小説

□身の丈にあった電子機器
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「身の丈にあった電子機器」

僕の名前はラッピー。
芸人菅広文のラップトップパソコンだ。ベストセラー作家の、と言ってもいい。
主人は僕でネタや作品を作ってくれる。今日も座るとピンと伸ばした膝に僕を乗せ文字を打った。
「身の丈にあった勉強法」
どうやら待ちに待った新しい本に着手したようだ。
勉強法の本か。
主人は中学歴なはずだが大丈夫だろうか。でも前作の日本史の本も面白かった。
これは期待できる。僕も頑張るぞ!
ワクワクするなぁ!

しかし主人はリビングでテレビを見始めてしまった。
クイズ番組のようだ。
楽屋で見慣れた男が、楽屋より随分綺麗な姿で映っている。
主人は煙草をくゆらせながら難しい顔で画面をにらんでいる。
男の長い脚が映っている。
ひょっとして脚の長さが妬ましいのだろうか?身の丈にあった脚では満足していないのだろうか?

<宇治原さん一段下がってください>

主人が深いため息を煙とともに吐き、煙草を灰皿に押し付けた。
「あいつ、お人好しやな…」
ゴシゴシ擦りつけるくせに、うまく消せない煙草にイラついたようにそうつぶやくと、おもむろに僕に向かい文字を打ち込み始めた。

どうやらものすごく応援していたらしい。
あの男は相方というものらしく、一心同体なら無理もない。
宇治原はこんなもんじゃないだろう、身の丈にあった成績を残さんかい!おまえはできる馬なのに、余計な気を使って負けてどうする!と思いの丈を僕に叩きつける。
やたらにリターンキーを押す。どれだけ改行する気か。画面があっという間に文字で埋まった。
また煙草に火をつけた。
少し冷静になったのか激しすぎた言葉は削除していった。半分くらいなくなった。

主人の精神衛生と懐具合の為にも、宇治原氏には常勝してもらいたい。でないと、僕のキーボードが鬱憤晴らしの為に傷みが早くなる気がする。
「やったー!!」とツイッターに書き込むなら、いくらでも協力したいが、それはスマホくんの役目か。

翌日主人は僕をリュックに入れて朝から仕事に出掛けた。
いつも一緒なのは相方さんの次に僕なはずだ。嬉しい。
それにしても歩みが遅い。
そうか、きっと僕が背中で揺られて壊れないように気を使ってくれているんだ。
多分違うが、物事は良いように考えた方が幸せになれる。主人のパソコンになって、このプラス思考は強くなっている。

楽屋につくと相方さんと真面目な話をちょっとしているかと思えば、こんな会話だ。
「宇治原、明日のアレどうやったっけ?」
「アレな!なるようになるんちゃう?」
「宇治原がそういうなら、そうなんやろな。で、アレって何?」
「は?…お前が言い出したんやろ!」
「アレとか言い出したら歳やで」
どうでもいい話でゲラゲラ笑っている。
僕はすることがないので、主人の書き貯めているメモを読むことにした。

「やらされることも、自らやっている気になればいい」
思えば僕の仕事は100%受け身だ。自らやっている気になるのは難しい…。面白くない仕事だとなおさらだと思うが、幸い僕の仕事は主人のおかげで楽しい。
それに全く自ら働かない訳ではない。予測変換は僕のお得意だ。いつだったか、主人が「きょ」と打っただけで「巨乳」と予測変換して「ちゃうわ!京大や!」と怒られたが、結局そのまま少し検索していた。僕は気が利く方だと思う。

それに自ら進んで壁紙を相方さんの結婚式の写真にしたこともある。オートスリープなら自分から出来るのだ。
画像のチョイスには悩んだが、女性の前で開いて気まずくなるような保存画像を避けたらそうなった。
誉められて然るべきだと思うが、主人は「なんでやねん!」と言っていた。
言ってはいたが、そのまま使っている。きっと相方さんが幸せなのを見ると幸せなのだろう。
僕の仕事が役に立って嬉しかった。
僕は都合良く考えるのが、もはや染み付いている。
まさか自分では変えられない訳ではないよね?

