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□水が消えたプール
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プールから水が抜かれていく。

たっぷり溜まっていた塩素が
入った水がゆっくりと減っていく。

そんな後継を見る午後3時。

授業が終わって
部活の時間になった学校は
たくさんの生徒たちで
活気に満ちている。

校庭では野球部と
サッカー部が走り回り
校舎内からは吹奏楽部の
楽器の音が響いてくる。

そして、屋上では
水泳部の横山由依が

1人

水が抜けきるのを待っていた。

夏の終盤
今年はもう水泳の季節が終わり
今日は事前に予定していた
プール掃除の日だ。

由依は体育座りで
地味に熱い地べたに座りながら
ボーッと、ただひたすら
目の前を見つめている。

毎年何故か見ていると
由依は寂しい気持ちになる。

それが水泳としばしの別れのためか
それともただ水が親しんだものが
消えてしまうせいなのか

何なのか分からないけど
由依は数年前から毎年この時期になると同じことを思うようになったのだ。

あと何回うちは泳げるんやろう、と。

「由依」

「…あれ、ぱるるやん。どうしたん?」

ひょっこりと現れた彼女は
私の中学からの友達の
島崎遥香だった。

遥香は体が生まれつき
丈夫ではないため部活は
茶道部に所属している。

けれど時々、こうして由依の元へ顔を出しに来ては話し込んで帰っていくのが今では当たり前になった。

遥香は私の隣に座った。

「プール掃除?」

「うん、今は水抜いてんねん」

「今年も同じ顔してるね、由依」

「え?」

突然言われたその言葉に
由依は何故か動きを止めた。

どうして止めたのかは
自分自身でも分からなかった。

「プールから水が抜けるのが、寂しい……だっけ?」

「まぁ、なぁ………」

「…私にはよく分からないけど、由依は中学の時から水抜く時同じ顔するよね。無、っていうか何ていうか…うーんごめん、難しい」

「ううん、何となく言いたいことは分かるで」

「そっか…流石由依だね」

その瞬間、由依はギュッと
胸が締め付けられるのを感じた。

痛い、切ない気持ち。

そして少しの寂しさが
入り混じっているのが由依には
よく分かった。

ふと横を見ると
遥香は由依と同じように
プールの水に目を向けていた。

その横顔が
太陽の光に反射されて……。

「…………あぁ」

「………ん……?どうしたの?」

「…………分かったんや、理由」

「理由…?」

「うちが毎年、プールの水が抜けていくのを見て寂しさを感じる理由や」

そう、分かってしまった。

本当は、ずっと
気づいていたのかもしれない。

それでも自分が気づかなかった
いや気づきたくなかったんだと
由依は確信した。

プールの水がなくなって
寂しいわけではなかった。

あと何回泳げるのだろうと
思っていたのは

あと何回こうして
水抜きをしている時
遥香が会いに来てくれるだろうか
であった。

今思い返せばこうやって
寂しさを感じ出したのも
遥香と出会った中学の夏からだ。

そうか、そんなんや。

私は……
ずっとこの気持ちを
隠すのに必死だったんや。

「………由依〜?」

「………やっぱ、秘密や、秘密!」

「え〜何それ〜」

「……秘密、や」

これから先も
変わらず彼女と友達でいるために。

由依は喉まででかかった
二文字の言葉をグッと堪えて
目の前を見据えた。

プールの水は、もうなくなっていた。
 

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