灰色の祓魔師
□将来の夢は、お花屋さんになる事です
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「私、強くなったと思ったのにっ⋯!全然、変わってなかった!!」
「大丈夫だ、大丈夫。俺が、いる。」
「ゆうくんっ⋯!」
ぎゅっ、と強く抱き付けば、鼻に付く石鹸と太陽の匂い。大好きなその匂いにまた、涙腺が緩くなる。
まさか、目が合っただけで逃げたくなると思っていなかった。拾われる前とは違う。戦う術とそれなりの処世術を身に付けたつもりだった。
それにもかかわらず、体の震えが収まることは無い。
父親に殴られるよりも、たくさん痛い思いも、怖い思いも、悲しい思いも、してきたはずだったのに。
「彩菜っ、か?」
「つっ⋯!」
聞こえた声に彩菜は体を硬くする。それに気付いた神田は男の顔が見えないように強く抱きしめ直す。
「テメェ、誰だ。」
肩を激しく上下させながら、片膝に手を付き荒い呼吸をしている五十代の男を睨み付ける。
「彩菜、の、父親、だ。」
「今更、なんのつもりだ。」
「ーーーずっと、謝りたかった。今の妻と結婚して、自分がどれだけ彩菜達に酷な事をしていたか、ようやく分かった。許してくれとは言えないが、それでも謝らせてくれ。」
彩菜、すまなかった。
だがその言葉を聞いても彩菜の様子が変わることはなく、ずっと震えたままだ。
コムイに心配され、教団へ戻ったと同時に彩菜を追いかけたのだが、正解だった。こんな状態の彩菜を一人にはしておけない。
「ゆうくん、ちょっと放して?」
「あ?駄目に決まってんだろ。」
「お願い。」
その言葉で、神田は彩菜から手を離す。離さざるを得なかった。その彩菜は首にあるチョーカーを外し、言霊を口にする。
「‹煌華、ここに。›」
その言霊によって現れたのは彩菜が戦闘時に使用する日本刀が握られており、素早く抜かれたその刃は、男の首に触れる。
「彩菜!!」
それに慌てたのは神田、元より彩菜に人を殺させるつもりはなかったのだ。もし手をかけることになるのなら代わりに自分が。
「ゆうくんは、ちょっと待ってて。」
聞いたことの無い声と、教団に住み始めた頃と同じ暗い闇が浮かぶ瞳に、神田は動けなくなる。今下手に刺激をすれば、彩菜が己の手からすり抜けていくような、そんな感覚が走る。
「私は昔から、お前を父親だとは思った事は無い。ただの暴力を振るう男。」
「っ、あぁ⋯。」
「今すぐ私は、ここでお前の首を撥ねる事ができる。それに関してはどう思う?怖い?」
「それだけの事はしてきた、覚悟はできている。」
「ーーーなら、いいね。」
彩菜は刀を握る力に手を込め、さすがに不味いと思った神田が動くが、間に合わない。
しかし、振り下ろされたは首を撥ねたわけではなく、地面へ深く突き刺さっていた。
「お前が新しい家族を作っている間に、私はたくさん泣いて戦った。もし会ったら一発殴るくらいはするつもりだった。」
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