小説

□俺の男前
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(なんやねん!ガチガチに緊張しとったくせに、ここでくちびる奪ってくるとか、男前なことしよって!)
宇治原はさっさっと離れて何事も無かったようにネクタイを結び始めて、すっかりいつもの落ち着いた仕事の顔だ。
まだ上着を着ていないワイシャツの背中は筋肉がついた引き締まった男の背中だ。肩幅は俺の方があるくらいなのに、薄い鎧を纏ったような綺麗なライン。スラリとした立ち姿は誰よりスーツが似合うと思う、俺の相方。恋人。
生涯離れないと誓い合い、来世も出会ったら、必ず一緒になにかしようと言えば、ごく当たり前に頷いてくれる宇治原。次も同じ時代に生まれたいと、切実に願っている俺。その為になら、閻魔大王にでも袖の下を弾むつもり。
うーちゃん、と、呼んでいた10代の頃から、いつの間にか、宇治原さん、と呼ぶようになった40代。
長い響きがむしろ嬉しくて、ずっと舌の上で転がしていたい名前。あいつの体をずっと味わっていたいと思うのと同じなのかも知れない。何をしていても宇治原の反応を考えている自分。そばにいない時も、いる時はもちろん。

俺が気を使ったことにすぐ気づいて反応した宇治原。
IQ158超えがどんなことか、普通の人はほんの一部しかわかっていないと思う。IQ100な俺らがわかる次元とは違うのだ。わかってから反応するまでの速さ、それも一瞬で何通りも考えついて取捨択一を正確にしてくる。意表をつくか無難にまとめるかも間違わない。俺は選択した答えの裏側まで分かって驚嘆しているけれど、表面だけしか見ていない一般人は普通に賢いくらいに思っているだろう。せいぜいIQ120くらいの想像だ。全く次元が違うのに。
でも、中身も見た目も男前だということは、俺だけで独占していたいこと。そのへんにいるちょっと賢いヤツ程度に思ってくれてて構わない。もっと凄いねんで、オレだけが知ってんねん。と、思っていたい。

かすかな緊張を残しながら支度を整えている相方を惚れ惚れと眺めながら、自分の支度に取り掛かる。ネクタイを手に取りふと、先の方を持ってぶら下げ、宇治原の前に差し出す。
「久々にコレ」
「何?めだか師匠?」
俺の言わんとすることを即座に理解して、わざとはずしてくる。
「身長と同じ……そないちっちゃないわ!ほんの少し大きいわ!」
「ほんの少しかい!」
2人で吹き出す。
「ちゃうちゃう、ほら!久しぶりに!」
「あ〜なるほどな、久々に手首結んで…」
と、俺の手首を2つサッと掴んだ。
いつだったかの夜のお遊びが脳裏に蘇り、思わず赤面して振り払う。
「誰が舞台前にSMすんねん!そっちの本番は本番の後でやん」
「マジですか、菅さん」
「ナイナイ!」
手を顔の前で左右に振って爆笑する。
宇治原はネクタイを持ち直して、俺の襟を立て、手際よくネクタイを結び始めた。
「ネクタイの起源は諸説ありますが、恋人が旅立つ恋人の無事を祈って巻いた布が始まりと言われています。」
だいぶ前の番組のうんちくをスラスラと思い出して言う宇治原。1度覚えたら忘れない。いつでも取り出してくる。
「今では相方がボケで滑らないように、結んであげるものです」
綺麗な細い指が俺の首周りで器用に動く。官能的でさえあって、ドキドキする。この指に愛されたシーンが蘇りそうになって、慌てて少し体を離した。
「よっしゃ!男前完成!」
宇治原が満足げに俺を眺める。
「さんきゅー」
好きでいてくれるのが嬉しかった。ずっとそんな目で見ていてほしい。

トントン、とドアのノックの音で我に返る。
「ロザンさん、次です。よろしくお願いします。」
ふたりで「はい」といつものように返事をする。
「行きますか」
宇治原に言う。
「行きましょうかね」
もう落ち着いた充実した顔で俺を見る。
俺は宇治原のネクタイをつかんで引き寄せ、くちびるを奪った。
「さぁ!ウケまくるで!」
ニヤリと笑いかけると、デレた顔で
「トチらんよう頑張りますわ」
と、肩を少し回してネクタイを直した。

俺がドアを開け、先に一歩踏み出す。
宇治原は後から着いてきてくれる。
いつだって。

マイクしかない明るい舞台に飛び出す緊張も、後ろにいてくれる相方がいるから、俺は全然怖くない。

大観衆の前に、俺達はゆっくりと出ていった。


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