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星々が輝く夜空の下で、荒い呼吸が草原を駆け抜ける。がさっと草木が揺れる音ともに、その呼吸音も比例して大きくなった。
森の木々の隙間から、辛うじて見えるのは金色の毛並みと、軽く3フィートはあるであろう長い煙のような尾。

“それ”は、走っていた。
息を切らして、ただ血のような赤を光らせ、真っ直ぐ一点を見つめながら。美しくも気高いその瞳は、恐ろしい位に冷たい。
そっと、森の裂け目の前で立ち止まると目の前に広がる光景を目に焼き付けようとするそれは、長い煙のような尾を左右に揺らす。


「時間ぴったりだね。」

優しげな声とは裏腹に冷めた赤い双眼の彼は突如現れた。それは紛れもなく、森の中で赤い目を光らせている“それ”に向けられたものであった。

「いつ見ても君は___綺麗だよ。」

「出来ればずっとそのまま口を開かないでいてくれたら嬉しいけどね」と赤い双眼の彼は冷めた笑みをこぼした。

成立しない会話だったが、“それ”は少し不満そうだった。喉の奥で少し唸り、抗議の声を上げて目の前の男を見上げている。その姿を気にもせずに男は、透き通った細い指で、“それ”の頭を撫でる。

「ああそんな怒らないでよ。事実なのには変わりないだろう?

____さあ早くそこから出ておいでよ、」

頭をゆっくりと、優しく撫でていた手が止まると同時に初めて“それ”は動いた。

月の光に照らされた美しい金の毛並みは更に輝き、先程まで血のようだった瞳は、ルビーを埋め込んだ様にキラキラと輝いている。耳は人間とは違い、獣のそれでありぴんっと天に向かって立っていた。その姿は、まるで産まれたてのユニコーンの毛並みを持つ____狼だった。

森から出てきた狼の姿に、男は目を細める。一瞬、赤い双眼は血のように揺らめいた。
狼は真っ直ぐとした眼差しを地面に向け目を伏せると、その姿を“変えた

揺らめく影はその大きさを徐々に変える。少し長めの金の毛が、黒の布に姿を変えた時、狼だったモノは言葉を発した。

『____そのさいっこうに気持ち悪い話し方をやめないと、君の喉元に噛み付くよ?』

その声は、ソプラノだった。それは凛としながらもやや幼さを感じさせられた。

「____出来るものならやってみるんだな、“シャルロット”」

『うん、それだよそれ。全く、君の猫なで声は吐き気がするの。』

先程とは一変、低い滑らかなベルベットの声は冷たく辺りに響く。その雰囲気とは違い、シャルロットの声は愉しげに響く。
シャルロットと男の瞳はお揃いだ。お互いの赤は、真ん中で交わり男の目が愉快気に細められた。

「シャルロット、お前ぐらいだ。俺にそんな態度をとるのは。」

『あれ?アブラクサスはどうなの?』

「彼奴とお前を比べるのか?どうやらお前の目は節穴だったようだ」

むっとシャルロットが不満気に眉を顰めた。一方男の方は軽くからかっただけであり、白い指をシャルロットの___正確にはローブの内側を指し、口を開いた。

「さっさとそのローブの中にしまわれている物を出せ。
____お前のも俺が預かろう。」

その言葉にぴりっと空気が張り詰めた。シャルロットの表情からふざけた雰囲気は消え、瞳は鋭くなった。それは男を真っ直ぐに射抜く。全くこの男はどこまで他人を支配する気なんだ、とシャルロットは内心ため息をついた。
恐らくこの男には、シャルロットのそんな心情が筒抜けだろうが、諦めた様にローブの内側から小さな“小包”を取り出すと、男の手のひらへ乗っけた。

『まさか君が“これ”を誰かに取られたり、なくしたり、なんて馬鹿な真似はしないと思うけど.....一応約束して。』

「俺を疑うのか?」

『まっさか〜!!!

ただ君にとって他人の死がどれだけくだらない物でも、“自分の命”を君に預けるんだ、約束してくれなきゃ安心して過ごせないよ。』

「....わかった、約束しよう」


そんな口先だけじゃ私は信用できない。

シャルロットの瞳は何処までも冷酷で、男の顔も少しだけ歪む。

『私は簡単に命を預けるような軽い女じゃないの。
だから約束して』



破れぬ誓いを、ね


つっ、と冷や汗が頬を伝う。それは一体どちらのものかわからないが、緊張感が空気を張り詰める。

『“私の命”は複雑だから、約束。

____出来るよね?“リドル”』

「.....ああ、約束しよう」


絡み合い、強く握られた互いの腕は、もう逃げることはできない。

どちらも落ちてはいけない所へ落ちようとしている

最後に笑ったのは、黒か、金か。


この時結ばれてしまった“約束”が、全てを狂わせた




2016.4.3


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