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□a box
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元来から、出会った頃から、寡黙な男だとは思っていた。
いや、皮肉や人を貶める類なら、十八番中の十八番、頼まれなくても単細胞なナルトや出会った敵忍を煽ることもしばしば、一方自分のことを率先して話すことは極端に少なく、長年チームを組んでいるテンテンだからこそ意図を汲み取ってこれまでやってこられた。
だから、自分を呼び止めたネジが、テンテンの前に来てそれきり口を閉ざし、謎の小箱を差し出す光景に、さて今度のこれには一体何の意図があるのだろうと考えあぐねる。
が。
何の説明も無い為、やはり意味が良く分からなかった。

「……何? これ……」

それが第一声だった。
流石に唐突過ぎて、テンテンは無言のネジが醸し出す何か圧のようなものに押されながらも、彼に説明を求める。
目の前のネジが、自分にと差し出す物。
薄い長方形の、リボンが巻かれ綺麗にラッピングされた、どうにも自分へのプレゼントのように見える、それ。
しかし、誕生日はもう過ぎたし……何か他に記念日でもあっただろうかと首を捻るが、特に浮かばない。

「……この前の、あれだ」
「……? この前……?」

相も変わらずの仏頂面で、小箱を差し出したまま、ネジが告げる。
お世辞にも分かり易いとは言えない彼の示す指示代名詞に、益々謎が深まった。
互いの無表情をじいっと見つめ合ったまま、暫く経過し、やっと、チョコレートと、唯一言、ネジの口からヒントが与えられた。

「……ああ、バレンタイン?」

それだけでそこまで推理してしまうテンテンは、こと日向ネジを非常に良く分かっていると見える。
ネジの短い一言で、先日のバレンタインデー、と上手く察しをつけた合格点のテンテンに、コクリとネジは頷く。

「……で? ……え?」

お前喋れるだろう、と返答を省略したネジに内心突っ込みつつ、テンテンは薄々と、ネジの“意図”を感じ取り、眼を開く。

「……まあ、受け取れ」

今まで真っ直ぐにテンテンを見つめていたネジは、急に目を伏せて、差し出して宙に浮いたままの箱をテンテンに近付ける。
危うく反射的に手を出し掛け、はっとしてテンテンは、目を逸らしたネジを窺う。

「……え? えっ!? ちょ、ちょっと待ってこれ…って、え? あの……ほ、ホワイトデー……?」

バレンタインまで想像出来たのなら、自然と其処に辿り着く。
成程、今日は3月14日。
只、あまりに意想外な出来事に、テンテンには少しの時差が生じた。
今度は省略することなく、ああ、とネジは目を逸らしたまま返答する。

「ちょ、ちょっと待って、こんなの受け取れないよ」

その流れで箱を押し付けようというネジに、テンテンが待ったを掛ける。
確かに、確かに去る2月14日、手作りのチョコレートをネジに渡した。
只其処に特別な感情はなく、テンテンはいつも世話になっている礼にと、仲間への感謝の印として作ったのだった。

「何故だ」

しかし、その礼にと更にネジが用意したものは、あまりにも、格式張っているというか……。
怪訝そうな顔をして、何を不思議がっているのだろう。
この男、色々と、分かっているのだろうか。

「だ、だってこんなの……な、何勘違いしたのか知らないけど、私があげたの、チョコレートだよ?」
「そうだ」
「つ……釣り合わないじゃん! 見るからに! 値段が!」

当たり前のように言うネジに、食って掛かると、彼の眼差しが箱に落ちる。
良く見れば高級そうな店のロゴまで入っているそれは、一端の手作りチョコの値(つけるとするならば)を軽く超えている。
テンテンの必死の様相に、何か気付いたのか、何も気付かないのか、無表情のネジはまた視線を上げた。

「良いから受け取れ」
「い、いらないってば」
「遠慮するな」
「遠慮なんかしてないわよっ!」

懲りずに箱を差し出すネジに、いややはり何も分かっていないと痛感して、テンテンはそれを拒絶する。
静かな里の一角で、唐突に小さな箱を押し付ける、押し返すの攻防戦が始まる。
二人の間で、無意味に箱が行き来し、通行人の好奇の目が注がれる。
ネジとしては、それを“意味のあるもの”としたいらしいが、テンテンにはその気はない。
両手で強引に、ネジに箱を押し返すと、良く彼の目を見つめながら、テンテンは切々と語り掛けた。

「私……そんなつもりであげたわけじゃないもの。お返しなんか、良いのよ別に……私の気持ちなんだから」

触れているネジの手から、力が抜け、大人しくなる。
何か考え込むようにして俯くネジから、テンテンはそっと手を外した。
彼が“ホワイトデー”を知っていたことは、称讃に値する。
しかしテンテンとしては、ネジに見返りを求めていた訳ではない。
何も、形にして表さなくても良い。
物で返すことだけが、ホワイトデーの限りではないのだ。
変なところで真面目な彼のことだ、貰った物のお返しをしなくてはと、思ったのだろう。
ネジのその気持ちは、良く分かるのだが。
それだけで、もう十分。
その気持ちだけで、テンテンには、もう何も――。

