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素材ラボ 様よりおかりしました。http://www.sozailab.jp/Memory.3 【 ランドセルを忘れた私 】
薄ぼんやりした、存在感の希薄な子でした。
貧乏の子だくさん、もう子どもは要らないと思っていた夫婦なのに、残念ながら誕生してしまった五番目の命が私です。
ご飯さえ食べさせれば、勝手に育つだろう。そんな動物を飼うような感覚で育てられ、物心つく前から上の姉たちのオモチャだった。
幼稚園は家庭の事情とやらで通園しなかった私は、いきなり小学校から団体生活が始まります。すでに日常が家畜小屋状態なので、上手くやっていけるだろうと高を括っていたら、単なる内弁慶で……外では引っ込み思案で気が弱く、すぐに自分の世界に引き籠ってしまうような子どもでした。
「覚えへんかったら、学校に行かれへんでぇ!」
入学前に、頭を小突かれながら教わったひらがなで……何んとか、自分の名前だけは書けるようになったが、そんなスキルで小学校入学とは無謀過ぎる!
さすがに心配した母親がお目付け役として、三歳年上の姉を付けてくれた。
当時、四年生の姉は勝気でお節介やき、おまけに口が達者で人にあーしろこーしろと偉そうに指図する性格でした。
私、実は、この姉が非常に苦手だった――。
学校までの通学路は、子どもの足で片道40分〜50分程の道のり、近所の子どもたち二十人くらいの集団登校ですが、登校班の班長以上に集団を仕切っていたのが、実はうちの姉でした。
薄ぼんやりした私にイラつく姉はよく怒鳴り散らしました。こんな姉が恥かしくて……いよいよ萎縮してしまうのです。
この頃から、外部から自分を遮断するバリアーみたいなものが身に付いたようで、口うるさい姉が文句を言っても『馬耳東風』という、究極のスキルで回避してきました。
「一年生は二年生と手をつないで一緒に歩きなさい」
班長に指示で、二年生の女の子と手をつなぐと、その子はわざと爪で私の手の甲を引っ掻いたり、つねったりするのです。私が黙って耐えていると調子に乗ってよけい意地悪をします。――たぶん、うちの姉が偉そうにするので、一年生の妹に腹いせで仕返しするのでしょう。
日頃から暴力と暴言に耐性のある私は……いじめられたことがバレたら、この子が酷い目にあわされると思って黙っていました。
「うちの妹いじめたら許さんでぇ!」
私をいじめると姉は凄い剣幕で怒ります。
単なる脅しではなく泣かされた子は数知れず! 姉の口から飛び出す、悪口雑言に敵う者などとても居ません。かなりの精神的ダメージを受けます。
しかしながら、人に妹をいじめるなと言って置きながら実際一番いじめたのが、うちの姉でした。
ある日、おままごと遊びをしていたら、小さなお茶碗に白い液体を入れてきて、「牛乳だから飲んでみい」と姉がいうのです。
あきらかに怪しい液体ですが、断わるとどつかれるので仕方なく飲んだら、ヘンな味がして吐き出しました。
それは白いえのぐを水に溶いたものだった、泣いている私を指差して、姉はゲラゲラ大笑い。
そんなものを実の妹に飲ませるなんて……“ 一生許さない ”と心の中に刻んだ出来事だった。
いつものように通学路を集団登校している最中でした。
「ランドセルどうしたん?」
と姉が訊く。
「あっ!」
ランドセルを背負っていないことに、初めて気付く私。
「忘れた……」
「どこに?」
「しゅうごうばしょ……」
集団登校の集合場所にランドセルを置いたままだった。
「アホ――――ッ!!!」
罵声を浴びせながら、脱兎の如く走り去った。
父親に怒られると、いつも逃げ足だけは速い姉でした。ほぼ半分の道程をきています、今からランドセルを取りにいって、学校に間に合うのだろうか?
ランドセルを忘れるという大失態をしでかした私は、泣きベソをかきながら校門をくぐっていました。その時、全力疾走してきた姉が戻ってきたのです。
肩で息をして、玉のような汗、紅潮して赤鬼みたいな顔で、「ほらっ!」投げつけるようにして、ランドセルを渡してくれた。
薄ぼんやりした妹のために、あれだけの距離を走ってランドセルを取って来てくれた姉は偉大でした。
いつもいじめるけど……これが本当の『兄弟愛』だと心から感謝しました。
……が、私の姉への感謝の気持ちは芥子粒のように吹き飛んだ。
私がランドセルを忘れたことを母親にチクリ、他の兄弟たちに言いふらし、ことある毎に私をからかいました。大人になってからも、親戚の集まりがあるとランドセルの件で私を笑い者にするのです。――だから、あの時の借りはチャラなのだ!
憎まれっ子の姉は、予想通りというか、不良少女へと成長しました。
自由奔放な性格なので、いろいろ身内との軋轢もありましたが、三十代で難病を患い、三十六歳で鬼籍に入りました。
通学路を『走れメロス』のように疾走した姉も今はいない。集団登校で通った道も何処だったのか思い出せない。
ランドセルを忘れた私は長いの通学路を歩いてきました。遠い昔のことですが、あの日のことは今も鮮明に私の海馬の中に残っているのです。― おしまい ―
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