小説

□かたおもい
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「かたおもい、って、片思い?片想い?片重い?」
楽屋でノートパソコンを打つ手を止めて菅が指で宙に文字を書きながら言う。また本かネタを書いているようで、俺は横で新聞を読んでいた。
「片重い、ちゅーことはないやろ。あとはどっちでもええんちゃう」
「さんきゅー、辞書おるから便利やわ」
菅はニコッとしてから、またパソコンに向かう。
いつまでも綺麗な相方。綺麗なものが好きな俺にとって、眺めていると幸せになれる相方は大事な宝石だった。
暇なのでずっと見ていてやろうか、と、肘をテーブルについて手に顎を乗せ、菅を眺める。
高校の時は華奢で綺麗だったけれど、目力が強くて男の子らしかった。今は40にして物腰がおっとりして、たおやかな感じになった。
「片重いも正解かもしれへんな。俺の菅さんへの想いはめっちゃ片寄って重いんやし。片想いってやつは、どちらかが重いやろ。」
菅は何を言い出すんだか、と、顔をこちらに向け探るような目をした。何かオチがくるのか待つように。俺が続けないので困ったように「何よ?」と小さく笑った。
「バランス的に激しく俺が重たいやん。菅さんの何もかも知りたいし、一緒に飲みたいし、ホンマは誰と何してるのか全部把握したい方やからな。」
「怖い怖い〜」菅は笑って腕を交差させて体を隠した。
俺は笑えなかった。昔は菅の方が、うーちゃん大好き!一緒にずっとおりたい!と、口にも出したし、目を見て笑ってきたのに、と思う。芸人として何年過ぎた頃からか、ちっとも言ってくれなくなった。俺は飽きられたような、捨てられたような気がしている。

相方としては愛されていると思うし、大事にしてくれていると思うけれど、ビジネス以外の俺には全く興味が無いようだ。
以前先輩芸人に、おまえは菅の腹黒に騙されて夢中になって、美味しい汁を吸われてるだけや、芸人に引っ張りこまれて金づるや、と言われたことがある。
そう見えても仕方が無いと思った。京大まで出てやるような仕事ではないぞ、菅に操られて芸人になったのは、見た目に惚れたせい、好きだと言われて信じて馬鹿だと指摘されたのも、一度や二度ではなかった。

俺達は親友だから、傍からは分からないだけで、お互い敬意を払っているし、菅は本気で俺を利用するほど悪人でもないし、仲が良いから大丈夫だと、いつも一笑に付してきた。そもそも菅が書くネタが無ければ俺も食えない。一方的に利用されているわけではない。
でも、仕事も順調になると、菅は一緒にいる時間を削って後輩と飲みに行くべきだと言って譲らず、いくら俺が嫌だと言ってもきかなかった。話題や経験を増やし、ビジネスの為にそうすべきだと説き伏せられ、菅とはほぼ楽屋でしか喋れなくなった。
プロになるとはこういうことなんだと納得するしかなかった。代わりに酒と女に時間を割いた。そして菅の日常は謎になった。菅は俺としゃべって楽しむよりも、仕事の成功が大事なのだと理解した。
一緒にいる為に芸人として成功したいならそれも道理だけれど、俺にしてみれば菅と楽しめないなら芸人なんて失敗して他のことをやればいいと思う。それほど、俺にとって菅は第一なのだ。
でも菅が金づると思っているにせよ、親友と思ってるにせよ、究極的に俺はどうでもいいと思うことにした。
どっちみち菅を好きな気持ちに変わりがないのだ。万が一、大嘘つきで俺を好きなフリをしていようが、普段笑顔を向けてくれるのだから、俺にとって本心などどうでもいい、と、その頃決めたのだ。

とはいえ、自分ばかり好きでいるのも切ない。
「昔は菅も可愛かったのに。」
俺はポツリとつぶやいた。
菅は顔を上げて俺を見た。
「……しゃあないやん、もう41やし」
「見た目のことちゃうわ。見た目はまるっきり一緒や」
「まるっきりってことはない」
菅は苦笑して髪を指で整える。その様子もこぼれんばかりの色気がある。
「お前はもう少し俺に飴を与えるべきやで。嘘でも嬉しいんやから。好きやで、とか、昔は言うてくれたやん。今はまるっきり辞書として愛着あるだけみたいや」
菅は困惑を眉に潜ませてから、小さく笑って言った。
「漢字めっちゃ知ってる宇治原さんが好きやで」
ここまで言っても、そういうノリでしか言ってくれないのか。
もっと別の言い方してくれ!と縋って笑って言わせる方法もあるけれど、やる気になれなかった。
虚しくなったのだ。
騙され続けていたいのは俺だし、無視されても、きっと菅は俺を好きなはず、と、妄想すればいいだけだ。
「漢字忘れんようにしとくわ。役立たずになったらますます相手にされなくなるし」
俺のノリが悪いので心配になったのか、菅ははっきりと困った顔をした。俺に興味が出てきたのかと少し嬉しい。
「ヨメとケンカでもしたん?機嫌悪ない?」
俺と菅の問題にヨメを持ち出されてムッとした。顔に出たのか菅の目が怯えたような色になった。
「ますますとか、別にそない…。仕事上…」
「大好きって言えばええだけやで?費用対効果高いんやで?そない言いたくないん?」
だだをこねて、突っかかって、カッコ悪いな、と思っても口に出してしまっていた。
菅はまばたきをしないで俺を見た。それから眉に力を入れて何かを我慢する顔になった。そして静かに言った。
「宇治原は優しいやんか」
優しい奴を傷つけたら可哀想だから、あまり本気にするような嘘をつくのも気が引けるとでも白状するのか。
「宇治原は優しいから…バランスをとろうとするやんか。」
菅は全く予想していなかった事を言った。
「バランス?」
「大好きやって言ったら、俺の方が好きや!って言うてくれるやん。負けず嫌いなんもあるんかな?俺が言わなければ、お前もそない頻繁に言わずにすむやん。」
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