*black

□カリーナ
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君はヴィーナス。オレのカリーナ。




「……カリーナ?」

 ネジの端整な眉目がその真底を探るように、僅かに顰められた。大抵のことなら何を受けても動じないこの青年の、顔に表れるほどそれは難解だったのだろう。
 じっと立ち尽くして熟考し始めるような生真面目な様に、そっと掌を向けて、綱手は楽な姿勢を促した。それはネジが淡然と事に当たり、日没までに厳かに締め括った任務の後、新たに里長より持ち込まれた彼への“依頼”だった。

「『女神の紅い宝石』、と呼ばれることもある。カリーナとは星座(ほし)の名前らしい。時に、天体観測は好きか?」

 後ろ手にゆったりと足を開いて立ち、黙って綱手の計らいに甘んじたネジは、面白いくらいに無表情だった。天真爛漫な少女のような好奇心を、瞳に灯す綱手もこれには苦笑混じりに話を進める他ない。
 机に肘をついて、組んだ両手の上にほっそりとした顎を乗せていた綱手は、脇道に逸れない真っ直ぐな男に眼差しのみで諌められて、真面目な表情に戻った。
 
「その、夜空に浮かぶカリーナ星雲、というのをイメージして……ある高級ブランドメーカーが宝飾品を製作した。いわばその、お披露目会というわけだ。当日は強奪、破壊行為などのあらゆる事態に備え、リーとネジ、お前達に会場の監視を願いたい」
「……オレと、リーですか?」

 それとなく聞き返すネジの意図を、心得たとばかりに綱手は目を細くする。言わずもがな単純な返答(イエス)だけを彼は求めてはいない。
……もう一人は? という言葉の裏に忍ばせた問いに、望み通り綱手は答えてみせた。

「ああ、テンテンにはな……相応な役を言い渡してある。今回は別行動だ。あれは、化けるぞ」

 意味深に含ませる紅い唇に、ネジは目蓋を伏せながら仄暗い視線を送る。
 表向きはよくある警備活動だ。ただ……テンテンだけに違う仕事が与えられている。それ自体は珍しいことではなく、寧ろ戦闘に於いて中〜遠距離を主な活動範囲とする彼女は、最初からネジ達のサポート役に回ることが多い。今回のこれもよくある、それぞれの能力を考慮した『役割分担』という解釈で良いのだろうが。……化ける、とは何のことなのだろうか。

「リーとテンテンは、既に木ノ葉を離れ現地に潜入している。急な話だが、今夜にでも発って、リーと合流して欲しい」
「それは、構わないんですが……どのような内容で?」

 今回は、別件の任務の為にネジ一人だけが後から他の二人を追う形となった。裏を返せばそれ程までにネジを、飽くまでスリーマンセルを欲しているということ。決して簡単な内容ではない。
 慎重に切り返すネジに綱手が細く整えた眉を片方だけ上げる。そんなに意外なことを尋ねたのかは分からない。察して欲しかったのだが黙ってその先を求める綱手の態度にネジは諦めて、……別行動の方です、と懸念の対象を口にした。何か面白がるようにして綱手の口の端が妖艶に持ち上がる。
 
「聞いてはいけなかったですか?」
「いや、そうじゃない。逆に尋ねるが……何が心配なんだ?」

 一回りも二回りも年の離れた朗らかな里長は、堅物なネジも仔犬の顎を撫でるように余裕で飼い慣らしてしまう。どうも掌の上で転がされているような気持ちになって眉間の皺が深くなる。心配と言うか、何も“肝心”なことが明らかにされていないから訝しんでいるのだ。別行動とはいえ、班で引き受けた任務なのに秘密に留めるのは妙である。綱手は何を勿体ぶっているのだろう。静かに不機嫌な様を呈する青い天才に、彼女は包み込むようにふっと笑い掛けた。

「大丈夫だ。あいつは周りが良く見える。無茶はするまい……ちゃんと意味のある人選だ。……いや、別にお前でも良かったがな。それより……何の為のマンセルだ? お前とリーの役目は?」
「……弁えています」

 また何か引っ掛かることを言われるも、ネジは相手にせずにただ従順に面を伏せて疑念を捨てた振りをする。どうせ今聞いても教えてはくれないし、真相はどのみちこの後知ることになる。
 自分達も十分に意味のある人選ということ――だ。ネジとリーならば、万が一に備えテンテンのサポートにも回れる器用さと俊敏さを持つ。そんなに心配なら、己の役目を熟しつつ、そうしろと、綱手は結構無茶なことを示唆する。実際、気分屋なテンテンは任務に於いては上手く立ち回る方で、ネジとリーが気を回す程の出来事は少なかったが。

「ならば抜け目ないよう、よろしく頼む。話は以上だ」

 綱手の背後にある窓から灰色の曇天が見える。何かが起こる前触れのように不吉な黒い鳥が其処を横切った。やはり落ち着かないこの気持ちは何なのだろう。重々しい景色を睨み付けては僅かばかりの牽制を試みる。
 綱手は既に別件であろう目下の書類にペンを走らせており、否応なしにネジを、やがて来たる漆黒の夜へと押し遣った。
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