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□踊る、躍る
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【踊る】ある決まりに従っておどるおどり。

【躍る】喜び・驚き・期待・緊張などで、胸がわくわくする・どきどきする、どうきが激しくなる場合などの動き。







「調子はどんな感じ?」
あれからだいぶ経つよなー、と言いながら赤髪のあいつは俺の顔を覗き込む。
「特に異常はないんですけど……また同じことが起きたら俺……」
彼の視線から逃げるように、窓の外へと目をやった。外は晴れ晴れとしていて、小鳥の鳴き声が聞こえる。
「またそうやって自分を追い込むんだろ」
肩に手を置かれる。俺はそれを反射的に振り払ってしまった。
「……あぁ、ごめん……嫌だよな」
こうして大好きな人の心まで傷つけてしまう。そして、自分の心も知らないうちに傷つけていた。
「……もう帰ってください」
「え、いやでも……」
「帰ってください」
「まだ一緒にいたいし……」
「帰ってくださいと言っているんです!」
俺たち2人しかいない個室に響き渡る、自分でも聞き慣れないほどの大きな声。アキラの肩が揺れたのがわかった。
「……また明日、来るから」
彼は俺の返事も待たず、病室を去った。



俺は、あることがきっかけで入院することになった。その「あること」とは、約1ヶ月前に行われたライブでのこと。
「ちゃーす!」
アキラの元気な掛け声とともに始まった、いつも通りのライブ。その日は少し体調が悪く、メンバーにも心配されていた。それに、やらなければならないこともたくさんあり、心身に負担を抱えていた。

ライブも中盤に差し掛かり、盛り上がってきた時。急に息苦しくなり、踊れなくなってしまった。
心配してくれるメンバーとメイトさんの視線。俺のことを思ってのことだとわかっていても、その時の俺にはプレッシャーでしかなかった。
そのあと俺は舞台袖にはけ、メイトさんにはメンバーが上手く誤魔化してくれた。

それからというもの、緊張する度にその出来事が蘇って息苦しくなることが増えた。近くの内科医院へ行ってもどこも悪くないと言われたが、それでもこの症状は出続けた。

結局、保険医の先生に勧められた心療内科で検診してもらった結果、「パニック障害」に陥っていたことがわかった。
まさか俺が、とは思ったが、その診断を案外すんなりと受け入れたことを覚えている。
1番最初にそのことを伝えたのは、少し前から付き合い始めていたアキラだった。アキラと一緒にいると不思議と症状がおさまり、心が落ち着いた。
その後メンバーにも伝え、クラスのみんなにも理解してもらった。

こんな出来事があり、今に至る。



「泉、また来てやった」
大好きな人の声が聞こえ、自然と体を起こしてしまった。
「……もう来なくていいのに」
俺の意地っ張りな独り言も、素直じゃねぇなぁと軽くあしらうアキラ。
「……あ、そうだ」
アキラはふと何かを思い出したように後ろを振り返った。
「おーい」
アキラがそう言うと、見慣れた顔が見える。
「来てやったぞー、泉」
「奏くん!」
「奏先輩ー!」
一段と病室が賑やかになる。
ため息をついたものの、久しぶりに会えて嬉しかったのは事実だ。
「奏先輩……僕、ずっと会ってなくて……っ!」
パクが少し泣きながらベッドの横で立膝をつく。そんなパクの頭を撫で、すみません と謝った。
「奏くん!いつになったら一緒に踊れる?もう僕今の振り付けわかんなくてさぁ〜」
タツキ先輩もいつもの調子で話しかけてきてくれる。
「なぁ泉〜、泉がセンターで踊る曲決めちゃったから早く踊ろうぜ〜」
先生が拗ねたように頬を膨らめ、待ってるんだからなと一言付け加えた。
あぁ、とても落ち着く空間だ。
ずっとこのままでいたい。
そう思っていると、ふと視界の端に浮かない顔をする人がいることに気づく。
そんなところも愛しい。
「いっつもアキラ先輩ばっかりだと飽きちゃうから、僕たちきちゃったんです!」
パクが俺に説明する。
「なんだよそれ?!」
アキラがすかさず突っ込む。
すると、みんなの動きが止まった。しかも俺を見て。
「……なん、ですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「……泉が、笑った」
アキラがポツリと呟く。
「……へ?」
自分でも情けないと思うほどに小さな声が口から溢れる。
そうだ。俺は笑えないでいたんだ。メンバーは、笑うことすら忘れてしまった俺に笑顔を戻してくれたのだ。
「ありがとうございます」
お礼を言うも、みんなの口は開いたままだった。



