小説

□リキ
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ホテルの浴衣でダブルベッドに先に横になり、ちょっと気恥ずかしくて壁の方を向いていた。
昔は自腹で宿を取らねばならず、安いからとダブルを平気でとったのが懐かしい。
ベッドがきしんで、布団に宇治原が入って来たと思うと、後ろから抱きすくめられた。首筋に鼻を押し当ててきて「久しぶり〜」と幸せそうな声で言う。そんな素直さが嬉しくて照れくさくて、ついふざける。
「コラ、リキか!後ろからサカってきて」
「クンクン!リキだわん!バカ犬やから、相方にもサカるねん」
宇治原は浴衣の中に手を入れて来て、素早く胸をまさぐり、俺の体を向き直させると、もう片方はすぐに下に伸ばしてきた。
「ちょっ!リキ!」
「歯止めが効かないワン!バカ犬やから!」
文句を言おうとした口を奪われて、舌が絡まる。胸も、下も。脚も絡めて刺激がどこから来ているのかわからなくなる。
「ちょっと待って!早いって!」
ガツガツしている宇治原が少し可笑しくなって、笑いながら抗議した。
「ダメ〜。明日の朝、出る時間早いから、おまえ早く寝たいやろ?ぐずぐずしてると、今日はやめとこ、とか言い出しかねへんやん?」
「今日は言わへんって〜、せっかく熱海まで来たんやから」
「なら朝までする?」
「ええよ」
「絶対嘘やん」
宇治原は笑って「とにかく愛し合いたいワン!」と、グーにした肉球の手を俺の肩に置いて、ペロンと頬を舐め、そのまま首すじ、胸、腹、その下に下がっていった。

与えられる快感に身をゆだねながら、ふと今はもういない宇治原家のハスキー犬リキを初めて見た日のことを思い出す。
あの日、初めて家に呼ばれて前の日から遠足より嬉しくて、親友ができた喜びで眠れなかった。
あの頃から俺は宇治原が好きで仕方なかった。少しでも長く一緒にいたかった。昼休みが幸せで学校に行っていた。
彼女はお互いにいたし、恋だとは思っていなかった。でも、彼女といるより楽しいと思っていた。
そうだ、ホワイトデーのお返しを2人で買いに行くことを言い出したのは俺だった。女子の好きそうなものを売っている店に行くのが恥ずかしいから一緒に行かないかと誘ったのだ。宇治原と学校以外で会って何かしたくて、口実を作ったのが本心だった。
帰りに下駄箱で待ち合わせて、先に待っていたアイツが、遠くからすぐ俺を見つけて手を振った。下校する沢山の生徒達の中で小さい俺が来るのをずっと探していて、すぐに見つけ出してくれたのが嬉しかった。別に下駄箱では近いからそんなにまでしなくていいのに。そんな気持ちがありがたかった。俺も走り寄って行ったっけ。

女子の好きそうな店で、照れくささでテンションが上がって、ぬいぐるみの所で2人で悪ふざけした。
「これ、リキやん」
「ワンワン、ハァハァ!」
宇治原の持つサルのぬいぐるみに、俺はリキのような犬のぬいぐるみをけしかけて、腰を振らせた。2人でゲラゲラ笑って、宇治原もサルで犬を襲ったりして、店員に睨まれて、肩をすくめてその二つをプレゼントに買ったのだ。
くだらなかったけれど楽しくて仕方なかった。ずっと離れたくなくて、あちこちの店を冷やかしては笑った。
思えば、あれが初デートだった。宇治原はなんとも思っていなかったろうけれど、俺は薄々気付き始めた。下駄箱でスラリとした姿を見た時の自分の胸の弾み方が、彼女と会う以上だと。俺は少しでも長く宇治原を独り占めしたくて、買い物に誘ったのだと。

好きだと気づいたら自分がどこまで欲しているか不安になった。触りたいのか、触られたいのか、どこまで許せるだろうかと。

「ちょっ、、ねぇ、、あのさ、あんまり長くそこ、やめて、、恥ずかしくなんねん」
宇治原の細い指が、中に入って堪らない所をゆっくり慈しんでくれている。別の手は素早く動いて俺を煽る。声が溢れ出すのを気にもしないで、唇を胸に這わせたり舌を使ったり、まったく容赦ない細やかな動き。
「恥ずかしがらせたいねん」
「アホ、そないせんでも、もういいし!」
「もういいって、もう挿れて、ってこと?」
わざと奥をつつかれ、俺は自然に脚が開いて声が溢れた。返事ができない。
「指は抜いて欲しいのに、もっと挿れて欲しいなんて、ワガママやなぁ」
そんな戯言を言っているのにも、もう構っていられない。
「せやかて、俺だけこんなんなってんの、嫌やもん、おまえも早く…一緒に」
「バカ犬に優しいな」
宇治原は体を重ねてひとつになってくれて、同じ喜びを生み出すように、揺すって抱きしめて息を吐いて、髪をすいてキスしてくれた。
体を繋ぐと、離れたくなくて溶け合ってしまえばいいのにと思う。いつも気持ちが溶け合っているから、離れていても案外平気なのに、ベッドの上で離れるのが切ない一瞬がある。
「断るくせに、もっとしたいような顔すんねんな」
宇治原が優しく笑う。
「お前だけがエロいんちゃうわ、俺も男やから朝まででもって気持ちはあんねん」と、センチメンタルから遠ざかることを口にした。
「じゃあ、しよ?」
「お断りします」
二人で笑う。

なんでも許せると、リキのぬいぐるみを買った日の夜、俺は自覚したのだ。
頭の中でこんなふうに抱かれる自分を想像しても全く違和感がなかった。宇治原が触ってくれるなら構わないと思った。こんなことを考えるなんて申し訳ないと思いもしたが、現実になるわけでもないと考え、頭の隅に追いやった。
その時の俺は宇治原を、体を重ねても平気なくらい好き、でも普通に親友なだけ、と位置づけていた。親友がいなかったから、それがそんなに変だとも思わなかったのだ。

「明日の朝、ちゃんと早く起きられるように、控えめにしたんやで、どう?かしこやろ」
宇治原はまた、リキのように後ろから抱きしめてきて囁いた。
「……バカ犬」
充分すぎる夜をちょっと叱って、俺は眠りについた。

名古屋の仕事はいつも以上に触れ合ってしまいがちだった。いつもの距離でさえ、少し俺には遠かった。
「仲いいですね、今日も」
呆れているのか微笑ましいと思っているのかわからない表情で、アナウンサーが本番前に言う。
「売りにしてますぅ」
宇治原の肩を抱いて策士の顔で笑う。
ちらりと相方を見ると、目尻を下げて、秘密の鍵をわざと見えるところに隠す俺に同調して「優しいんですよ〜」と笑った。


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