灰色の祓魔師
□将来の夢は、お花屋さんになる事です
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「彩菜⋯。」
「でも、力で捻じ伏せても、お前と同じ人間になるのは絶対に嫌だ。だからここで殺さない、一生悔やんで生きろ。お母さんを殺して私に暴力を奮った事を。」
ざ、と、地面から刀を抜き鞘に収め、再び祝詞を唱え、刀を消す。今ここに必要無い物なのだ。
「だけどもし、今の奥さんと子供に手を上げるような事があったら、私はどこにいても次は絶対に斬る。」
「あぁっ⋯!」
「あと一つだけ、わたしの父親だと名乗らないで。私の名前を、二度と呼ばないで。“私の父親”はもう死んでる。」
言いたかった事を全て言い切った彩菜は神田の方へ振り返り、自分よりも大きな手を握る。
どんな暴力を振るわれてもあの男が父親だということは変わらない。それが悔しくて、悲しくて、小さく唇を噛む。これでは愛されなかった母だけが、なにも救われない。
「ゆうくん、行こう。」
「あぁ。」
動かない男をそのままに、背中を向け前へ進もうとしたが、不意になにかに背中を押された。神田の仕業かと思ったが、黙って頭を撫でてきたため、違うのだろう。
すると、胸の奥からなにかが沸き上がり、無意識にお腹へ力を入れていて、叫んでいた。
「今!!幸せだから!!」
「っ、あ、」
「だから勝手にお前も幸せになってろ!!バァカ!!」
そのまま今度こそ男をその場に残し、神田の手を強引に引っ張って木蓮の並木道を走り抜ける。
「彩菜。」
その優しく呼ばれた声に、ずっと我慢していた涙は決壊し、声を大きく上げて泣き出す。この男の前ではどうにも、上手く感情をコントロールする事ができない。
「私、ゆうくんがいたから、言えたの⋯。一人じゃ、できなかった⋯!」
「よく頑張った。俺には、できなかった事だ。」
「ゆうくんっ⋯!」
なにかを憎み続ける事はとても労力がいる。それでもそのなにかをに許すためにはたくさんの壁を乗り越えなくてはいけない。
自分よりもずっと小さな強い体を、強く強く抱きしめた。
それでもぐずぐずと泣き止まない彩菜に困った神田。このような時に泣き止ませられるような語彙力は持ち合わせていない。
だが、舞い散る木蓮の花を目にした彼は、いつ話したか思い出せない彩菜との会話が過ぎる。
「なぁ、彩菜。」
「なに⋯?」
「やっと、俺達には、鎖も枷もなくなるんだ。戦後処理が終わったら、どっかの国で花屋でも作るぞ。」
「お花、屋さん?」
「前に言ってたじゃねえか。エクソシスト以外にやりたい職業。」
そんな昔の、自分さえも忘れていた夢を、この男は律儀に覚えていてくれたのだ。ぎゅっと、手を抱き締める力を強くする。
「それ、いつの話?」
「会話しか覚えてねぇ。いつだっつぅのは、昔だろ。」
「一緒にお茶出せたらいいな。」
「俺も手伝う。」
「ゆうくん、お花わかるの?」
「温室には通ってる⋯。」
五年以上も一緒にいて気付かなかったその事実に彩菜は頬を緩めた。こんな時でも、いつもと同じように接してくれている彼が大好きで、同じ時間を過ごせる事にとても幸せに思う。
「ゆうくん。」
「⋯なんだよ。」
「あのね、ゆうくんの事、世界で一番大好きだよ。」
「はっ、んじゃねぇと、許さねぇ。」
不敵に笑みを浮かべる彼に、彩菜は頬にキスをして返事をする。普段の立場と真逆の行動された神田の逆襲はそのキスよりも何倍も濃いそれをお見舞いしてやったのだった。
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