漆黒の天使
□one
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あれから数週間たった。
学校は退学しているから行かなくていいし、お金の心配もしなくていい。
すなわち暇。
「向こうに行ってろ」
『銃の使い方教えて欲しい』
「ウォッカにでも頼め」
『その彼に仕事押し付けて煙草蒸してるのはどこのどいつですか』
毎日組織の元へ行ってジンやベルモット、ウォッカにちょっかいをかけて帰る日々。最初は凄んで銃を構えて来るジンであったが、人は慣れるらしい。構わないのが一番だと踏んだのか大体私を無視して携帯か銃をいじっている。
「キャッハッハ!!あのジンもこうしてたら可愛いもんだね〜」
カチャリ
「無言で構えないでよ」
『あ、キャンティ!!』
「あたいは嫌だよ。カルバドスからあんたの銃の命中率壊滅的だって聞いてるからさ」
『ぶう、コルン』
「……嫌だ」
『皆薄情です』
いろいろと教えてもらった。近接戦、ハッキング、爆弾解体。なのに銃だけはピストルもライフルも上達しなかった。
平和な日本にいるのだ。必要のないものだろう。……まあ現にここにいるのは危険な奴等ばかりだが。
「あら、勢揃いですね」
『明美さん!!』
彼女は宮野明美さん。この組織には相応しくないほど綺麗な人だ。それを行ったらお前もだとキャンティに言われた事がある。
黒に染まりきっていない彼女はコードネームを持っていなかったが、私にとってはとても頼りになる綺麗なお姉さんだった。
彼女には妹がいるらしい。私と同い年ぐらいだから気にかけてくれているのだそう。そんな妹さんはシェリーとコードネームを与えられている人間だ。多忙らしい。
女同士だったこともあり、専ら私の相談相手は明美さんだった。明美さんも私にいろいろと相談してくれるからいい友達だと思う。ベルモットは気がつくと何処かに行ってしまっているから。
『明美さん、買い物に行きましょうよ!皆相手してくれなくて暇だったんです』
「それは……」
私には決定権はないという事だろう。ジン達の顔色を窺っている。
『私がいいって行ったらいいの!!行きましょう!!』
「あ、ちょ!!」
明美さんの腕を引っ張ってこの場から立ち去る。誰も何も言わなかったし、追いかけても来なかった。それが明美さんにはありえないと言うように驚いた顔をしている。
「貴方、本当にキティなのね」
『皆にそう言われますね。そんなに子猫ちゃんに見えてるんでしょうか?』
私の言葉にそうじゃないと明美さんは言った。あの方に気に入られていて幹部とも砕けて話せるほどの存在だからどんな奴なのかと思っていたらしい。
「それがこんなに可愛らしい子だったなんて、誰だってびっくりするものよ」
『とは言いましても私には記憶がないので何とも言えないです』
携帯の画面を見てそういう私に明美さんはハンドルを握る手を少し締めた。
携帯に入っている連絡先は多分高校の友達。ベルモット以外は一回も連絡をとっていない。アプリも入っているが使う事はなかった。
『……明美さんの連絡先教えてくださいよ。またこうやって出かけたいです』
「それは……」
『ジン達の事なら気にしなくていいですよ。本当にボスに殺さないように釘を刺されているみたいですし』
少し笑うと明美さんも笑って携帯を差し出してくれる。新しく入ったアドレスは正真正銘友達としてのもの。何とも言えない穏やかな気持ちになって笑みが更に溢れる。
ショッピングに行って本当にただの一般人のように服を選んで食事をしてと過ごしていくとここが作り物の世界だと言う事を忘れてしまう。
『今度は遊園地とか行って見たいなぁ……』
「それだったらトロピカルランドがあるわよ」
その言葉を聞いて言葉に詰まった。トロピカルランド……聞いた事のある名前だった。
その名前はこの作られた世界を生み出すきっかけとなった物事。……なのに思い出せない。とても重要なのはわかる。けれど靄がかかったように記憶に蓋がされている。
黙った私を不審に思ってか明美さんはキティ?と聞いて来る。
『……魅也』
「え?」
『秋桜魅也、それが私の名前だからそう呼んでください。せめてこうやって普通の友人でいるときは』
「……そうね」
彼女の笑みは切なげだった。何を考えての事かなんて私にはわからない。
『明美さんとシェリーと3人で行きたいです、トロピカルランド』
「……ええ」
叶うことなどないのはわかっているのだろう。いつものように笑って言う彼女は私の事を心配してくれているんだとよくわかる。だからだろう。絶対ねと念を押してしまったのは。
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