暗殺者と怪物

□不安に思ったら溜め込まず、信頼がおける相手に相談しましょう
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私、真神彩菜は、既に中学校は卒業し、進学をした高校、大学も仕事を両立させて卒業した。今は一人暮らしをしているため、手元には無いが、実家にはそれぞれの卒業証書がしっかりとある。

あるはずなのだが。

「それでは、次の問題を真神さん。」

「は、はい。」

中学生の夏服を着て、担任にチョークを渡され、サラサラと黒板に白い文字を刻む。いや、どう考えてもおかしい。

「はい。よくできました。」

「ありがとうございます⋯。」

当時の担任だった殺せんせーに褒められても、違和感しかないのだが。顔に現れている赤い花丸に顔が思わず引き攣った。

そもそもこの生物は卒業式の前日に殺しているし、この三年E組の旧校舎は、磯貝所持の鍵が無ければ入ることができない。

なぜ、この中学生時代に戻っているのか。なぜ、大人になった自分の記憶があるのか。大人になったはずの自分が、なぜ子供の体に戻っているのか。

頭が混乱している。そしてこうなる前、なにをしていたのか思い出せないでいるが、それよりも元に戻る事が大優先だろう。

一瞬夢かとも思ったが、あまりにも物に触れた感覚や、匂い、会話があまりにもはっきりとしており。その上、二日間目が覚めないところを見ると夢ではなさそうだ。

ぼんやりと考えていれば終業のチャイムが鳴り、号令の声がかかる。それに倣い彩菜も体を動かすが、どう考えても、頭が考える事を辞めたがっている。

まずは誰かに相談しようか、とも思ったが、こんな突拍子もない事を話して、変人扱いをされるのは嫌だ。

いや、月が爆破される一件もあったのだ。タイムスリップなるものも、一部の人間であれば信じてくれるかもしれない。

とりあえず、と。誰かに相談する事は後でまた考えるとして、出ていたペンを筆箱の中にしまい。机の中にある教科書とノートを鞄の中に詰め込む。そして当時の日課だった“ある事”をする為に上履きからローファーに履き替えた。

「今日は⋯向こうにしようかなぁ⋯。」

トントン、と、爪先を整え、ノートとボイスレコーダー片手にお気に入りの一つであるプールサイドへ向かう。水の流れる音を聞きながら、作詞作曲をすることが大好きだったのだ。

丁度いい岩の上に腰を下ろし、ノートとペンを持ちながら鼻歌を歌う。まだ曲のイメージもなにもないのだが、とりあえず形にしておけばいずれなにかになる。

だが、今日ばかりは全く気分が乗らず、諦めてノートを閉じレコーダーの音を切る。まるで容量を超過してしまったかのように、なにも思い浮かばなかった。

背中にある木にもたれかかりながら目を閉じる。記憶に色濃くある光景が、懐かしくて愛おしくて、ぽろりと涙が零れた。もしも、この時間に戻れるのなら、なにか変わるだろうか。

否、きっとなにも変わらないだろう。あの意地の悪い教師は、自分が望んだ形で最後を迎えたのだ。それを自分一人で変えていいものではない。

自分のことは全く考えていなかったのだ、あの教師は。

「真神さん?こんなとこでなにやってんの?」

「⋯カルマ、くん。」

背後から唐突に聞こえた声に目をゆっくりと開く。慌てて流れていた涙を拭い、いつもの顔へと戻した。


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