小説

□かたおもい
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宇治原に好きだと言われるのが大好きだった。
好きだと言う度、もっと好きやで、と返してもらえて、嬉しくないやつがいるだろうか?
あんまり嬉しくて病みつきになり、ネタにまで仕込んで、俺に夢中な宇治原なら言いそうなセリフを考えたりした。
ネタにさえすればなんでもさせられる。俺は神のような立場に浮かれた。
可愛い!大好きや!菅の為ならなんでもするで!
ノリでどんどん言ってくれる。役割を飲み込むのが早いし完璧だった。
ずっと一緒にいてくれる。俺の理想像。夢のような日々。
でも、宇治原は別に俺とずっと一緒にいることを夢のようだとは思っていなかっただろう。楽しんではいたと思うし、笑いが絶えない日々は芸人らしくてワクワクしただろうけれど。

宇治原は俺のネタのせいですっかり洗脳され、普段も好きだと言ってくれるようになっていた。嬉しくてくすぐったかった。
でも、俺はいつまでもまやかしのそんな言葉を無邪気に喜んではいられなくなった。
言わせてるだけ。
その空虚な気持ち。
一緒に飲みに行ってもいちゃつくネタの続きをしてくる宇治原。
こんなことをさせていたらいけない。
いくら俺がして欲しくても、好きだと言えばいくらでも返してくれるのを知っていながら、俺は何をしてしまっているのか。大事な大切な、大好きな宇治原に。
俺が喜ぶならどんなネタもしてくれる。好きやでと言えば俺が喜ぶのもよく分かっているのだろう。

俺は極力好きだと言わないようにした。
自分への戒めだった。テレビがネタとして仲良しを推している時にだけ、ありったけ気持ちを乗せたけれど、宇治原を振り回すのだけはやめようと決めた。
もう一緒に遊ぶのは避けた。宇治原からしつこく不満を言われたけれど、別々の後輩と遊んだ。
宇治原が誰と何をしているか気にしないようにした。察しのいい宇治原は文句を言ったわりには、すぐ後輩とコンパに明け暮れるようになっていった。
これで良かった、と、思った。

「昔は可愛かったのに」
そう言われて思った以上に衝撃を受けた。もう嘘でも好きやと言われなくなる歳になったのだと思った。仕方ない。頑張ってる方だと思っていたけれど。
がっくりきた自分に心の中で苦笑した。
まだ好きやとこんなにも言われたいのか。
片想いしているのは宇治原の方、というネタを仕込んだのは俺だ。そのままずっと律儀に守ってくれている。そういうコンビの方が笑えるからと。
「菅はまるっきり変わってへん」
優しいやつ。
俺のショックを感じたのか。

好きだなんてもう簡単には言えない。もっと好きやで、と、言わせてしまうのが分かっているのに。
おまえが今、俺に要求しているのは、ネタとしての大好きやでという言葉。

本心から大好きな俺の想いをぶつけたら、重さに押しつぶされる。もう二度とお前も軽々しく好きやと口にできなくなる。

宇治原の口から、ゴメン、とは、聞きたくない。
そんな想ってくれてたん?ゴメン!俺も好きやで?もちろん好きや!
でも、あの…。
ゴメン。

言わせない。
言う方が辛くなるようなこと。
これが俺ができるおまえへのありったけの好き。

「俺が言わなければ、お前も言わなくてすむやん」
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