後日、病室に先生を呼び出した。
「珍しいな、泉が先生を呼ぶなんてさ」
学校からそのまま来てくれたようで、ベッド脇に置かれた椅子の背もたれに白衣をかけてから座った。
「先生、この前俺が踊る曲を決めたと言っていましたよね」
「あー、決めてあるよ」
それがどうしたの?という顔で俺を見る。
「踊りたい……です」
先生の顔を見ることができなくて、そっと目線を落とす。すると数秒後に、
「本当か?!」
と遅れた反応が返ってきた。
「……俺、あのメンバーと踊りたいです……」
その言葉を聞いて、先生はお菓子を買ってもらった子供のように飛び跳ねて喜んだ。
「……あ」
先生がパッとこちらを向く。
「アキラと2人で踊らなくていいのか?」
思考が停止する。
……なぜ俺たちの関係を知っているんだ?
「なんで、ですか?」
かろうじて言葉を紡ぎ、問いかけてみる。
「だってお前ら……」
付き合ってるんだろ?
その言葉が聞こえた時、周りの音が聞こえないくらい恥ずかしくなった。顔が火照った感覚がする。
「図星だな〜?はっはーん、やっぱりな。先生気づいちゃった」
えへへ〜と笑う自分の担任の顔が、今までにないないほど憎たらしく見えた。
でも、アキラと踊りたい気持ちがないわけじゃなかった。
「どうするの、泉」
そりゃ踊りたいに決まってる。
先生の質問に、ぎこちなく頭を縦に振った。
「……って言うと思って、すんすん考えてきました」
ほい、と言って渡されたのは、イヤホンが接続された先生のスマホだった。
「使う曲。聴いてみ」
イヤホンを耳にし、言われた通りに使用する曲を聴いてみる。
……恋愛系統の曲だった。切ない曲調だけれど両想いのハッピーエンドな曲。
「お前らにぴったりだろ〜」
褒めろと言わんばかりの表情。なんだか腹が立つ。でも……
「……ありがとうございます」
これが俺の素直な気持ちだった。
「今度動画撮って持ってくるから、それまでに気持ち整理しとけよ」
手を振りながら病室を去る先生。この人が担任兼顧問で本当に良かったと思った。



「……泉と?踊るの?」
「そうだよ、嫌?」
化学準備室に呼び出されてついに説教かと思えば、泉と踊ってくれないかと頼まれた。
「泉が踊りたいって言ってるんだよ〜」
先生の言葉に胸が飛び跳ねる。俺と踊りたがってる?本当に?どうせまた例のいたずらなんじゃないのか?
様々な疑問が頭の中を飛び交う。でも、もし本当だとしたら拒む理由が見当たらなかった。
「……もし本当に泉が言ってるんだとしたら」
先生が顔を上げる。
「……踊り、たい……かな……」
「ほんと?!じゃあ決まりだ!」
白衣を揺らしながら俺より先に化学準備室を出ると、「あとで動画のリンク送っておくから」とだけ言ってご機嫌そうに何処かへ行ってしまった。
泉の踊る姿をまたみられるんだ……。
そう思うだけでワクワクする。ただ、これがきっかけで泉が同じ症状に陥ってしまったら。そのことだけが心配だ。




化学準備室で、1日の楽しみである煙草を加え、先端に火をつけた。紫煙が渦を巻き、天井まで登って行く。
頭の中に浮かぶのは、泉とアキラのことだった。
泉がまた踊れるように。そう思って計画した作戦は、見事に成功への道を歩んでいるようだ。
2人には後日動画を渡し、それぞれで練習するように言っておいた。
果たして泉は前のように踊ってくれるのか。踊ることがストレスになってしまわないだろうか。
いつの間にか吸い終えてしまった煙草を灰皿で潰し、化学準備室を出た。
廊下を見渡せば、ちょうど廊下を歩くアキラの姿があった。
1ヶ月前までは隣に泉がいて、楽しそうに話しながら歩いていたのに……。今ではその背中がとても寂しそうだった。
二人の心が一つになれるように。今回使う曲のような幸せを目指して。
俺にはただ見守ることしかできない。



