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□ベストパートナー
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ともかくもネジは、早々にこの場を辞退したい思いで一杯だった。
一晩掛けて山を越え、ろくに寝ていなかったし、敵と奮戦してきた体が、埃っぽくて堪らない。
果たしてネジの目の前で、その歩みを止めさせ、こうして立ち開る者が、どんな急を要する用事を抱えているのかと思えば、至極どうでも良いことであり。
ああ、また丁度良く、面倒な頃に帰って来てしまったと、疲れを見せないでいる冷たい無表情に、思わずとそれが出る。
しかし、その優しさの欠片も無い冷眼に、あからさまに睨め付けられても、当の本人は全く悪びれる風もなく、けろりとしてネジを見返すのだ。
少々疲労を患っているネジの方が根負けし、仰々しい溜め息と共に、忌々しげに瞼を下ろす。
――ああ、頭が痛い。


「じゃあネジ、楽しみにしてろよな!」
「……絶対行かないからな」

人の気も知らず、無邪気に笑顔を向けてくる金髪少年に、最後まで拒否の姿勢を貫くと、きょとりと青い目が瞬きをする。
そして、またまたぁ、とそれが疲れたネジの神経を逆撫でするようなふざけた声を出すから、愈々頭にきたネジは、もう何も言わずに背を向ける。

「ネジ、どこに行くのです?」

振り切るように早足で進むネジを追って、その場にいたもう一人が、ネジの少し後ろに就く。
後方から能天気に手を振ってくるナルトに舌打ちしながら、ネジは肩越しに、当然の行先を告げる。

「どこって、帰るに決まっている」

真面に寝ていないからなと、吐き捨てるように言うと、気圧されたのかリーが歩みを止め、ネジをそのまま行かせる。
暫く離れゆくネジの背中を見ていたリーは、愁眉し、最後の一押しをと声を張り上げる。

「ネジ、きっと、来てくださいね。みんなで待っていますから」
「しつこいぞ」

怒気混じりの返答をするネジは、誰が行ってやるものかと、それを撥ね退け、更に歩行を速めた。



自らの誕生日を、全く意識していないという訳ではないが、特に気にするような事柄でもない。
只、おめでとうと、仲間に言われれば、悪い気がするものでもなく、ああ、と僅かに綻んだ唇で、ネジなりに、祝言への返しを普段は皆無な微笑で述べる。
それくらいが良い。
その程度が、面白さの欠片も無い、質実剛健なネジに妥当な計らいであろう。

――今年のネジの誕生日は、アカデミーの講堂を貸し切って、焼肉食い放題・アルコールアリ乱闘アリお色気もちょっとだけよ〜の、お祭り騒ぎにするってばよ!!
――……阿呆か……!!

顎が外れるくらいに唖然として、そう浮かべたネジは、直ぐ様その現実味の乏しい話を断固拒否した。
綱手から許可は取っているから問題ない、と意気込むナルトに、それもどうなのかと彼女が素面だったかどうかを疑ってしまう。
しかし、はたと気付いた。
どうせ年中里外の高ランク任務に駆り出されているのだから、今年も例年通り、ネジは縁も所縁もない他里でその日を迎えるのだろうと。
誕生日くらい休暇取りなさいよと、黙って言われた任務を熟す謹厳実直なネジに、班の紅一点に呆れ顔で口出しされることもあるが、前出の通り、ネジはその手のことに拘りはない。
何だ、それなら心配ないだろうと、纏わりついてくるナルトを適当にあしらいながら、ネジは目先の任務のことに、思考を切り替えた。
誕生日に任務で不在だったと、後で文句を言われるかもしれないが、自分から頼んだことでもないし、その時はその時でどうにかなるだろうと、一連のことを頭から追い出した。
そして、今日、たった今、ネジは何日も掛けて無事木ノ葉の里に帰還した。
いつものようにアカデミーで、任務完遂の報告を済ませ、帰路に就くところで、喜色満面でいるナルトに出会した。
完全に忘れていた、今日がその日だったということに。

「……はあ」

再び、仰々しい溜め息が、口から吐かれる。
自分としたことが、詰めが甘かった。
これから帰宅して、留守にしていた間の諸々の雑用を片付けたとして、その妙な催しが始まるまで、あと何時間眠れるのだろうか。
そんな、行かないと言ったにも拘わらず、睡眠時間を削ってまで参加してやろうとしている自分がいることに、ネジは更にショックを受ける。
いつの間にか、他人に頗る甘い人間になってしまったようだ。
此処まで来たら、行ってやるしかないだろう。
その代わり、仮に泥酔して乱闘が始まったとしても自分には関係ない、速やかに退席する。
目の下の隈が、心なしか幾分濃くなったように見えるネジが、そう腹を括って、商店街を横切ろうとした時、何かに呼び止められた。
むさ苦しいマンセルの男共とは違う、とびきりに高く、ころころと玉を転がすような声が、ネジの耳に届いた。

