小説

□ダイヤモンド
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「俺、結婚してもええかなぁ?」
菅が楽屋で真面目に低めの声で言った。珍しく疑問形で。
どうする?と、決定権は投げてくる相方だが、個人的な相談は初めてだと思う。
しかも、結婚?
しろと言ってもあれこれ言ってしたくなさそうだったのに。
「どういう風の吹き回しや、ついに結婚する気にな…あ、授かり婚?」
俺はにじり寄って菅の目を覗き込んだ。正直、驚くよりも疑問が大きく、感情が湧いて来ない。
「ちゃうちゃう。いやさ、占いでもええ年回りやって言われたし、彼女とも長くなってるし、子供作るなら俺も歳やから、ボチボチ考えんとあかんかな、と。」
「まぁ、な…。って、年貢の納め時的な結婚は、勧めたくないけど?」
「するなら、彼女しかおらんとは思ってる」
「なら、ええんちゃう?」
俺は答えながら、思った以上にショックが拡がってくるのを感じた。菅が嫁を持つのか。菅の隣に嫁の影がつきまとうようになるのか。かなり違和感がある。
そんな嫉妬を振り払わねばならないと思い、俺は軽くふざけかかった。
「でも〜、俺の菅ちゃんが結婚するなんて、寂しい!」
肩を後から抱くようにして揺さぶった。
菅はまだ笑わずにポツンと言った。
「ホンマにええんかなぁ?」
「え、いや、これはふざけてるだけやで?俺も妻帯してるのに、おまえにアカンゆうわけないやん。あ、人気担当としてファンが減ったらゴメンとか考えてる?」
俺は慌てて、嫉妬がバレないように早口で言った。菅はちょっと息を吐いて笑ったが、迷ったままの表情だった。
「ファンは減るかもしれへんけど、面白ければまた増えるはずやし頑張るしかないと思ってるんやけど…。」
「せやな。俺も頑張るわ、気にせんでええわ」
「でもな、俺…」菅は俺をみつめた。
「彼女より絶対、宇治原の方が好きなままやと思うねん。そんでも結婚してもええんかな?」
俺達の特別な事情。
今でも時々求め合う、かけがいのない自分の半身。失うことは消えること。
菅は続ける。
「おまえは結婚する時、俺より奥さんを選んだやんか、だからスッキリしてたと思うんやけど…」
「ちょっと待って!俺は選んだんちゃうで。お前に聞いたらええって言われたからやん。アカン言われたらせんかったくらい、おまえに重きを置いてたし、今もや」
「そんなら、アカン、ゆうとったら良かったな」
菅はちょっとふざける余裕が出たのか笑った。
「まぁ、宇治原の結婚はええねん。落ち着いてくれないと妙なコンビやと思われそうやったし、お前の役目やと思ってたし。どっちか結婚したほうが仕事も話題が合わせやすいし。」
「俺はヨメはヨメ、菅は菅や。ずるくてもなんでも。受け持つ部分が違うねん。でも、菅が欠けたらヨメでは埋められへん。ヨメに捨てられても菅で埋められる。そういう感じやねん、うまく言えへんけど。菅もそうなら、別に結婚してもええんちゃう? 」
菅は俺をじっと見つめて、少し嬉しげに微笑んだが、目をそらして言う。
「うん…でも俺、ちょっとちゃうねんな。もちろん彼女は大好きやけど、本当に1人で収まるんかな?とかまだ不安やし、宇治原のことは間違いなく一生好きやって確信があるのに、大丈夫なんかな、って。」
「おまえ浮気してた?」
「いや?デリヘルくらい」
「ほんなら、この先も1人で収まるんちゃう? 口説くの面倒くさくなるで?大丈夫やろ」
「そっか。でも、宇治原さんの方が好きなんでしょ?って言われたら俺詰まると思うんやけど、彼女に失礼やなぁ、って。申し訳ないんやけど、彼女としては一番やから、それでええかなぁ…」
俺は言った。
「不貞行為ありきの結婚で申し訳ないとは俺も思ったけどな、どっちが不貞行為かっちゅー話やねん。となると、こっちが元々カップルで、不貞行為を許してる側やねん。めっちゃ寛容やねん。」
「あ〜わかる〜。どうせ帰ってくるし、みたいな、な。」
「あっちも多少分かってるやん、俺らが相方なしに生きていけるわけないのも、仕事も収入も相方あってなのも。家庭内さえ平和なら気にせんとこ、みたいな感じやで。都合よく考えすぎかも知らんけど。愛情は感じてくれてると思うし。家族愛というジャンルになってん。」
「そうか〜。まぁ、悲しませないように今までも大切にしてきたし、これからも出来るから、ええかなぁ?ちょっと後ろめたいけど…」
俺は菅の頭に頭を付けて言った。
「そんなに好きでいてくれたん?嬉しいわ。あのな、どんなに奥さん好きになってもな、おまえを好きになってからの時間は超えられへん。平行に好きなままや。親もそうやん。愛は湧いてくるねん、いくらでも。彼女より俺が好きでも、量は長さと比例するかもしれへんから、しゃーないんちゃう?」
「そか、今までの長さがな…」
「せやで。おまえはちゃんと彼女を愛してるはずや。綺麗な子やん。大切にしたらええよ。俺らは今まで通り、ヨメとの浮気には寛大、でええんちゃう?」
「せやな!じゃあ、プロポーズ考えるわ。漫才にしよかと思てんねん!」
菅は晴れ晴れと笑った。
結局、ネタを考えてしまうなら、俺が脳内にいるんだな、と、少し心配にもなったが、嬉しくもあった。

「なぁ」
菅が笑いながら俺に近づいてきた。
「俺の介護、マジで考えてたやろ?ちょっとホッとしたんちゃう?」
「あ!まさかそれで?!」
「ちゃうちゃう。でも、新居考える時、菅の部屋、マジで考えてたやろ」
確かに考えていた。そうか、少し寂しいが、世帯を持つのだな。菅も。
「ヨメに捨てられてもええように、やっぱ考えといて!」
「え〜!幸せになりや!」
ふざけて笑う菅に呆れると、菅は俺の首を引き寄せて唇を重ねてきた。
「今までありがとう。これからもよろしく」
「こちらこそよろしく。」

関わる誰か一人でも幸せでなくなったら、俺達も幸せではない。

俺は菅の新家庭の幸せを深く祈った。

end


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