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□NO.3
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お前では事足りない、愚図、耳に入れるのも悍ましい乱雑な罵言が容赦なく吐かれても、前だけを見据えた。
いい加減、眉毛か白眼と代われと、苛立たしく要求する男達を無視して、持っていた最後の巻物をテンテンは開いた。残りの忍具で形勢を引っ繰り返すのは難しいと自覚していた、だが頭の中は妙に冷静で、これから行う戦術のシミュレーションを淡々と組み立てている。それ以外は無だった。これから死する者だけに許された、死に際の境地なのだろうか。
ネジとリーは、テンテンの自慢のチームメイトだ。
静と動、種類は違えど何方も天才的な能力を有する、この班の、ガイの誇りである。
二人に容易に追い付けないということくらい、言われなくても分かっている。
比べて自分が非力だということも。
だから、この先もし班が窮地に立たされるようなことがあったら―――“そういう時”には迷わず自分が――――と。密かに誓いを立てていた。二人の内その何方にも言えなかった、これはテンテンの不屈な決意だ。
絶対にこの先には行かせない――。綺麗に磨き上げた刃が、尚鋭く光って男達を威嚇する。激しい戦闘にも持ち堪えて刃毀れ一つない。常日頃から直向きに忍具に向き合っていた彼女の頑張りの賜物だ。最後まで大切にしていた“相棒”と共にいられることは、忍具使いとしては全うな終りなのかもしれない。
今更何をしても無駄だと、嘲る男達の不快な笑いを、クナイを握り締めて睨み返す。ネジのように沈着に、リーのように情熱を持って臨めば、まだできることがある。
「テンテン、耳を貸すな」
陰鬱とした森の中に、突如凛と響いた。清らかで力強い、この淀んだ空気を一瞬で浄化させるような光の矢が、テンテンには見えた。クナイを握ったまま、身動きできなくなったテンテンの前に、それが――正確には二つの影が降り立つ。
「そうですよ。それに囮なんて君らしくない……ボク達はチームですよ。一人でも欠けたら“ガイ班”でなくなります」
風のように身軽に着地して、それからはテンテンを護る堅牢な二つの盾のように身構える。足止めするから先に行って、と言って敵を引き付け一方的に別れた、あの時別れたチームメイト達だった。
しかし、それなのに。任務を放り出して、仲間の窮地を救う為、テンテンの為だけに引き返した。
どうして……と、強張った唇が弱々しく呟いて、ネジが物憂げに眉を顰めた。
「お前が“強い”ことは、オレ達が良く分かっている…………でもな……少し勝手だぞ」
「心配しました……もう、こんな無茶、しないでください……お願いです」
ネジもリーも、言い様は違うが同じ貌をしている。仲間思い故に身勝手な行動を起こしたテンテンを責めているのではない。一人経路から離脱したテンテンのことを、心の底から憂いていた。
どんなに正義感に溢れる判断でも、仮令それが依頼遂行の為に必要なことだったとしても。テンテンのしたことは信頼を寄せていた仲間を裏切る行為だ。だから取り戻しに来た。お前は何があってもオレ達の仲間だと、切っても切れない強固な絆を再び結ぶ為。
静かに、音もなくテンテンの頬を伝う涙に、二つの眼差しが優しく細められた。しかし忍として以外では、気の利かぬ二人だった。手を差し出して宥める発想も涙を拭う物も持っておらず、ただ嗚咽を噛み殺す少女を背後に隠して見ないフリをした。
「……リー。オレ達は、そんなに頼りないか? 女に守られるなど不本意だ。もう二度と、御免蒙りたいな」
「ええ……ですが、そういうことなんでしょうね。まだまだ修行が足りません。ネジ。テンテンが安心してボク達を頼れるように、帰ったらガイ先生から熱い指南を賜りましょう!」
「……御免蒙りたい」
早速メラメラと燃え滾る炎を瞳に浮かべて拳を握るリーに、ネジはげんなりと苦渋に満ちた表情をする。リーには効果的かもしれないかの熱血漢による熱血修行なのだが、そういう意味でリーとネジは反りが合わないのだ。
ネジ、サボってはいけませんよ! と暑苦しく説教してくるリーを尻目に、そろそろ立ち直ったかと思われる後ろの少女をネジは窺う。
「テンテン、残りの忍具は?」
急に呼び掛けられて、へっ、と頓狂な声を出したテンテンは、頬に残る涙の筋を拭って、手元の物と、巻物を見せる。
「えっ……と……クナイはもうこれしか……手裏剣は10枚もない……こっちには大きめのハンマーとか焙烙玉、鎖鎌が……あと、起爆札は幾らか手持ちが……」
「すごいものが残りましたね! 十分です」
頼もしい忍具使いにリーの声が弾む。ネジもそれに同意したようで黙って微笑した。テンテンの考えていた戦法が手に取るように頭の中に浮かび上がる。伊達にチームメイトは務めていない。この場面まで力を温存してきた天才的な彼女の才量。クナイを浪費したのは多勢を相手取った不利な戦闘故だろう。
残されたのは図体の大きい物や扱いの難しい忍具ばかり。これらを軽々と操って艶やかに舞い、怒涛の攻撃を仕掛けるのは彼女の十八番中の十八番。死を覚悟しながらも少しも諦めていなかったことが、分かる。
……さて、反撃と行こう。お喋りが過ぎた。そう言わんばかりに、ネジの片足がじり……と地面の上を慣らすように移動してその開始を合図する。リーも腰を落として剛拳の構えを取ると、放っておかれた男達が我に返り、何を和気藹々としていると今になって喚いている。
流れは頭に入っている。今更野暮な作戦会議は不要だ。
班の大事な紅一点を、ここまで痛め付けられ侮辱されて、黙って引き下がる程二人はお人好しではない。
たった一人で迎え撃ったくノ一の勇気を、見下して笑い飛ばしたこと。誰が許しても、リーとネジだけは許さない。
「リー、テンテン」
眼光鋭く相手を射止めたまま、ネジがこの日の隊長役としての指示を送る。
「手裏剣10枚以内だ。それまでに片を付ける」
「了解」
たったそれだけだった。ネジらしくて潔い。テンテンの手持ちが、尽きるまでに。時間制限を設けられるより確実で分かり易い。
二つの短い返答の後、リーとネジが二手に飛ぶ。残されたテンテンの元に男の攻撃の手が及ぶ。何ら問題はない。リーとネジが他を引き受けた。今度は全開でいける。
再び結集した、焔よりも熱く鋼よりも強い『第三班』の名を、いざ、刻み付けよう―――。
先ずは足掛かりを任せられたテンテンが、広げた巻物から最初の忍具を呼び寄せた。
(了)