長い期間入院していたが、ある程度落ち着いてきたとのことでようやく退院することができた。一人で帰ろうとしたところに、赤髪の彼が外で出迎えてくれる。
「おかえり」
その言葉がなんだか恥ずかしくて、そっと目線を逸らす。
「相変わらず素直じゃねぇなぁ」
小馬鹿にするような笑い方も、今では懐かしささえ覚える。
「お迎えありがとうございます」
「おう」
久しぶりで話すことが見つからず、ここから沈黙が続く。
今でもアキラは俺のことを好きでいてくれてるのかな。他に好きな人ができていたりしないよな……。
「あの」
「ん?」
「まだ俺のこと、その……」
なかなか自分から自分のことを好いてくれてるかなんて聞くのは恥ずかしいもので、言葉が詰まる。
「好きだよ」
驚いてアキラの方を見ると、ばっちりと目があった。
「泉のこと、好き。お前以外考えられないから」
そんなかっこいいセリフを言って、いつもの笑顔を見せる。心臓が煩い。
「泉は俺のこと、好き?」
アキラが俺の前に立ち、歩みを止める。もちろん好きだ。誰よりも好き。だが、言葉にするとなると恥ずかしい。
「ねぇ、好き?」
詰め寄るアキラに、思わず後ずさりしてしまう。アキラの不安そうな表情が垣間見えた。
「……好き、です」
ふと、口から溢れるようにこの言葉が出た。途端にアキラが嬉しそうな表情を見せる。
「俺は泉だけだよ。二人で踊るのも泉がほとんどだし」
そうだろ?と言われて過去を振り返ってみれば、確かにそうかもしれないと一人納得する。
「だからまた踊れてすごく嬉しい。先生に感謝しねぇとな」
また歯を見せて笑う。母の絆創膏に皺が寄った。
「そうですね」
それに応えるように、俺も少しだけ笑った。



退院から1週間して、久しぶりに学校に復帰した。登校するときはアキラとパクがついてくれて、クラスには入ればみんなが温かく出迎えてくれた。
俺ってこんなに幸せだったっけ。
久々に登校した感想はこれだった。こんなに幸せでいいのか。なんだかもう十分すぎる気がする。
無事に授業を終えて部活へ行ってからも、お帰りムードは続いた。
部室へ入れば部屋一面に装飾が施されていて、ホワイトボードには「奏くんおかえり!」の文字。きっとタツキ先輩が書いたのだろう。その文字の周りには俺らしきものの絵が描かれている。
「奏先輩おかえりなさい!!」
「奏くんおかえり〜!」
「泉おかえり!」
「待ってたぞ、泉」
みんなの声。とても温かかった。一日中忙しくて落ち着かなかった心が、幾分か落ち着いた気がした。
それより、朝から密かに楽しみにしていたことがある。
アキラと踊る……
振りも覚えて、曲も口ずさめるようになった。あとはアキラと合わせるだけ。
そんなことを考えているとまた落ち着かなくなって、気を紛らわすようにジャージに着替えた。


俺が着替え終わると同時に練習が始まり、俺とアキラは先生に呼ばれた。
「お前ら、練習するのか?」
心が躍りだす。やっと踊れるのかと思うと、自然と笑みがこぼれた。
「練習したいです」
「俺も練習したい」
二人で目配せをして少し笑う。
「じゃあ音楽かけとくから、あとは自分たちでやってね」
邪魔者は消えますよ〜と言いながら去っていく長髪の男をキッと睨むと、そそくさとタツキ先輩達の方へ行ってしまった。
「踊ろ、泉」
アキラが手を差し出す。
「はい。喜んで」
差し出された手を取り、鏡の前まで連れていかれた。
振りは覚えているものの、合わせるのは初めて。俺たちの間にかすかな緊張が走るのがわかった。
踊り始めるカウントになり、ゆっくりと体を動かす。
久しぶりのこの感覚。やはり踊るのはとても楽しい。
アキラの顔を見ると、とても楽しそうに笑っていた。俺もそれにつられて笑顔になる。
中盤に差し掛かり、少し足がもつれてしまった。アキラがすかさずフォローを入れてくれる。さりげなく腰に手を添えて支えてくれたのがわかった。
迷惑をかけないようにしなくては。
無駄な力が入る。だが、無事に初めての通しを終えることができた。
「泉、久々のダンスはどうだった?」
相変わらず滝のような汗をかく彼の目を見て、とても楽しかったですと答える。
「休憩した後にもう一回だな。泉は涼しそうな顔してるけど俺が限界」
待ってろよと言って水分を手に取ると、そのまま床に倒れこんだ。
「アキラと踊った感想はどうだ?」
先程までタツキ先輩と練習をしていたはずの先生が、知らないうちに俺の横に立っていた。
「楽しかったです。とても」
「そりゃよかった」
先生の顔がほころぶ。
「楽しいって思ってもらえることが何よりだから。もう、大丈夫だから」
な?と言って肩をトントンと叩かれる。
アキラと踊るまで、正直踊ることすら拒んでしまう自分がいた。でも、アキラとセッションをしてみて、改めて踊ることの素晴らしさや楽しさに気づくことができたのだ。
「アキラのとこ、行っておいで」
先生のその言葉に頷くと、アキラが休憩しているところへと近づいた。
「……どした?」
アキラがドリンクのキャップを閉めながら俺を見る。
「……踊ってくれませんか」
今度は俺から。
アキラは笑ってこう言った。





「喜んで。……俺の大切な人」

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