折角仕事場に持って行かれても他の仕事が忙しいのか、ちっとも使われない日が続いた。
やるべき事の優先順位は大事だ。そして睡眠時間も。主人もそう書いている。
予習として材料を集めたり、復習として読み返したりを繰り返して本を書いていくが、疲れて本以外の仕事で寝ていては本末転倒だ。本だけに。

僕はパソコンの癖につまらないギャグまで考えついてしまうほどになっている。芸人のパソコンだからだろうか?弁護士のパソコンになっていたら違ったのだろうか?
やはり予測変換は「巨乳」だった気がする。人間とはそう大差ないものだと僕は知っている。
ピタリとハマる場所で輝けばいいのだ。優劣などないし、比較するのはナンセンスだ。

よく見たら主人がしっかりそう書いていた。
流石、僕の主人だ。

筆が進まなくなったので「分からなくなった地点に戻るべき」と書いたのを思い出したのか、今日は楽屋で相方さんを観察しているようだ。

宇治原氏は2台のスマホを操っていたかと思えば、新聞を読み、かと思えば一瞬にして眠ってしまった。オートスリープの設定のせいかと思う程早かった。
「ゴー!んごー!ゴゴー!」
いびきがすごい。
主人は何を思ったか、そのまま僕にイビキを打ち込んだ。
「ゴゴー!んごー!」
「ちょっと違うな、ガガーかな?」
声に出して相槌を打つのも勉強法として良い、と書いていた。
とは言え相方のイビキにまで?
不思議に思ったが、なんと文字を打ち始めたことで、また創作意欲が湧いてきたのか、イビキは削除して本の続きを書き始めた。
まず行動してしまうと弾みがつく。持つべきものは相方だ。
筆が進んで僕も大忙しだ。
でも横でイビキは続いている。集中してしまえば雑音は気にならなくなるようだ。
誰がなんと言おうと気にならないことこそ、真にやりたいことに違いない。何かが気になるうちはまだまだなのだ。勉強になるなぁ。

しかし、イビキが急に止まり、主人の作業も止まった。
気になったらしく、静かになった相方さんの方ににじり寄る。
今までと急に変わると気になる。勉強しなさい!と急に言われなくなったら、ものすごくマズい状況だと気づくだろう。
自ら気づかせる、とはこういう事か、と僕は思った。
眠っていた相方さんも、主人のキーボードを叩く音が止んだので気になったのか、パチリと目を開けた。
開けたが奥目だ。眠るのも起きるのもいきなりだ。パソコンより早い。

「あ、時間?」
急にそばに主人がいても慌てず騒がず聞く。
「もうちょいかな」
起こされて怒るでもなく伸びをして、なにげに僕をのぞき込む。
「進んでるやん」
「おぉ、まぁね」
「読みやすそうやなぁ〜!改行に次ぐ改行!」
「講演会みたいにしたほうがええかな、と」
「なるほどな!話しかける感じでな。勉強法の本を読みたい人は勉強苦手やからな。やるや〜ん!」
相方さんはよく聞けば失礼な上から目線なことを言い、主人に覆って肩を揺すってふざけた。やめろや〜などと笑って、高校生か!と思ったがいつものことだった。

誉められて気を良くしたのか、主人はまた僕に向かう。
「今のふざけ方、この前の講演会の楽屋と同じやったから、いろいろ思い出したわ、ありがとう!」
持つべきものは友達だ。
友達が自分を伸ばしてくれる。主人もそう書いていた。
僕は主人のおかげで賢くなる。間接的に相方さんにもお世話になっている。お礼の代わりに保存画像に結婚式よりカッコイイ姿があったら壁紙をこっそり変えておこう。
クイズで優勝した画像があればいいのだが。

主人も友達としての相方さんに感謝の念が湧いてきたのか、はたまた、ちょっと嫌な奴に書いて申し訳ないと思ったのか、最後の方はたくさんいい所や可愛さも書いて筆を置いた。
ここさえ相方さんに読ませればいいと思ったのかも知れない。

「身の丈にあった勉強法」

いい本が出来て、僕も嬉しい。
ラップトップパソコンの名の通り、本当に膝の上でずっと僕を使ってくれてありがとう。
珍しい人だと思う。ひょっとしたら寒がりだから、温かくなる僕の底面で脚を温めていたのかもしれないけれど。脚を温めたいが故に本を書いたのかも知れないけれど。

僕はこの本で「自ら動き」「悩んだら原点に戻り」「友達を大切にし」「適材適所で輝こう」ということなど、多くを学んだ。
この本を書くことに携われて幸せだ。これからもずっと菅広文の役に立つパソコンでありたい。


「あれ、菅さん、そのパソコンちょっと古くないですか?」
「せやねん。印税入ったら新しいの買お思って。詳しかったら教えてや」
「いいですよ。今はiPadみたいなのでも小説書けますよ」
「へ〜、そうなん?持ち運び便利そうやな」


待て待て!主人!こら!
Bluetoothキーボードとかわかるん?!扱えるん?!
あいつら賢すぎるぞ!「きょ」と入れたら「京大」ってすぐ出してくるようなヤツらだぞ。それで本当に幸せになれるのか?!

誰か主人に「身の丈にあった電子機器」がこのラッピーだと教えてください!お願いします!

end

注:これはフィクションであり、菅さんが本当に巨乳を検索していた事実は多分ですが、ありません。


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