ね? 仕舞って? と静かになったネジに語り掛けるが、それには従わない。
そして、行き成り顔を上げたネジは、瞳に力強い意思を持たせて言い放った。

「これも、オレの気持ちだ。要らなかったら、捨てろ」

再び押し付けられた箱の存在に、テンテンは目を白黒させる。

「なっ……出来るわけないでしょー!?」
「じゃあほら」
「やっ……いらないったら、この……っ」

胸に箱を押し付けても、手で突っ返されることが分かると、ネジは邪魔なテンテンの片手を掴んだ。
何事かと、掴まれた感触に一瞬だけ怯んだテンテンは、ネジの挙動に唖然とする。
この男、狡いことに、無理矢理、無理矢理持たせてきた。
渾身の、男の力で。
テンテンの固く握り締めた、男と比べたらか細い指を一本ずつ開いて、掌に箱を押し込んでくる。

「ちょ、ちょっと〜〜!」

テンテンの声など、いや、最初から聞いていない。
ネジを止めようと、彼の手を外しに掛かるが、びくともしない。
互いの手が、たった一つの箱の所在を巡って縺れ合い、絡み合う。
どんなに力を入れても、男のそれには叶う筈もなく、とうとうテンテンは小箱を握らされ、上からしっかりとネジの手に押さえ込まれた。

「……じゃあな。渡したからな。……最初から素直に受け取れ」

息を乱した若干疲れ気味のテンテンを、鋭い目付きで良く覗き込むと、念を押すように言い聞かせ、忘れずに小言も垂れてから、ネジの手が外される。
後に残されたのは、若干潰れ掛けた細長い、箱。
そうまでして、渡したいのかと、彼方も大分強引で素直ではないことをテンテンは認め、去りゆくネジを呼び止める。

「だ、だからこういうのさ……困るんだよ! い、意味分かっててやってる!?」

綺麗なラッピングを見て、心躍ると言えば、嘘ではない。
しかし可愛らしいキャンディの類には、どうにも見えない。
曲がった赤いリボンは、それでも箱の隅に留まり、贈り物の体裁を保っている。

「意味……? 何の意味だ? だから言っているだろう、“気持ち”だと」

足を止め振り返ったネジは、同じことを言わせられた苛立ちの為か、僅かに眉間に皺を寄せていた。
無駄なことは、とことん省く。
この現実主義の男は、無益なことは絶対にしない。
だから、テンテンは余計に意識してしまう。

「そ、それは分かるんだけど……な、何か……らしくない……って言うか……こ……こんなの、まるで……」

まるで、まるで、好きな女に遣るみたいだと。
しかし其処まで言えずに、会話が途切れると、異常な程に顔が熱を持っているのに気付く。
ああ、不味い、これは絶対真っ赤になっていると、テンテンは視線を足元に下げ何とか誤魔化してみる。
この男が、慣れないことなんてするから。
それこそが問題の根源。
律儀にホワイトデーの贈り物をされたって、どう反応して良いかなんて、分からない。
此方だって、こんなこと、慣れていない――。

「……嫌なら、捨てれば良い」

黙って俯くテンテンを見つめていたネジは、それだけ告げた。
無益だと思われることを、二度。
テンテンが顔を上げるのと粗同時に、何を考えているのか良く分からないポーカーフェイスが、前を向く。
後に残されたのは、潰れ掛けた箱。
立ち去るネジの気配を、段々遠く感じながら、もうそれを呼び止めることはなく、テンテンは包装紙を開ける。
潰れたのは外箱だけで、中身は頑丈な入れ物に包まれ、無傷だった。
そっと、黒色の重厚なそれを、二つに開ける。
中に収まっていたのは、その色とは違い過ぎる、きらりと光る、銀色のネックレス。
真ん中に星のモチーフ、それとおまけのように、銀の星に添うようにして、綺麗なエメラルド色の石が下がっている。

「な、なに、アイツ……っ! なに考えて……っ」

黒色の内側に嵌め込まれた、眩くしかし、少女らしい上品な輝きを静かに放つそれを、テンテンは見つめる。
こんなもの、どうやって着けろというのか。
しかもオレの気持ちって…意味深過ぎる。

「こんなの、どうすれば良いのよ……! ネジのばか……っ」

通りを見渡すが、既にネジの姿はない。
明日もいつも通り、班での任務がある。
向こうは素知らぬ顔で現れるのだろうが、テンテンにはその自信が、ない。
この真っ赤な顔、果たして明日までに、落ち着くのだろうか。

早く直れ、直れと、心の中で念じながら、見ていても仕様がないので、とてもこのまま捨てられそうにない黒い箱をパコンと閉じて、ポーチの中に仕舞った。
最早突っ返す気は起こらない。
唯一つ、テンテンが諦めの境地で浮かべたこと――。

エメラルドの石が、本物でないことを、祈るばかりだ。













2015.3.14 Happy Whiteday.

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