小説

□リキ
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水曜日ルミネで漫才をした翌日は、名古屋の朝の生番組。
後輩と飲んで、早朝移動の時もあれば、名古屋に夜のうちに移動して、朝はゆっくり、の時もある。
「すがさん、今日どーするの?」
私服に着替えながら、何気なく聞いてきたように振舞っていても、宇治原が何を聞きたいのか百も承知だ。
「朝まで一緒にすごさへん?」の意味だと、20年来の仲ならすぐわかる。そして、それを待っていた。
「決めてへんけど」
答えながら、単に飲み会の誘いかも知れないのに、期待している自分に苦笑する。
好きでいてくれるのは、いつも目を見て分かっている。でも、お互いに付き合いの幅が広がり、夜を一緒に過ごせないのが普通になっているから、欲してくれるほど好きなんだと感じたい。
「熱海行かへん?」
「はぁ?!」
全く予想外で声が出た。
「朝早く出れば明日も間に合うで」
宇治原が調べたなら間違いない。
「温泉ええな」
「よっしゃ!すぐ出るで」
宇治原は俺の両肩を後ろから両手で掴むと、軽く押してドアにいざなった。
「電車ごっこやん」
展開の早さに苦笑する。でも、嬉しい。
「次は熱海〜」
はしゃいだ声の宇治原が可愛かった。

宇治原がとった宿は旅館ではなく、ちょっと小洒落たホテルだったが、露天風呂があった。平日の夜で、ひと気もなく、顔を指されることもなさそうだった。それでも用心して、二部屋とっていた。一部屋はダブル。「贅沢やな」「家もダブルやから」聞かれもしないのにチェックインでやり取り。その部屋しか使わないのに。
東京にいると俺に気づく人はあまりいなくて気楽だけれど、宇治原は気づかれることもしばしばある。俺としては自慢の相方なので、嬉しい気がしなくもない。でも、コンビで熱海にいるとバレるのは少しバツが悪い。仕事のような顔で、バラバラに「お先に」などと言って部屋に向かった。

幸い気づかれず、早速2人で露天風呂に入りに行った。
「誰もおらんなぁ」
ちょっと気恥しくて、俺は笑いながら言った。
「おらんやろうと思って来てる」
湯船に二人して並んで入った。足を伸ばす。
「随分長さちゃうな」
思わず比べて俺は笑った。
「身長差以上に違うな」
宇治原も笑う。細いスラリとした脚が、湯船の中でますます長く揺らいで見える。
「うるさいわ」
俺は膝を曲げて長さを誤魔化した。
「なぁ、気づいてる?」
宇治原は俺の膝に自然に手を置いてきた。そのまま少し揺する。
「今年のクリスマスも、元旦も、俺ら仕事で一緒やで」
「あ、ほんまに?」
「ちょっと嬉しかったわ」
宇治原は素直に言ってくれて、膝をすーっとすねの方に撫でてから引っ込め、湯を自分の肩にかけた。
「今日は、忘年会みたいなもんや。今年よぉ働いたやん?」
「せやなぁ!広島行ったし、名古屋行ったしな〜」
「ありがたいな」
「ほんまやなぁ」
「おつかれさん!」
宇治原は俺の肩を揉むような仕草を少ししてから、すーっと背中を撫でた。
恥ずかしくなって笑う。
「あんま触らんの」
「そんな意味ないわ」
宇治原も笑う。
俺は湯船に肩まで浸かり直し、深く息を吐いた。
「来てよかったわぁ、俺、疲れてたんやわ、温泉に入ってわかるわぁ。気持ちいい〜」
「せやろ、だいぶ頑張ってはったわ」
「分かってるなぁ、ありがとう」
俺は相方を見上げて言った。
「そう言って貰って、良かったわ」
宇治原は微笑んだかと思うと、首を屈めて唇を一瞬重ねて、さっと離れた。
水音がパシャンとして、距離があく。
誰も他にいないけれど、いつ来るとも知れず、監視カメラがあるかも知れず、肩をすくめる。
風呂は大好きだけれど、早く部屋に行きたくなった。
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