魑魅魍魎の主

□掃除の素早さは重要
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そのカレーをレンジで温めつつお風呂を綺麗に洗い、お皿に盛りつけようと食器棚と向かい合ったのだが、部屋の中の空気が変わる。

反射的に後ろへ振り向けばあのストーカー男が立っていて、どこから入ってきたのかと目を大きく見開く。鍵はしっかりと締めたことは確認したはずだった。

「彩菜さん⋯どうして、あんな男と付き合ってるの?僕の方が相応しいのに。」

「な、にを。」

「僕、たくさん探したんだよ?彩菜さんの綺麗な黒髪を頼りにしてさぁ。そしたらずっとハズレばっかりで。」

「は、」

その言葉で、彩菜の頭の中にニュースで流れていたあの事件の事が思い浮かんだ。

黒髪の女性ばかりが狙われており、その犯行時間は深夜のみ。現場は自宅や外などバラバラであり、犯人に関する情報が一切ない事件。

「だけどね、探してる内にどんどん気持ちよくなっちゃて⋯。彩菜さんもあぁしたらどんな風になるのか、凄く気になるんだ。」

「っ、」

被害者女性が、どんな殺され方をしたかまではニュースでは放送されていなかった。ということは、放送ができない程残虐な殺し方ををしたのだろう。

食器棚を背にぶつけ、これ以上下がれないことを悟る。すると目の前の男の顔がドロリと崩れ、顔の半分が泥、半分が鬼となんとも言えない姿に変わる。

悲鳴さえ、出なかった。頭の中では今のこの状況をどう乗り切るかで一杯だ。

「あぁ、あ、彩菜さん⋯僕と、付き合ってくれる、よ⋯ね?」

「っ、何度も、お断りしてます!私の意志は変わらない!」

「なんで⋯、なんで⋯!僕よりも、あの男の方が良いのか!!」

襲いかかってきたその体を紙一重で避け、ソファーの上に置いていた鞄の上に倒れ込む。ボタボタと垂れる泥が床をの汚し、どこか冷静な頭は、この部屋を母と兄が戻ってくるまでに綺麗にしておかなければならないと、思う。

「彩菜ぁぁぁ!!!」

再び勢いよく伸びる手に、鞄の中に入っていた護身用の短刀が目に入る。もしもの時のためにと、リクオから渡されていたのだ。

できれば使わないでほしいと言われていたが、今はそんな事を言っている場合ではない。彩菜は刀身を素早く抜くと振り向きざまに泥の腕を斬り落とす。

べチャリと嫌な音が耳に入り、息を詰まらせた。斬り落としたはずの腕が再び生えてきたのだ。

「⋯人である事を、捨てたんだ。」

だがこうなってしまえば自分の分が一層悪い事に変わりはない。鬼の顔から泥に掛けて斬り付けてみるも、その傷口からは血ではなく泥が溢れる。

「っ!!?」

動きが鈍いからと、油断をしていたからだろう。不意に繰り出された泥の攻撃に足を掬われ、尻餅をつく。

その隙を付かれ馬乗りにされると、彩菜の身体にボタボタと泥が広がる。

「彩菜、さ、これで、ずっと、僕と、一緒⋯。」

鋭い牙がハッキリと見える程、大きく開かれた口。このまま食べられてしまうのだろうと、悟る。

「っ、んのっ⋯!!」

そんな時、指先に触れたのは鉄製の重い灰皿。無我夢中だった。その灰皿を手に握り大きく振りかぶって外へと放る。

灰皿はストーカー男を通り過ぎ、その後ろにあったベランダへ出る事ができる窓ガラスを割ったのだ。

「ぐふふ、ここ、マンションの五階。誰も気付かない。」

「どう、かなっ⋯!」

確かに、普通の人間であれば気付かれる事は不可能に近いだろう。隣の部屋の明かりは付いていなかった。

ただ、申し訳ないと思いつつも、いつも自分を守るために護衛をしてくれている妖怪がいるのだ。

ガシャアアアン!!!と、先程よりも大きな音を立てて割れた窓ガラス。その破片がストーカーに降りかかるも、体に吸い込まれ、ダメージになっていないようだ。


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