小説

□驟雨
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部活を終えて着替えて、一緒に下駄箱に行く。別に一緒に行こうと言わなくても、自然にお互いに合わせて行動するのが当たり前になっている。それがすごく僕にとって嬉しかった。
「なんかさ、俺らぴったり合うよな?」
そう言ってうじはらを振り仰げば、照れて否定するでもなく
「せやねん。こんな合うやつ初めてやわ。」
と言って素直な笑顔を向けてくれた。そして黙って傘を取り出して拡げると、自然に僕を入れてくれる為に横に少しずらした。優しい奴。
「ありがとう」
ニコッと笑いかけた。
笑いかけたつもりなのに、突然胸がいっぱいになって、今まで感じたことがない場所がキュウっと縮まると同時に、意識しない涙が一気に溢れてきて、涙顔のままうじはらを見つめてしまった。ギョッとした表情をしたうじはらに、自分も驚いて僕は雨の中へ一人で駆け出した。

なんで涙が?!雨脚が強まる。たちまちびしょびしょになる。涙もどんどん湧いてくる。
嬉しくてありがたくて、出会えたことに世界中に感謝したくて、そんな気持ちが一杯になりすぎて、涙が出て止まらない。好きで。うじはらが大好きで。気持ちが混乱する。
「どっちに走る気やねん!」
うじはらが追ってくる。
何だか捕まっては行けない気がする。こんなに泣いている意味が自分でも分からないのに。小道を入ったり曲がったりしてめちゃめちゃ走る。傘を持っているうじはらは簡単には追いつけない。
追って来てくれるのも嬉しくて、笑えてきたのに涙は止まらない。
こんな関係でずっといたい。ずっといられるのかな?夏休みでさえあまり会えないのでは?夏休みが待ち遠しくないなんて初めてだ。高校を卒業してしまったら?
こんな時間は限りあるものなのだ。
そう思ったら、悲しさが襲ってきて、今度は自分でもわかる涙が溢れてきた。顔がひしゃげるほど泣けてきた。
嫌だ。離れたくない。ずっとそばにいたい。

泣きながらそばの神社の階段を駆け上がった。うじはらも少し後ろから駆け上がって来る。
小さな境内の雨が当たらないひさしの下に入り、僕はハァハァと息をしながらも、まだ泣いていた。でも、土砂降りの中を走ったから涙はさほど分からないに違いないと期待した。ふざけていたことにしよう。そう決めて顔を上げると、うじはらが傘を持ったまますぐ隣に来ていた。

笑って誤魔化すつもりで見上げたのに、また顔がひしゃげて、あ、泣く…と、思った時、うじはらがすっと顔を寄せて唇を合わせてきた。びしょびしょの顔を撫でて、離れていく。
「ごめん。泣いてる女の子の涙の止め方しか知らんかってん。」
驚きすぎてマジマジとうじはらを見つめてしまった。
「あ、すごい、涙止まった!男にもきくなぁ!」
僕はなんとか照れ隠しが言えた。それを聞いてうじはらもホッとした顔をした。
「何いきなり泣いとんねん。」
「わからん!なんか…幸せ過ぎて?」
「はぁ?アホちゃう?」
「せやかて、親友できたん初めてやもん!ずっと友達欲しかってん!」
うじはらは少し笑って
「おまえは素直やな」と言った。
「でも、ずっと親友でいられるんか不安になってん。こんなに楽しいのに…」言いながら、また泣けてきた。
「大丈夫やて。お互いにずっと…親友でいたいと思ってるんやから」
うじはらが僕の肩に手を置いた。温かい。僕のカッターシャツはびしょびしょで、肌に張り付いていた。涙がもっと盛り上がってきた。
「うじはら、また泣けてきた。どーしよう」

うじはらは賢い頭を少し傾げてから、ぐっと手を背中に回してきて僕を強く抱き寄せるとキスしてくれた。傘で2人を守りながら、深いキスを何度もした。
僕も宇治原の肩に腕を乗せるように絡めて舌をひとつにしてしまうくらい絡めた。薄い胸が合わさって早い鼓動がお互いに伝わった。濡れた体がお互いの体温をしっかりと伝えた。絶対離れない。お互いにそう思っているのだと信じられた。

やっと落ち着いて、お互いに体を離した。雨は穏やかな音に変わっていた。
「キス上手いやん」
僕は笑いかけた。そんなことでも言わないと、カッコがつかなかった。親友なまま熱いキスを交わしてしまい、好きだとか愛しているとか、そんな言葉が陳腐なほどにお互いがお互いを好きなのが分かったから。
「相性がええからそう思うんやろな」
うじはらも上気した頬のまま言葉は冷静だった。
恋人になろうとか、付き合い方を変えようとか言う気にならなかった。僕らだけのかけがいのない関係がある気がした。
「ずっと一緒におってな?」
「ええよ。おまえこそ、離れて行かんとって。」
うじはらはたまに可愛いことを言う。
「絶対離れへん」
僕はうじはらを見つめて誓った。
うじはらは笑って僕の肩を抱いた。
「風邪ひく前に帰ろうや。」

その日から僕らの独特の関係が始まった。親友以上。恋人以上。別れない関係が。


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