記憶が繋ぐ愛のカタチ

□燈が消えた暗闇で
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___7年前。










「お父さん!翔真!ご飯できたよー!」

「「はーい」」





2階にも届くように大きな声で呼ぶと、2人は声を揃えて返事をする。それからすぐにドタドタッと階段を駆け下りる音が響いた。





「やったー!今日は父さんに勝った!」

「負けた...」

「どっちもどっちだから」





リビングに飛び込んできた2人にそう声を掛ける。
朝が一緒になるときは、こうしてお父さんと翔真がどちらが早く支度が出来るか競っている。


翔真は私の6歳下の弟で小学6年生。
そして私のお父さんは警察庁警備部公安課に勤める刑事。その特殊性から、お父さんは自分の職業を伏せていて、周囲には一公務員として通っている。

お父さんは仕事で帰ってこれない日も多く、こうやって朝に3人が揃うのも珍しい。だからこの競争は、寂しい思いをさせている弟への父なりのコミュニケーションなのだ。





「2人とも席着いて」

「はーい」

「じゃあ、「「「いただきます」」」





"美味い!"と叫んでいる翔真を見て思わず頬が緩む。
他愛もない話をしながら朝食を半分ほど進めた所で、お父さんが箸を止めた。





「そうだ佳純」

「ん?」

「今日は遅くなるから、晩御飯は翔真と2人で食べてくれ」

「そう。わかった」

「えー、父さんまた遅いの?」





ご飯をたくさん頬張りながら、翔真が不平を零す。





「ごめんな、翔真。でも、明日は父さん休みなんだ。だから3人でどこかに出かけよう」

「ホント!?」

「あぁ。約束だ」

「やったー!僕、遊園地行きたい!」

「いいぞ。好きなところ連れてってやる。佳純は何かあるか?」

「翔真の行きたいところでいいよ。それにしても3人で出かけるなんて久しぶりだね」

「だな」





その後は和気あいあいとしたまま朝食の時間を終えた。

食器洗いを買って出てくれたお父さんと翔真に後片付けを任せ、私も高校へと行く準備をする。制服に着替え、鞄を持ち、1階に戻って来ると、和室にある仏壇に手を合わせる。





「今日も何事もなく平和な1日が過ごせるよう、見守っててね」

「佳純、行くぞー」

「お姉ちゃん早く!」

「今行く!」





既に玄関に向かっていた2人の呼ぶ声に返事をする。立ち上がり、もう一度仏壇に目を向けると、その写真に笑顔を向けた。





「行ってきます、お母さん」










**********










翌日。
約束通り、私達は遊園地へと来ていた。





「わーい!お姉ちゃん、あれ乗ろ!」

「待って...そんなに勢いよく引っ張らないでっ」

「お前体力ないな」

「流石に小学生には勝てないよ...」





久しぶりの遠出に、翔真は有り余る元気で園内を駆け回っている。そんな翔真に腕を引っ張られながら、私達はジェットコースターにお化け屋敷、午前中だけで沢山のアトラクションを堪能した。

お昼時になり、園内中央にある芝生広場に腰を下ろす。





「今日はお父さんと翔真の好物たくさん入れたから、いっぱい食べてね」

「やったー!」

「こんなにたくさん、朝から大変だったろ」

「ううん。昨日のうちに下ごしらえはしてあったから。焼いて詰めるぐらいだよ」

「本当に良く出来た娘だな」

「最近そればっかりだね。当たり前でしょ?お父さんとお母さんの子供なんだから」

「フッ。そうか」

「ねぇ、お腹空いた!早く食べようよ〜」

「そうだね、じゃあ...」

「いっただきまーす!!」





翔真がフライングして料理に箸を付ける。そんな様子を、私とお父さんは顔を見合わせて笑った。

弁当箱が空っぽになった頃、翔真がトイレに行くと言って急に立ち上がり、そのまま駆け出していく。





「転ばないように気を付けてね!」

「はーい」

「お前、お姉ちゃんっていうよりお母さんっぽくなってきてないか?」

「...それは、老けたって言いたいの?」

「そ、そんな事言ってないだろ。亜希に似てきたって言ってるの」





"亜希"とは、亡くなった私のお母さんだ。
お父さんは元々寡黙な人だったけれど、お母さんが亡くなってからは、ちゃんと会話をするようになった。きっと、父親としての務めを果たそうと頑張ってくれているのだろう。
慌てて弁解する様子が何だか可笑しい。





「プッ。まぁ、誉め言葉として受け取っておくね」

「お、おう」

「それにしても、こんなにゆっくり過ごせるのほんと久しぶりだね」

「そうだな...あ、そうだ」

「ん?」

「佳純に渡したいものがあったんだ」





そう言ってお父さんは鞄から細長い箱を取り出し、私に手渡した。





「何?」

「あけてごらん」





言われるがままに綺麗に包装された箱を開ける。そこには、今の若者に人気な有名ブランドのペンダントが綺麗に納まっていた。
ピンクダイヤが埋め込まれた、お洒落なデザインのペンダントだ。





(綺麗...)





「どうしたの?これ」

「父さん、家を空けることが多くて、家の事は全部佳純に任せきりだろ?その感謝も込めて、な」

「そんな...当たり前の事なのに」

「後ろ向いて」





両肩を持ってぐいっと背を向かせられると、首元に冷たさを感じた。胸元に視線を落とすと、太陽の光に照らされ、ピンクダイヤがキラキラと輝いている。





「お父さん、ありがとう」

「そのペンダントは佳純の傍にいてやれない父さんの代わりのお守りだ」

「え?」

「そのペンダントが役に立つ時が必ず来る。その日まで、大事に持っていてほしい」

「どういうこと?」





そう問いかけたが、お父さんはただ笑うだけ。
でも、その美しさに目を奪われていた私はそんなお父さんの言葉を、翔真が戻ってくる頃にはすっかりと忘れてしまっていた。



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