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Memory.1 【 すきやきの日 】



 私が小学校の頃、昭和の日本は貧しい国だったと思う。
 いや、違う! 貧しいのは我が家なのだ。昭和三十年代、冷蔵庫や洗濯機といった便利な家電製品が一般庶民にも持てるようになってきたが、貧乏の子たくさん、もう絵に描いたような貧しい一家は、小さな住宅に大家族で暮らしていた。
 収入源は父の給料と、朝から晩まで母は内職の電動ミシンで割烹着を縫っていた。
 貧乏な我が家の唯一の楽しみといえば、月に一度の父の給料日にある『すきやきの日』だった。その日は給料を貰った父が市場で牛肉を買って帰る日なのだ。当時は今みたいに銀行振込ではなく、手渡しだったので給料日の父は偉大に見えた。
 家族全員が揃って、切った野菜、豆腐、白滝などを大皿に盛って、ちゃぶ台にはコンロを乗せ、鉄のすき焼き鍋を置いて、牛肉と父の帰りをひたすら待っていた。
 当時は今と違って、物価からみて牛肉は高級品だった。
 買ってきても、せいぜい200gか300gほどで、家族全員に到底十分にはいき渡らないが、それでも滅多に食べさせて貰えない牛肉は憧れの食材である。――それを月に一度食べられる日は、朝から楽しみだった。

 昭和を代表するギャグ漫画家、赤塚不二夫の作品に「おそ松くん」というのがある。
 六つ子が食べ物の争奪戦で兄弟ケンカをする話だが、当時の我が家も「おそ松くん」をまさに地でいくような一家だった。
 常に動物性たんぱく質に飢えていたので、すき焼きの鍋の前で異常に興奮している。
 少しでも多くの肉をとろうと目をギラギラさせて、わずかな牛肉を巡って骨肉の争いが始まろうとしていたのだ。
 まず、すき焼き鍋をコンロの火で熱する、薄く煙が上ったあたりで肉の脂を炒め、鍋全体に油をいき渡らせてから、ついに牛肉を入れる! 狭い部屋中には肉を炒めた旨そうな匂いが充満している。この段階で条件反射のヨダレが出てきている。牛肉を炒めながら、砂糖、醤油、酒などを加えていく。我が家では関西風のすき焼きの作り方である。
 牛肉に味が浸みたあたりで大量の野菜や豆腐、白滝などを一気に投入する。少ないお肉をサポートするための野菜の数々は、ネギ、白菜、椎茸、そして……なぜか短冊に切った大根まで含まれていた。
 野菜がグツグツしたら、すき焼きの食べ頃である。
 まず、父が牛肉を箸で摘まんでいく、次に長男が牛肉を取ると、病弱で偏食が多い次男がちゃっかり牛肉を多めに掴んでいったら、肉がなくなるとばかりに長女も鍋に箸を入れ、次女も慌てて肉を探し始めて……末っ子の私には、いつも肉なんか回ってこなかった!
 たまに豆腐に隠れた肉片を見つけたら、それこそ《ラッキー!》とばかりに喜んで食べたものだった。
 そして我が家には鍋奉行ではなく、鍋監視人がいた。
「○○ちゃんが肉ばっかり食べてる!」
「また肉食てる。ズルイ!」
「もう肉がなくなるぅ―――!!」
 いちいち肉に関する実況放送を始めるので、その内、ケンカになり大騒ぎになった。そこで晩酌で酔っ払った父が怒り出し、
「お前らはもう喰うな!」
 大声で怒鳴って、誰かが泣き出したら『すきやきの日』は終了となる。

 ――まあ、それくらい昭和のすき焼きはご馳走だったのだ。

 時が流れて平成の今、私の誕生日に家ですき焼きをすることになった。
 旦那と一緒にスーパー行って、割と高い牛肉をたっぷり買ってきましたが、いざ、すき焼きを始めたら夫婦二人では思うほど肉が食べられない。すきやき鍋の中に肉ばかりが残っている。年齢的にコレステロールや中性脂肪も気になるところだし……。
 結局、食べない牛肉が余ってしまい冷凍することになってしまった。
 昔、あんなに奪い合って食べた牛肉なのに……なぜだろう? なんか違う。――それは私が変ったのか、時代が替わったせいか、すき焼きがそれほど有難い食べ物ではなくなっていた。
 平成のすき焼きは、昭和の『すきやきの日』ほど感動がなかった。

 昭和のすきやきと言えば、昭和三十六年、坂本九の歌う「上を向いて歩こう」は日本国外でも大ヒットをした。
 アメリカで「SUKIYAKI」(すきやき)というタイトルで、ヒットチャート誌『ビルボード』の Billboard Hot 100 で、三週連続1位を獲得。全世界でのレコード総売上は2000万枚以上を記録した伝説の名曲である。

 上を向いて歩こう 涙がこぼれないように〜♪

 Youtubeで聴いてみたら、懐かしい昭和メロディだった。
 思えば、昭和というは上ばかり目指して歩いていた時代だった。あの貧しさが昭和の原動力のように思う。
 私の昭和がどんどん遠くなっていく――。

 寂しいけれど涙をこぼさないように、前を向いて歩いて行こう。



― おしまい ―









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