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□お姫様抱っこ
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(重い? オレにとっては羽根と一緒だ)



 とある小国からの依頼で、一行は依頼主である国主の元へと向かっていた。今回の依頼は、国外で療養していた姫を、無事に故国へ送り届けること。大した距離ではなく、難しさも然程ない為、遠目の利くネジ、暗器使いのテンテンの二人だけで請け負うことになった。
 その、依頼主が大事に大事に目を掛ける、今回テンテン達が警護する愛娘。ひょんなことから足を痛めた姫を、さっきからネジが抱き抱えていた。ネジの首にぎゅっとしがみついている姫の手、何かもやもやとしてテンテンは気分が晴れない。病弱であることを察すれば、彼女は外に出るだけで体力を消耗してしまうのだろう。ネジのしていることは特に過保護な訳ではない気がする。しかしこうしているとネジだけで事足りている気もするし、自分が来た意味があるのかと、寄り添う二人の後を手持ち無沙汰に歩きながら頭に浮かべてしまう。


「テンテン」

 呼ばれてテンテンははっと我に返った。ネジが歩行を止めて、横目にテンテンを窺っている。

「オレの懐から、通行手形を出して貰えるか? 手が塞がっている」
「あ……了解」

 ふと前方を見れば、関所が設けられていた。この先の道は里長である綱手の管轄ではない為、通るには身分証明が必要となる。里を発つ前に、予め綱手が用意してくれた、火影印の押された手形が、ネジに渡されていた。
 ネジの両腕は姫を抱えているから、自分では取り出せない。ネジの言葉を理解して、テンテンは横から手を入れてネジの懐を探り、紙の感触を得て掴んだものを引っ張り出した。表面を眺めて、そこに書かれた綱手の筆跡を認めると、取り出した手形を持って関所に向かう。

「行ってくる」
「すまないな」

 悪そうに言いながら、ネジは後生大事に姫を抱えてその場で待っていた。振り返りざまに見たその光景に、テンテンは少しだけ表情を曇らせて、何事もなかったように前を向く。
 役人に二人分の手形を見せる。木ノ葉隠れの里出身であること、一緒にいるのは護衛中の姫だと説明すると、簡単な任務内容を(したた)めてある綱手の文字に目を通して、やがて先に往くのを許された。

 関所を抜けて、暫く歩いていると、依頼主の待つ異国の街並みが見えてきた。緑の豊かなとても小さな侯国は、火ノ国の隣に接している。大人しくネジに掴まっていた姫が、仄かに頬を緩ませた。
――もう着きますよ。穏やかなネジの声が病弱な彼女を殊更笑顔にした。見知らぬ忍ばかりで心細そうに閉口していたが、やっとその口から、ありがとう、と小さく聞こえた。故郷に帰ることはやはり嬉しいのだろう。つい微笑ましく思って、テンテンもそっと目を細めて姫を見守る。

 念の為に暗器類を仕舞った巻物を数点、持って来ていたが、今回その出番はなさそうだった。いつもの殺伐とした空気もなく、あっさりと『任務』は終わった。
 無事に依頼主の元まで姫を送り届けて、報告書にサインを貰う。幸い人の好い城主で、途中で足を痛めたことに関しては、娘が我慢して痛むのを言わなかったのだろうと、テンテン達が責められることはなかった。
 はにかんだ笑みを浮かべる姫に見送られて、テンテンとネジは元来た道を引き返す。先程通過した関所まで来て、ネジが手形を見せると、今度は中身を良く見ずに、“通れ”と役人の男に促される。あしらわれるようにされ簡単に『検問』を抜けて、任務も終わってしまって、テンテンとしては何だか張り合いがなかった。

「どうする。寄り道でもするか?」

 同じようなことを考えていたのか否なのか、隣で黙って歩いていたネジが、珍しいことを言う。きょとん、とテンテンは立ち止まってネジを見る。

「早く終わってしまったからな……時間はある。この辺りの団子屋とか、行ってみたいのではないか?」

 護衛を無事に終えて気が抜けたのか、ネジは仄かに笑みを滲ませる。長年チームを組んでいることもあって、流石、甘味好きなテンテンのことを良く心得ている。いつもなら喜んで飛び付く誘いだが、この日のテンテンは、何故だか気乗りしなかった。

