*book

□赤い靴
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○甘味処にて○


「もう歩けない。くたくた。お腹空いた……」

 とある甘味処。もう里までは指呼の間というのに、この少女のお陰で一行は休憩という名の“足止め”を食らっていた。
 余程疲れたのか、班の紅一点のテンテンは手足を投げ出してだらしなく店内で寝そべっている。と言うのも、通された所が悪かった。少し足を休ませるつもりで暖簾を潜ったのが、案内されたのが畳の敷かれた座敷席で、靴を脱いで存外にゆったりと出来た。まるでテンテンを甘やかすような好時機な待遇だ。頬に当たるひんやりとした畳の感触が心地良くて、甘やかされたテンテンは向かいから注ぐ視線も何のそのと、青臭い藺草の匂いを吸い込む。

「起きないか。人の迷惑になる」

 テーブルを挟んだ向こうに、野郎二人をやや窮屈に座らせて、テンテンは向かい側を一人で占領していた。というか、席に案内されて直ぐ様、テンテンが勝手に寝転んだから、彼ら二人のチームメイトはそうせざるを得なかった。特にそれについての恨み、という訳ではなさそうだが、静かに注意するネジはそれなりに愛想がなかった。

「うるさいわねぇ……あんた達みたいに体力ないんだから……少しは休ませてよ」

 相手がアカデミー生なら飛び起きて正座してしまうようなネジの苦言は、テンテンには慣れてしまって全く効果がない。ネジが駄目ならリーなのかと、隣に控える太眉の動向に注目がいくが、彼は何も言わなかった。リーとしてはこの二人の遣り取りなどもう慣れてしまって口を挟む気はないらしい。或いは疲れたのだろうテンテンを本気で休ませる算段なのか。ネジはと言えば柳眉を寄せて、何か言いたげな顔をしていたが、丁度店員が注文した甘味を持って来た。

「テンテン、食べないんですか?」
「あっ、食べるぅ〜!」

 カタン、とテーブルに甘味の重量感の伝わる皿が置かれると、伏していたお団子頭が待ち兼ねていたように飛び起きる。北風と太陽宜しく態度ががらりと変わる。無暗に口煩く言っても効果はなしと、その辺り、リーは心得ているようだ。
 起きると同時にぽてぽてと、テンテンの両足から落ちて脱ぎ散らかった靴がネジの白い視界に入る。他の二人が甘味に手を伸ばすのを他所に、流眄したそれを見なかったことに出来ず黙々と拾い上げる。ネジはその気質と性格からどうにも班での北風の立ち位置なのだが、案外、そんなに口煩くないのだ。彼女の楽しみだったお八つの時間を邪魔したくないと思う寛容さもある。それが、目立たな過ぎて、テンテンには今一認識されていないだけの話だ。

「ちょっと何よ、ネジ。人の履物なんかじろじろ見ちゃって」

 別に嫌悪するでもなく、しかし拾ってくれた礼を言うでもなく、只自分の左足のサンダルを掌に乗せてじっと見つめるネジが不思議で、何をしているのだろうとテンテンは首を傾げる。我に返ったように、動きを止めていたネジがかぶりを振った。

「いや」

 テンテンの左右の履物を抱えると、床に下ろして、通路を通る人の邪魔にならないよう、そっとそれが揃えて端に置かれた。静かなネジの配慮に、やはり礼を言うでもなく、茶色い眼は不思議そうに瞬きして首を傾げた。その内彼女の興味は器の中の甘いモノへと向かう。
 ネジがテーブルの前に戻ると、既に二つの器の中身は食べ進められていた。自分の前にも当然のように置かれた白玉クリーム餡蜜を、取り敢えず視界に入れるが……ネジは横にある緑茶を選んで手に取った。湯気に軽く息を吹き掛けて、中身を啜っていると、ん、そういえば、と白玉を押し込んでスプーンを唇に乗せたまま、円らな瞳がネジの方を向く。

「ねえ、あんた明日からしばらくいないんでしょ? そのさ、気を付けなさいよね。色々と。体調管理とかさ。リーと私はついて行けないんだから」

 急に真面目な顔をしてじっとネジを見つめたかと思うと、次の瞬間には黒蜜の混ざったクリームをスプーンで掬って、何事も無かったかのようにテンテンは振る舞う。果たして空耳だったのか。忍の男二人がそう訝ってしまう程の短い変貌だった。
 この日の任務は日帰りだったが、明日からはネジに単独のものが言い渡されている。休みがない訳だが、もう組まれてしまった。自分達はゆっくりと出来るのだが、ネジは違う。それを、テンテンなりに気に掛けているのだ。彼女の心境を心得たリーは薄らと笑みを浮かべて、湯呑みの中身を啜る。白玉を口に含むのに夢中なテンテンが、何やら照れているようにも見えた。リーの名を出しはしたが、一番ネジの身を案じているのはテンテンだ。

「心配性だな」
「なによぉ」

 素っ気ない態度のネジにテンテンが可愛く眉を吊り上げた。そんなもの全然恐くないと言わんばかりにネジはスプーンいっぱいに呑気に白玉を掬っている。クリームやら餡やら黒蜜やらをやけに念入りにたっぷりと絡ませているのが、自分から甘味に誘ったのだが男の癖にと何かテンテンは気に入らなかった。あんたそういうの悪いけど全然似合わないわよと、ピーチクパーチク囀るうるさい唇を黙らせるようにしてスプーンが向けられる。山盛りの白玉が口元に迫ってついテンテンは口を開けてしまった。反射的に、また素直に開いた小鳥の嘴に白玉が差し込まれる。幼子に食べさせるようにゆっくりとスプーンが引かれてネジの手が離れていく。眉を吊り上げたままネジを睨んだまま、口に入れられたものをテンテンは一生懸命に噛んだ。ネジがテンテンの為にと甘くて美味しいトコロを集めに集めた、スプーン一杯の極上の白玉クリーム餡蜜は、幸せな甘さで蕩けていく。


「ちょ、やめてよそれ、間接キス! セクハラ!」

 暫く大人しくしていたテンテンがまた喚き出した。必死の形相でネジを非難する、それも照れ隠しだと心得ているリーは我関せずと冷ました緑茶を啜る。
 自分のスプーンで食べることの何が悪い。行儀良く白玉を咀嚼するネジは決してテンテンの言うようなエッチでもヘンタイでもない。只照れ屋で心配性な班員に大丈夫、心配無用だと言いたかっただけだ。
 テーブルを叩いて真っ赤な顔して抗議するテンテンに、構わずネジは、素知らぬ顔で残りの甘味を自分の口に押し込んだ。
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