小説
□4月20日
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4月20日の朝の入りが早いのに、オレは7時間睡眠を守ることができなかった。
相方の誕生日0時きっかりにメールでお祝いを言うのがこの数年の習慣で、直接会っている時以外は、待ち構えて時報と共に届くようにメールしていた。
だから今回ももちろん。
0時まで起きていると、明日の朝がきつい。わかっていたけれど、これだけははずせない。
じっと布団の中でスマホを握りしめ、時間がくるのを待った。
暗い部屋で、少しまぶしい画面の時刻が変わるのを眺めながら、20年以上も付き合っているのにラブラブやなぁ・・・と自分でもおかしくなる。39歳にもなって何やってんのやろオレ。と、笑えてもくる。
でも、あいつだって待っているのだ。くるぞくるぞ、と。
そう思ったら可愛くて裏切れない。
送るオレも、自分がいかにあいつを好きか実感するし、もらったあいつだって、嬉しい感情にオレへの好意を実感するに違いない。
あと30秒、あと20秒・・・
待ち構えているふたりの姿がお互いの脳裏に浮かんでいる。好きゃなぁ・・・と、こそばゆくなりながら。
「40歳の誕生日、おめでとうございます。30代のすがより。」
シンプルな言葉に万感をこめて。ちょっと照れ隠しにいじって。
「ありがとう。半年それでいじる気やろ?」
すぐに返信がきた。
やっぱり待ってた。
好きやなぁ。
7時間睡眠を守るオレがまだ起きてメールしてきた気持ちも、あいつは絶対わかっているから。
オレが7時間睡眠を守るのも、あいつが遅刻しても63が現場に穴をあけない為。あいつの為の早寝をあいつの為にやぶる。
返事はしないですぐに眠りについた。
気持ちが通い合って、スマホの明かりが消えても胸には明かりが灯ったまま、布団の柔らかさにくるまれているのか、あいつの胸に顔をうずめているのかわからないくらい満ち足りて。
「プレゼントは大阪に戻ってからでいいよな?」と、翌朝、顔を見るなり言ったものの、それだけでは物足りない。
長い付き合いにもなると、お互い愛情を確かめ合う機会もあまりない。素直にせがめば体の関係も厭わない関係ではあるけれど、しなければしないで日常は過ぎる。
今日くらいはこちらから仕掛けて喜ばせるべき?
うじはらは楽屋でいつも通り新聞を広げて、すっかり誕生日の盛り上がりもない。
さて、どうするか・・・。
「なぁ、壁ドンってほんまにキュンとくるんかなぁ?」
オレの突然の言葉にも新聞から目も離さず
「さぁ?女子やないからわからん」と上の空。
鈍感。新聞を読んでいるお前を邪魔してまで話しかけるオレは珍しいと気づけよ。
「へー、うじはらさんでもわからないことがあるんですねぇ。」
まだ話し続けるオレに、やっと話したがっているのだと気づいて、
「ちょっと待って! 壁ドン、教科書載って無い!!」と、新聞を畳んでノってきてくれた。
そうこなくっちゃね。
オレはそっとうじはらの細い指に、ほんの少しだけ指先を触れた。暖かい硬い感触。
ぎゅっと握れないほど好きな指だ。うじはらに普通に触れなくなったのはいつのころからだったろう。
好きで好きで、触るのが怖くなった。
触るときはいつもふんわりと触るか、わざとぶったたくか、ぎゅーっとしがみつくか・・・。普通の気持ちで触る触り方がわからない。
「ちょっとオレに壁ドンしてみてくれへん?」
小悪魔的に流し目をしてボケをかます。本気でしてほしいように感じられたら照れくさい。なるべくわざとらしくしたつもり。
「はぁ!?」
思い通りの反応で大げさに驚いてオレの肩をつかんで揺さぶってくる。そんな阿吽の呼吸が嬉しくて、顔をそむけて笑いをこらえる。
「なんで相方に楽屋で壁ドンせなあかんねんっ」
相方なだけではないのはお互い百も承知。だからミニコントの流れを作っていると暗黙の了解がなされたとわかる。
「ええやんっ、ホンマにキュンとくるか、ちょっと、ちょっとだけ!」
「まー、えーけど・・・じゃあ・・・」
お互い立ち上がって、オレは壁に背を付けてうじはらを待つ。
待っている間に、言いようもない照れくささが湧いてきた。
壁ドンからのキスをオレから仕掛けようとしているのだ。あいつがきたら、抱き着いて口唇を奪い、誕生日おめでとうを言うつもり・・・
つもりなんだけれど・・・
ドン!が来る前に、あいつの迫真の演技、ニヒルに決めた顔が迫って来た途端・・・
「きゃははははは あかんーっ!!」
自分の決意とは裏腹に、オレは笑い出して座り込んでしまった。照れくさくてどうしようもない。ドキドキが止まらない。笑ってごまかすしかない。
「なんやねん」
うじはらの不満な声。
「せやかて、怖い顔やもんっ、脅迫されてるみたいやんっ」
オレは自分のせいではないと言い張ってその場をしのぎ、態勢を整えてまた立ち上がった。
「わかった、ほんなら優しくな・・・」
ミニコントをしているつもりしかないうじはらは、今度はわざとニコニコ顔で近づいてきた。
キスできるかいっ、そのノリで!!
自分でも情けないけれど、照れが波のように押し寄せてきてどうにもならない。
爆笑して、もう諦めよう。こんなドキドキな状態では、とても抱き着きに行くのは無理だ。
ゲラゲラ笑って床に這いつくばり「アカン、アカン」を繰り返す。あきれたうじはらはまた新聞でも読みに戻るだろう・・・
そう思って笑い続けていると、、、
「めんどくさいやつやな!!」
うじはらがオレの腕をぐっと掴んで、くるっとひっくり返し・・・
ドン!!と、オレの脇に両手をついて
「床ドン」
オレを見つめていたずらっ子のように満足げに言い、少し微笑んだ。
壁ドンがキュンと来るのは本当だ。
笑う演技もできやしない。
ただ押し寄せる、大好きだという感情。
照れと好きとがむちゃくちゃになってやっとつぶやいた。
「こんなんキュンちゃうわ。・・・ジュンっや・・・」
夢中でうじはらの首を引き寄せてくちびるを奪う。好きで好きで堪らないよ、と、口の中で繋がりあい結び合う。
どちらの舌かわからなくなるほど絡めて満ち足りて、やっと言葉が出た。
「誕生日おめでとう、うじはら」
一瞬キョトンとして
「あ、ありがとう」
幸せそうな目尻をいつもよりもっと下げて。
これが言いたくて、これがしたくて、壁ドンを誘ったのかと、やっと気づいたようで。
そんな鈍感なうじはらが、ますます可愛くて、好きで、賢いのにいつまでもオレにはバカで・・・。めちゃめちゃバカで・・・。
「プレゼントは持ちきれないものにしたんや」
「ん? おまえ?」
ふざけてオレの背中に手を回す。
オレもふざけて肩に頭を乗せた。
「一生分の愛」
「重たっ!! 届けて!」
ふざけあっているうちに出番がきた。
「今日も仲がいいですねぇ。お誕生日のプレゼントは?」
司会者への答えは
「ナイショ」
しーっと口の前に指を立てて、オレは笑った。
さっきまで重ねていた唇の前に。
END
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