「ん………今日はいいや」

 前を向いて伏し目がちにして、テンテンが折角のネジの誘いを――大好きな筈の甘い物を断った。予想外の返答にネジが目を丸くしている。まるで信じられないといった様子で、確かに彼は耳に拾った筈なのに聞き返してくる。

「行かないのか?」
「………うん。何か、今からお団子って気分じゃないし」

 ぽかんと呆けたネジの眼差しがまるで突き刺さるように痛くて、テンテンは息苦しくなる。団子が食べたくない訳でもないが強いて今食べたいとは思わなかった。きっと呆気ない今日の任務であったから。だからお腹が空いていないのだ。

「なら、餡蜜にするか?」
「そ、そういうことじゃなくて……いいの……今日は、やめておくわ……」

 強くは出ないが頑ななテンテンにネジは不審そうな顔をした。一拍置いて、甘味を欲しがらない、常ではない様子のテンテンを訝しがる。

「熱でもあるのか?」
「うるさいわね、ないわよそんなの」

 馬鹿にしているようにも聞こえるネジの生真面目さに、テンテンは些か口調を荒げた。熱でもないし何でもない。身体は至って健康だ。しかしいつでもこの身体が甘い物を欲している訳ではないのだ。彼の誘いを断ることだってある。そう何処でもホイホイついて行く訳ではないから決めつけないで欲しい。
 ただ、姫を大切そうに抱き上げていたネジが、少しだけ嫌だった。この胸が苦しくなるような可笑しな感じが、ネジといると止まらなくなる。清楚で儚い印象のある姫の方が、がさつに忍具を振り回す自分よりもネジの隣がよっぽど似合っていた。だから――。
 今は少しだけ、ネジと離れたい。離れたら落ち着くかもしれない。こんな不安な気持ちで彼と団子なんてとても食べられない――。



「しょうがないな。こちらの姫は機嫌が悪い」

 この複雑に渦巻く感情を覚られないように、ネジを置いて先に歩こうとするが、姫? とテンテンは妙な言葉が引っ掛かって足を止める。そっと息を吐いて、控え目に嘆きを呟いたネジは、振り返ったままの姿勢でいるテンテンをじっと見つめて、距離を詰める。
 ふわりと、簡単に、呆気なく、風に持ち上げられるように体が宙に浮いた。何が起こったのか、考える間も与えられないまま、至近で自分を『見上げる』格好のネジにテンテンは息を呑む。 

「こういうことだろう? 羨ましそうに見ていたからな」

 ニタリと、人の悪い、しかし子供のような純真さも含ませたしたり顔で、抱え上げて自身よりも上に来たテンテンの顔をネジは覗き込む。地に足が付かない不安で、咄嗟に掴まっていたネジの肩を、テンテンはかあっと頬染めながら必死に押し返した。

「なっ……何してるの? アンタ……っ、ちょっと、降ろしてよ……っ」
「それは出来ないな」

 ネジを叩くように掌で押すが、テンテンよりもがっしりとした体躯はびくともしない。お遊びにしては度が過ぎている。ネジはふざけてチームメイトを『お姫様抱っこ』なんて絶対にしないし、決して、決してテンテンはそうされている姫のことを『羨ましい』などと思った覚えはない。

「な、何でよ、もう……っ、やだ、ほんとに離してネジ、だめ、重いから……ほんとにやめて……」

 離してくれないネジの腕の中で、可哀想な位に体を縮ませて、テンテンは朱に染まった顔を懸命に俯かせる。泣きそうな程に懇願する、喉の奥に詰まらせた声に、ネジの眼差しが真剣なものになった。

