小説

□ミモザ
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今日の仕事が終わり、珍しく夜も遅くなっていた。
タクシーを呼ぼうとした僕に宇治原が言った。
「車で来とんねん。ついでやし送るわ」
たまに相方の車に乗るのは、なんだかくすぐったくて好きだった。

駐車場まで二人で歩く。
春の夜風がかすかに暖かく、しっとりと頬を撫でていく。辺りは少し暗く人気もないので、宇治原の隣に歩く。いつもなら移動で外を歩く時は前後だけれど。
ちょっと照れくさいような気分で、でも嬉しくなって口元が緩むまま俯いて歩く。

辺りが明るくなった。
顔を上げると、それは明かりではなかった。
夜空を背負い、黄色い小さい花を沢山つけてほんのり輝くように大きな木が、僕らの目の前にあった。
「まぶしいくらいやな!きれいやな〜」
思わず僕は歓声をあげた。
「ライトアップされとんのかと思った」
「思った!明るっ!って思ったら、ただの花やった」
「ただの花って失礼やな」
花にまで気を使う宇治原に、僕は可笑しくて笑った。
「宇治原、これなんの花?」
「…ロケやないんやから、聞くなや」
「知らんの?」
「知っとるわ!」
「何よ?」
「だから、知っとるんやから、もうええやん」
「知りたいねん」
いつものノリで食い下がる。いつものノリで答え渋る宇治原も、笑っている。
「ホントに知っとる顔やん」
見抜いて指摘する。宇治原の表情ならどんなことも見逃さない。細胞単位で違いがわかる自負がある。
「せやねんけどな。植物はあまり得意やないから自信が無いねん。多分、これは「ミモザ」やと思うんやけど。」
「ミモザ……全然知らん!」
「知らんから聞いたんやろ!」
「聞いても全くピンとこおへん」
僕は笑った。
「興味ないなら聞かんでええやろ」
木の幹に寄り添うように立って呆れたように笑う宇治原は、黄色い花に照らされるようでふんわりときらめいていた。年相応の落ち着きがしっくりとして、憧れ続ける自分に納得する。なぜこんなに長い間夢中なのか、魔法にでもかかっているのかと自問自答したことも何度もあるけれど、今夜のこの姿だけでも充分答えだと思った。
「何か、たくらんどるん?」
しばし黙って見つめていた僕をいぶかしんだのか、宇治原が言い、僕の腕を軽く掴んで引き寄せた。
「別に…」
宇治原はフッと微笑みから囁きをもらした。
「…俺はたくらんでるで。」

黄色い花の木の下で、唇を重ねてきて肩と腰をかすかに力を込めて一瞬抱かれた。
「さすがにやばない?」
離れて小さく言ってみる。
「ええやん。お前がミモザに埋もれるようで綺麗すぎたんやから。もし見たやつがいても、無理もないと思うやろ。」
くすぐったくなるような事を平気で言ったあと、宇治原は照れたのかいつもの屁理屈屋の調子で言い放った。
「そもそも、コンビがつきおうてて何か不都合ある?」
目を合わせて黙る僕。
「…まぁ、ないか!」
肩をぶつけふざけて笑い合う。

ほどなく、人が来ないうちにミモザから離れ車に向かった。
宇治原の黒い車は駐車場に溶け込むように僕らを静かに待っていた。
助手席に乗り込む。先に乗り込んでいた宇治原はスマホを覗き込んでいた。
「やっぱりミモザやったわ、あっとったわ。」
すぐに調べるところも、らしい。
「花言葉…へぇ」
「なに?」
スマホを覗き込む。

花言葉: 友情。秘めた恋。

「俺らの花やん」
と、宇治原。
「やなぁ。…でも、この花もらったらただの友情か、秘めた恋か、わからなくて混乱せぇへん?」
僕はスマホから目を上げて宇治原を見つめた。宇治原は素早くまたかすめとるようにいたずらなキスをしてきて、直ぐに前を向きエンジンを掛け、ステアリングを握った。
「友情は秘めた恋と、全く同じ!」
車は僕らを乗せて静かに走り始めた。
「どんな辞書にあんねん」
「俺らの辞書」
「……載ってるな」
「せや」

微かな笑い声を乗せて、車は他の赤いテールランプに混じっていった。
僕は目を閉じ深くシートに寄りかかった。

黄色いミモザが明るく瞼の裏に蘇った。
僕らの花。
静かな佇まいの宇治原の姿。くちびる。体に一瞬込められた力。優しい瞳。
幸せな春の夜にひたされて、隣から微かに聞こえる鼻歌に、僕はまどろみ始めた。


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