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□至福の時
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幸せな時間ほど
短いというけれど

その時間が途切れることなく
ずっと続いていると

もはや短いかどうかなんて
分からなくなる。

「由依、待った?」

「ううん、ぱるる大丈夫やで。ほな帰ろうか」

由依とは幼馴染みで
小学生の頃から常に一緒にいた。

内気で控えめな地味な遥香と比べ
由依は対照的に明るくクラスの中心にいるような人気者だった。

それでも由依は
高校生になった今でも
そばにいてくれる。

他の友達の誘いを断ってでも由依が
毎日自分と帰ってくれることが
遥香にとっては
何よりの幸せだった。

ある日の放課後
遥香はいつものとおり
待ち合わせ場所に
向かおうとしていた。

鞄を持ち上げた時
スマホが鳴る。

由依からのLINEだった。

『ちょっと遅れるからいつもの場所で待っとってな〜』

了解、とだけ返して
遥香は教室を出た。

しかしその日はどうしてなのか
分からないけど

由依の教室まで迎えに行こうと
ふと思いたって

遥香は初めて
由依の教室まで行くことにした。

由依の教室は1番端っこにある。

「由依〜……」

教室を恐る恐る除いてみると
そこには鞄を持ち上げて
帰ろうとする由依の姿があった。

遥香が駆け寄ろうとする。

しかし…

「由依ちゃん〜今帰り〜?」

「あ、うん」

「うちらクレープ屋寄ってくんだけどさ、由依ちゃんも行かない?」

「あ〜……ごめんな、約束あんねん」

クラスメイトにごめんと
両手を合わせる由依に
少しの申し訳なさと
自分を優先してくれることへの
喜びを感じた。

嬉しい。

けれど由依が断ったことで
教室の空気が変わった。

「……由依ちゃんいつも地味子と帰ってんじゃん、たまには他の人と帰りなよ」

「…地味子?」

「島崎遥香、だっけ。あの子地味じゃん、だから地味子。なんか、由依ちゃんと地味子釣り合ってないよ。うちらと一緒にいた方が由依ちゃんもきっと楽しいし…」

「楽しいかどうかはうちが決めることや…!」

由依の怒鳴り声を初めて聞いた。

思わず教室の外で隠れてしまう。

見つかりっ子ないのに。

「それに…」

由依が教室を出ようとして振り返ってクラスメイトたちを見た。

「…ぱるるは、地味なんかじゃあらへん。ぱるるにはぱるるの良いところが沢山あるんや。まぁ…うちだけ知ってればいいけどな?」

ほなね、と教室から出てくる由依。

慌てた遥香は
思わずうわっと声を出してしまい
由依に見つかってしまった。

「ぱるる…聞いてたん?」

「…少しだけ」

「…そっか、まぁ気にせんでええで?」

帰ろう、と由依に手を引かれる。

複雑な気持ちで
その後につづいて歩く。

その時初めて気づいた。

由依がわざわざ学校の外で
待ち合わせ場所を
作ったのは入学して1週間後の
ことだったことを思い出す。

理由を聞いた時
待ち合わせの方が何かええやん
なんてバカなこと言ってたけれど
そうじゃなかった。

由依は、私のためにわざと
クラスメイトたちに
何か言われるのを
耳にいれさせないために
待ち合わせ場所を決めたんだ。

全ては
由依の優しさから
遥香の幸せは
成り立っていたんだと思い知る。

「………由依」

「ん〜…?」

握った手に力を込める。

私の気持ちが
由依に伝わりますように。

「…………いつもありがとう」




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄





「懐かしい………」

ダンボールから見つけた
卒業アルバムにうつる由依の姿を
指でなぞる。

ポツリと雫がアルバムに落ちて
シミを作った。

社会人になってから
上手くいかないことだらけで
社会の厳しさを遥香は痛感していた。

こんな時
由依がそばにいてくれたら
どれだけ幸せなんだろう。

そう考えては遥香は
その気持ちを隠すようにかき消した。

由依は京都の会社に就職して
お互い忙しくて
最近は連絡すらままならない。

辛い時に辛いと言える人が
いないことが
これだけ苦しいなんて…

「…由依に、会いたい」

今になって、つくづく思う。

遥香の幸せな時間は
由依の優しさによって
成り立っていたのだということ。

至福の時間は
誰とでも
訪れるわけではないことを。

彼女の気遣いが
遥香の支えであったのだ。

じゃあ
それがなくなった今
私はどうしたらいい?

強くなりたい。

彼女と釣り合うぐらいの
強さが欲しい。

そう思いながら
遥香は卒業アルバムを閉じた…。
 

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