私立九瓏ノ主学園 アルスマグナ
□混色
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自室に入り、いつも通り支度を終えて勉強を始める。
気づいた時には、時計の針は9時を指していた。
ペンを休めて伸びをする。
こんなことをしていても、どうも隣人が気にかかる。
……こんなことでは、勉強が捗らない。
むしろ調子が狂う。
いつも「泉ー!」なんて言いながら走ってきたり、ほぼ毎日と言っていいほど喧嘩したり、部活で切磋琢磨したあいつの姿はどこへ行ってしまったのか。
まだ休んだのは1日だけだというのに、こんなにも気にかけてしまう自分に腹が立つ。
「……アキラ」
彼の名を口にする。
やはりまだ胸の奥が痛む。
一度口にしたその名は、俺の心の中でじわじわと広がっていった。
俺を恋愛対象として好きだと言った人の名。
俺は、良き親友であり、良き部活のメンバーだと思っていた。
……だとすると、この気持ちはなんだろう?
親友に対しての苛立ちか。
アキラの心の弱さに対しての呆れか。
……違う。
どれにも当てはまらない。
結局、胸の奥の痛みの謎は解明できないまま。
アキラの部屋も、自分の気持ちが怖くなって足を踏み入れることができなかった。
今日はもう寝てしまおう。
明日になればあいつも来るだろうし、俺の胸の痛みも消えているはず。
デスクの上のスタンドライトのスイッチを切り、勉強道具をしまう。
窓の外を見れば、深い藍色の空にぽつりと三日月が浮かんでいる。
1人寂しく光を放っている三日月に、同情の気持ちを寄せている自分がいた。
・・・
窓から差し込む光で目が覚める。
寝ても覚めても気にかかることは変わらず、隣人のことばかりだった。
朝が苦手な彼だから、毎朝決まった時間に音量が大きめの目覚まし時計が鳴る。
だが、今日は鳴らなかった。
思い返せば、昨日も鳴っていなかった気がする。
俺が悪いのか?
本人がいないところで1人考えたって埒があかないのはいつまで経っても同じことだ。
考えるのをやめて支度をする。
身支度まできちんと整え、部屋を出た。
人気がなくなってしまったかのように静まり返る隣の部屋をそっと見る。
今日も来ないのだろうか。
……。
アキラの部屋の前に立つ。
近くまで来ても、物音ひとつしない。
さらに扉に近づいて耳を澄ませてみるも、何も聞こえなかった。
そっと扉に手を添える。
「……教室で、待ってますよ」
放っておけなかった。
結局は自覚していないだけで案外心配しているものなのだと気づく。
返事を待ってみるも、やはり何も聞こえやしない。
まだ寝ているのだと諦め、立ち去ろうとした。
その時。
「……グスッ」
鼻をすする音が聞こえた。
それもそう遠くはなくて、おそらく扉の近くだ。
部屋から遠ざかる足を止め、部屋の前に戻る。
「……泣いてるんですか」
相変わらず人のことを考えてやれない自分のストレートな言葉に少々後悔を覚えたが、アキラの反応を待つ。
だが、次は鼻をすする音さえも聞こえなかった。
「……待ってますから。今日だけは遅刻、許しますよ。では、また後で」
そう言い残し、今度こそ立ち去ろうとした時だった。