途中で、傘が⋯。」

そこにいたのは、頭からまるでバケツの水をかぶったかのような彼がいて、少し待っててください、と声をかけ慌てて裏に行く。

そして少し大きめの真っ白いバスタオル一枚と、フェイスタオル一枚を取って店へと戻った。

「このタオルをお使いください。上着も濡れてしまっていますね⋯。お帰りまで暖炉の側にかけさせていただきますね。」

「あぁ、頼む。」

渡された黒い上着もかなり濡れていた。それでも中の白いシャツは、あまり被害にあっていないようでほっと安堵の息を吐く。

髪が濡れてしまったせいで、普段と少し雰囲気が違うように見えたが笑顔を貼り付け席を案内する。

「ご注文はいかがなさいますか?」

「ダージリンのストレートと、ナポリタンを。」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」

注文を取ってから、彩菜は厨房に入り紅茶を淹れながらパスタを茹でる準備をする。先に沸かした紅茶と、温めたそれをお皿に盛り、彼の待つテーブルへ運ぶ。

「お待たせいたしました。こちらダージリンのストレートと、じゃがいものスープです。」

「スープは、頼んでいないが。」

「はい。ですが、わざわざ雨の中足を運んでいただいたので。それに紅茶だけでは体もちゃんと温まるのは難しいですし、昨日の夕食の余りで良ければ、召し上がってください。」

「⋯悪いな。」


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