私立九瓏ノ主学園 アルスマグナ
□戻らなくていい
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人間は、突然の出来事というものに弱い。
受け入れがたい現実を突きつけられると、皆怯んでしまう。
「奏……くん……っ」
僕もその1人だ。
目の前にいる彼に起こった突然の出来事を、受け入れられないでいる。
奏くんは……記憶を、なくしてしまったのだ。
体はそこまで負傷していないものの、頭に強い衝撃があったらしい。
アキラくん、ウィトっち、先生も口々に奏くんの名前を呼んでいるけど、一向に反応を示してくれない。
「おい……泉」
アキラくんが奏くんに話しかける。
やけに喧嘩腰だ。
なんて思っていたら先生も同じことを思っていたようで、歩を進めるアキラくんを止めに入った。
が、アキラくんは先生の腕を振り払う。
「お前……さっきから見てりゃなんなんだよボーッとしやがって!!こっちの気持ちも知らねぇくせに何黙りこくってんだよ!!」
「アキラ!!」
先生の怒鳴り声、アキラくんの舌打ち。
様々な感情が音となって部屋に響いた。
すると、突然奏くんが耳を塞ぎ出した。
そして、
「わかん……ないよ……」
と、囁くような声で言った。
いつもの敬語が抜けているのは、記憶がなくなって自分が常に敬語を使っていることまで忘れてしまったからだろう。
「僕、誰なんですか……?あなたたちは……?」
突如焦り出した奏くんに、みんな声をかけることができなかった。
「わかんない……わかん、ない……っ!!」
自身の頭を抱え、ベッドの上で蹲る奏くん。
次の瞬間。
「わかんないよ!!わかんない!!」
奏くんの口からは聞いたこともない唸り声と、見たことのない表情。
みんな呆然としている。
1人冷静な先生が、ナースコールを押した。
そのあと奏くんに駆け寄り、
「落ち着こう。な?」
という。
「触んな!!」
そう言い、奏くんが拒絶して差し出された手を振り払った。
さすがの先生も、振り払われた手を見て固まってしまった。
一瞬の沈黙が走ったあと、何人かの看護師さんが来て、奏くんがどこかへ連れて行かれてしまった。
しばらく沈黙が続く。
何か、何か言わなきゃ。
「……今日は、帰ろうよ」
なんて切り出せばいいのかわからなくて、帰るきっかけをつくる。
「そうだな、今日のところは帰ろうか」
「まぁ……あの様子じゃあ、な……」
「また明日来ましょうよ」
みんな口を揃えて言ってくれたので、今日のところはとりあえず帰ることにした。