漆黒の天使

□zero
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「患者さんが目を覚ましました!」



そんな声が景色と共に入ってきた。視線を落とすとピッピッと音を立てている機械と点滴が目に入る。


そうか、ここは病院なのか。


数人の看護婦と医者が私を取り囲んで意識がどうたらバイタルがどうたら言っている。生憎そういうのは全くわからないのだ。高校でも10段階評価で5とかの人間だから。



ほうけていると突然話を振られた。名前は覚えているかと言う事だった。


何を聞いているんだろうと半ば呆れながらも名前を口にしようとするが詰まってしまう。頭がズキリと痛い。
ただ自分の名前を思い出そうとしているだけなのに考えるほど頭痛は強さを増してくる。


医者は無理に思い出さなくていいよと言った。いい訳がない。私が困るのだ。


今までしたことがないほど考えていると急に頭痛が引いた。



『……秋桜…魅也です』



そのままつるりと出てきた名前は自分の名前だった。ちゃんと自分のものだとわかる。声だって自分のものだ。
なのに何故か違和感が拭いきれない。


医者は安心したように私に他にもいろんな事を述べていく。どうやら私は記憶喪失らしい。


私には両親と姉がいたらしいが、今回私が記憶を失うきっかけとなった爆発事故で木っ端微塵に吹き飛んだらしい。
そこまで話して止まった医者。私ははてなと首を傾げるとそれもそうかという反応をしている。
普通なら家族を失った衝撃で錯乱するものだろうが私には今記憶がない。話してほしいと懇願すれば続きを話してくれる。


身寄りがなく、高校2年生がひとりで社会の中を生きていかなければならない。保険金や補助金は申請すれば云々かんぬん。だから難しい話はわからない。


葬式はと尋ねれば今は何もしていないという。そう、身寄りもないということは開く意味合いがないと言うことだろう。もう面倒くさい。さっさとすべて白紙にしてしまえばいい。


何がそこまで不快だったのかわからないが、私は両親の死亡届を出してくれと医者に頼んだ。通夜も葬式もしないといえば更に驚かれる。


なんて親不孝者だと思われただろうか。身寄りがないんだったらする意味がないと言えば察してくれたのか、私を蔑む視線は哀れみの視線へと変わった。
その変化に気付いたことに自分で驚いた。記憶が失っても感がいい方ではなかったのは覚えている。


どうしたものかと考えていると突然眠気が襲ってくる。それを正直に伝えるとそそくさと医者達は退散していった。



窓の外を眺めると見たこともない町並みが私の目を貫く。
するとそこには東京タワーのようなものが見える。そうか、ここは東京なのか。


私の出身地がどこだったのかそれは思い出せない。ただ名前だけ思い出せたのだ。


ベッドに寝転がると顎まで布団を被った。清潔感の漂う嫌な香り一つしない病院の布団はフワフワでとても心地よかった。


そのせいだろう。ここまで何も覚えていないのに呑気に寝てしまったのは。








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