私立九瓏ノ主学園 アルスマグナ

□悪くして
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ブラックコーヒーとタバコの匂いが入り混じるこの化学準備室で、1人一服する。

今は休み時間で、次は1時間フリーだ。

やらなければいけないことは全て終わらせてしまったので、もう後はのんびりするだけ。

タバコを灰皿へ押し付けて火を消すと、着ていた白衣を脱いで近くの椅子の背もたれへかけた。

趣味である黒魔術の本を手に取り、テキトーに開いたページを見て興味があったら少し細かく読んでみる。

そんなことをしていると、あっという間に時間なんて経ってしまうものだ。

……と、急にドアがノックされる。

もうすぐ休み時間は終わりを迎えようとしているのに、どうしたものか。

「どーぞ」

俺がそう言うと、入ってきたのは意外や意外、泉だった。

唐突ではあるが、俺は率直に言って泉が好きだ。

一生徒としてはもちろん、男女間に生まれるあの特有の気持ちも持っている。

「おー、どうした泉。珍しいじゃん」

そんな愛しい生徒へ「座れよ」と前にある椅子へ座るよう促すと、割と素直に座った。

「てか次の授業は?いいの?」

そう聞くと、泉は静かにコクンと頷いた。

いや、良くないだろ。

と、ここで授業開始のチャイムが鳴った。

泉は本当にサボるつもりらしい。

「……で、どうしたの?」

滅多にここへは質問しに来ない泉がここへ来たとなると、何かよほどのことがあったに違いない。

泉から言葉が発されるまで、静かに待った。

「……先生」

「おう」

「俺」

「おう」

「……悪いこと、してみたいです」

……え?

突拍子もない相談に、唖然としてしまう。

「……なんて?」

「悪いことが、したいんです」

今度ははっきりと、俺に向かってそう言った。

「それならアキラに相談した方が」

「いや、あんな子供じみた悪さではなくて」

さりげなくアキラがバカにされたようで、話題に出したことを少し後悔した。

「大人になりたいんです、早く」

そんなこと言われたって、俺にどうしろと……

「……泉、本気で言ってる?」

「本気ですよ」

言っていることは飛び抜けていても、目が真剣だ。

「……泉は、何かしようと思ってることはあるの?」

「今日の夜、寮を出てどこかへ出かけようかと考えています」

担任の前でよくそんな堂々と……

とりあえず、深夜徘徊は校則違反だからダメ。

「校則違反だぞ。そもそも、大人になるってことがどういうことかわかって言ってんのか?」

「……俺は、大人と同じことがしたいんです」

話の辻褄が合わない。

こんな泉を見たのは初めてで、心配になってしまう。

このまま寮に返してしまえば、不安が募って夜も眠れなくなってしまう。

「……決めた!」

そう言っていきなり立ち上がると、泉は少しばかり目を見開いてこちらを見た。

「泉。今日は先生の家に泊まってけ」

泉が、今度は目をまん丸くして俺を見た。

別に下心からそんなことを提案したわけではなくて、ただただこの目の前にいる危なっかしいやつが何か問題を起こさないように、という担任としての責任感からだった。

「……そんなに俺のことが心配ですか」

「心配だよ。俺の生徒だもん」

泉が少しだけ拗ねたように視線を逸らした。

「……先生の言うことは?」

泉がハッとする。

「……絶対」

こういう時だけ使いますよねそれ、といういちゃもんがおまけで付いてきた。

「じゃあ決まりな。今からでも授業戻れ」

そう促すと、泉は素直に化学準備室から出て行った。
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