「あれ? ネジ……?」

いつもの装束に、背に巻物を背負って、商店街の入り口の方に、それは突っ立っていた。
顔を向けたネジを見ても、呆けたように、彼女は暫く動き出さなかった。
この場にいるのが、そんなに可笑しいのか、くりくりとした目を余計に真ん丸にして見てくる彼女が、どこか微笑ましくて、疲れた口の端が思わずと上がる。
ネジが笑みを見せ、テンテン、とその名を呼ぶと、それが切っ掛けとなってか彼女の時が動き出し、見る見るうちに顔を綻ばせながら、ネジの方に駆け寄って来た。

「何よ、随分小汚い恰好しているわね。お帰り!」
「ああ……ただいま。……出掛けるのか?」

言葉とは裏腹、彼女の弾んだ声音に、喜びの心情がまざまざと感じられた。
一瞬遅れて、温かくネジを迎えるテンテンは、慣れない彼より更ににっこりと、笑みを増す。
人懐っこいそれは、暫く見られなかった為か、任務帰りのネジの仄暗い心を、知らずと温めた。
ああ、やっと“帰って来た”のだとも、今更思えた。

「ああ、違うわよ。汗かいたからちょっと、銭湯行って来ようと思って……。そうだ、アンタも一緒に来たら?どうせ家に帰って、お風呂入るんでしょ?」

そして、彼女が腕に抱えている包みに、使いにでも行くのかと尋ねるネジに、ごく馴染み深い行先をテンテンは告げる。
一刻も早く自宅に帰ろうと思っていたのだが、彼女に誘われてしまったら、正直、断わる理由がなかった。

「ん……そうだな……気晴らしにもなるか」
「? 何が?」

見上げてくる円らな瞳から、疑問を向けられるが、いや別にと、ネジは素知らぬ振りをした。



思わぬ所でテンテンに拾われて、ネジは彼女と一緒に、肩を並べて馴染みの銭湯を目指す。
いつも班での鍛錬の後は、決まって皆で其処に寄って汗を流していたが、考えてみれば随分と、ネジはその恒例行事から遠退いていた。
上忍になってからというもの、中々予定が合わせられず、班で集まるどころか、二人に会うのも久しい。

「鍛錬していたのか」

女らしく身嗜みには気を遣ってはいるが、若干草臥れた感じのある装束を見て、ネジが尋ねる。
さっきの言葉を返す訳ではないが、自分だって、然程綺麗な身形でいる訳ではない。
鼻の頭に僅かについた汚れを、ネジが自分の鼻を指して指摘してやると、きょとんとしてそれが言う。

「そうよ」
「いつもの、あそこで?」
「ええ」
「……一人でか」
「……何で分かるの?」

然も、驚いた風にネジを見遣るテンテンに、ネジは手を伸ばし、指先で彼女の汚れを払い落す。

「さっき、そこでリーに会った」

あっと小さく声を上げ、テンテンが僅かに朱の差した顔を逸らし、ネジの意図を察して自分で鼻を擦る。
普段外見を気にする彼女が、全くどうして、こんなに汚れるまで修行に打ち込んでいたのか。
定かではないが、恐らく、それを“止める”者がなかったのだと、ネジは物憂げな眼差しでその横顔を見つめる。
リーがアカデミーにいたとなると、多分、テンテンの修行には連れがいない。

「……リーの練習相手は、ガイ先生だから……。私だって、ネジがいたら、一人でやることなかったんだけど……」

尤も、あの二人の破天荒な、武者修行ならぬ“無茶修行”には、体力面というよりも精神的な問題で、彼女はついて行けないだろう。
拗ねるでもなく、只、足元を見たままそう呟くテンテンが、何ともいじらしくて、無意識の内にネジの表情が和らぐ。

「……悪かったな。当分は里にいるから、いつでも呼んでくれ」
「ホント? ……あ……わ、分かったわ」

努めて優しく掛けた声に、弾かれたように上げられたテンテンのそれは、驚喜に満ちていた。
あどけない顔付きに、ネジがゆっくりと微笑み掛けると、だが反してテンテンは固まっていき、ぷいと目を逸らされてしまう。
その不自然な態度に頭を働かせ、分かっていないらしいので今一度言い聞かせようと、ネジは真顔で彼女の顔を覗き込み、歩みを止めさせる。

「テンテン。テンテンの練習相手は、オレだからな」

見開いた栗色の眼が、はっきりとそれを覗き込むネジの姿を映す。
ネジらしくない、少し子供っぽく聞こえる口振りに、テンテンの白い頬に、一瞬遅れて鮮やかな赤色が差した。
頑是ない子供のように、まるで彼女を独り占めしたいのだと主張せんばかりのネジは、事実、栗色の中いっぱいに、見開いたその視界を独占していた。

「なっ、なによ……っ、分かってるってば」

も、もう離れてよ、と前方を塞ぐ胸を押し退け、ネジが何か思う前に、振り切るようにテンテンが先に歩き出す。

「……分かってないだろう」

背中に、ぽつりとネジが投げ掛ける。
端から見たら照れていると見える反応にも、ネジには何もぴんとこなかった。
ぷりぷりとした後姿を怪訝に見遣りながら、何か怒らせるようなこと言ったかなと、他人事のように浮かべてから、ネジは黙って後をついて行った。
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