「……こんなの、全然重くない」

 からかうでもない静かな声に、テンテンはそっと顔を上げる。ネジの胸元の装束を頼りなく掴んでいる、細かく震える手を微笑うでもない。抱き上げたテンテンの体をネジは優しく引き寄せる。

「テンテンは、女の子だから。軽いものだ」

 まるで泣きそうな子供をあやしているみたいに、酷く子供騙しな口調だった。しかしその通りに、彼は余分な巻物を持ったテンテンを軽々と持ち上げている。何の苦もなく、筋肉質な腕でしっかりと抱き留めている。身体を密着させて、殊更側に来たネジの整った顔立ちに、テンテンは困ってしまって目を泳がせる。

「……あの、おひめさまより?」

 ネジの真っ直ぐな白い眼と目を合わせないまま、拗ねるように語尾が上がる。もじもじと、掴まったネジの首の後ろを指で弄るテンテンに、珍しく彼は意地悪を言った。

「……どうかな」

 わざとらしく首を傾げるネジの反応に、腕の中のテンテンが暴れ出す。やっぱり離せと、足をばたつかせて肩をバシバシと叩かれて、ネジは緊張感なく笑いながらそれを宥める。

「いや、悪かった。本当に軽いよ。そんなに心配しなくても大丈夫だ、テンテン」

 力強い腕に押さえ込まれてしまえば少女の抵抗など無意味なものだった。大丈夫だと言われてもテンテンはまだ信じられない。ネジが嘘をつくことは滅多にないがお世辞なら世渡りをする為に言うこともある。
 ほら、落ちるからしっかり掴まれ、と言われて、返事をする前からネジはふらりと歩き出す。このまま、帰るつもりなのだろうか。何処に行くの、と聞こうとするが間近にあるネジの顔を見るのが恥ずかしくて、テンテンは黙って首にしがみ付く。腰元で揺れる余分な巻物の重りが煩わしい。ただでさえか細くない躰なのに余計に重たくなってしまう。こんなことなら、持って来なければ良かった。

「……私じゃ、似合わないもん」
「似合わないって? 何がだ? 誰がそんなこと、決めるんだ?」

 ぽそりと聞こえないように呟いたつもりだった小さな小さな言葉の粒を、ネジは簡単に拾い上げた。予想していなかった返答にテンテンはビクリとして、眉を下げて子供みたいに唇を尖らせる。

「だって、がさつだもん……」
「がさつじゃない。テンテンは元気いっぱいなだけだ。そのままでいたら良い。オレは元気なテンテン、良いと思う」

 首にしがみ付いて顔が見えなかったがその声はテンテンの縮こまった心までちゃんと届いた。思わず目頭が熱くなってきゅっとネジに抱き付くと、背中を抱くネジの腕にも力が籠もる。ネジはこんな風に姫を抱き締めてはいなかった。大事そうに抱えてはいたがテンテンにはそれ以上の大切な何かを掌に込めている。


 重さを気にして、こんなことで真っ赤になって恥じらってしまうテンテンは誰よりも女の子らしい。いつもは快活なテンテンがしおらしく腕の中に収まって、こうしてお姫様抱っこされてしまう姿が、ネジにはとても―――。



「それで? 『お姫様』になった気分はどうだ? テンテン」

 肩に伏せたお団子頭を横目に見ながらネジが尋ねる。まるで自分が『王子』にでもなったような口振りだがそれでも良いかなとテンテンは思った。ネジが王子様なら、お姫様はきっと。

「ふふっ………シアワセね」

 口から零れた笑みは、ネジの温もりの擽ったさと言葉への照れが混じっている。でも、恥ずかしくて仕方なかったのに今はこんなにも笑顔になる。
……くっつきすぎだ、と小さく声がするがテンテンは構わずもっともっと力を込める。あのお姫様と同じことをしただけなのにネジは何だか居心地が悪そうだ。

 ネジをもっと困らせたくて、もっとくっつきたくて、テンテンはぎゅうっと抱き付いた腕を、緩めなかった。
 いつまでも、緩めなかった。




(了)

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