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□隣人の猫
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昔から絶対に非科学的なもの
例えば幽霊とか祟りとか
そういった類は
信じまいと生きてきた。

見えないものに変な恐怖を抱きたくなかったしその行為こそムダだなと。

しかし、この夏私は
嫌にでもソレはたしかに"いる"と
信じねばならない
そんな経験をする事になる……。



【隣人の猫】



読書が好きだった私は
何時ものように地元の人しか知らない
小さな図書館にやって来ていた。

並ぶ蔵書に手を伸ばしかけたその時


「なぁ」


「…はい?」


「コレ、なんて読むん?」


「え……」


指差された文字は"猫"。
仕方なく私は読みを教えてあげる。


「…ネコ、ですけど」

「あぁ、そうなんや。ありがとう」

「…はぁ」


相手は多分17.18ぐらいの年齢であろう
背丈と大人びた顔なのに
こんな文字も読めないなんて。

変わっている
ソレが彼女の第一印象だった。

しかし、それだけでは
彼女の質問は終わらず

分からない字がある度に
私の元へ来ては


「なぁ…コレはなんて読むん?」

「なぁなぁ、コレは?」

「コレは?なんて読むん?」


と聞き続けてくるのだ。

最初の数回ならともかく、何十回も聞かれても読書の邪魔だし

そもそも私は人が嫌い。
特にこういう周りを見ない輩が一番。

何十回目かの彼女の「なぁなぁ」に
ついに私は我慢が出来なくなり

感情まかせに
自分でも珍しく声を荒げてしまった。


「良い加減にしてくださいっ!」

「え」

「ずっと聞かれても迷惑です…!それに、あなた何歳ですか?こんな字小学生でも読めるものばかりじゃないですか!それなのに…ふざけてるんですか?私をおちょくってるんですか?」


気づいた時には時すでに遅し。

ハッとなる私の目の前では
彼女が申し訳なさそうに
落ち込んでいた。

そりゃそうだ。
初対面の相手にこんなに怒鳴られて
良い気がする人はいないだろう。

言いすぎたかな、と反省する私に
彼女は言いにくそうに


「……うちな、小学校行ってないねん」

「……え?行ってない?」

「わけあって、小学校行ってへんからせいぜいひらがなは読めても漢字はもうサッパリわけ分からんくて」

「……そう、なんですか」

「だから、不快な思いさせちゃったんならごめんなさい。ちょうど隣にあなたがいたから声かけてしもうて、迷惑かけて…」

「え、いや……」


そんな事情があったとは知らず
一方的に怒鳴ってしまったこっちこそ
申し訳ないな
とさらに私は反省を深めた。

関西弁の彼女はそのまま
もう一度「ごめん」と誤ってくれた。

この場合私も謝るべきではないかと
俯いてた顔をあげて
私も謝罪の言葉を口に………


「………………え?」


顔をあげた先には
もう誰もいなかった。

さっきまで、いたはずなのに…。
ゾッと背筋に
何かがはしっていくのが分かる。

まさか、そんな、ねぇ?

しかし、足音もたてずに
その場を去るなんて
そんなこと可能だろうか?

可能にしたって、早すぎる………。


「……ありえない、ありえない」


そう自分に言い聞かせた。

しかし、もう読書の気分でもなくなり
私は予定していたよりも早めに
その場を離れたのだった。











その時はまだ何も知らなかった。


この出会いが
全ての元凶の"ハジマリ"であり
誰にも止められない不幸が
これから襲ってくることを


何も、そう


…………………………………何も。
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