人生教室

□集会の時間
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月に一度の全校集会。私達E組には気が重くなるイベント…らしい。私は神経図太いから別にどーってこと無いけどさ。

皆を指差して笑う本校舎のクズ共。でかい図体した寺坂でさえ居心地が悪そうだ。…仕方ない。

『寺ぴー寺ぴー、肩の力抜いて。あれ全部毛虫だって毛虫。』

「…おう、わかってら。にしても毛虫はねーだろ。せめてジャガイモ位にしとけよ。」

『んふふ、そんなのジャガイモに失礼でしょ?』

「「「「(名前が黒い!!)」」」」

私が寺坂に絡むことで皆の緊張が少し和らいだのを感じる。まあうちのクラスのガキ大将が縮こまってちゃ皆も調子でないだろうし。ここにいること自体調子崩される要因だから仕方ないけど。
皆に敬遠されてる寺坂だって、本人達は気づいてなくても結構影響力あるんだからさ。

ちょっとだけ普段の様子に近づいた皆を見て、一人笑みを溢した。

※ ※ ※

「≪…要するに、君達は全国から選りすぐられたエリートです。この校長が保証します。…が、慢心は大敵です。≫」

式の終盤、ハゲ散らかした校長もどきのスピーチが行われている。内容はまあ予想通り、小学生以下のE組いじりだ。

「≪油断してると、どうしようもない誰かさん達みたいになっちゃいますよ。≫」

途端に笑いに包まれる体育館。教師でさえ笑ってる始末だ。
その状況に思わず私も笑みを溢すと、後ろに立っていた倉橋ちゃんが恐る恐る声を掛けてきた。

「名前ちゃん、ど、どうかした…?」

『ん?いや、なんていうかさー、』

あんな虫けらの言うことなんか気にしなければいいのに。

そう言おうとした時に浮かんだひとつの思い。
彼女に私が本校舎の人間のほとんどを本気で人間だと思ってないことが知られたら、軽蔑されるのではないか。

じわりと手のひらが湿るのを感じて、慌てて思う付いた言葉で取り繕った。

『あー…私達も油断してたら校長みたいにハゲちゃうのかなーってさ。』

「「ぷっ!」」

話を聞いていたらしい前の木村君も吹き出す。前後の人間が笑いを堪えてプルプルしているというおかしな状況が出来上がった。解せぬ。

「≪こら君達笑いすぎ!!校長先生も言い過ぎました。≫」

『…よくもまあそう思ってないことを言えるよねー。』

そのあと後ろから聞こえてきた会話から、カルマ君が集会をサボってることが発覚。おおう、今まで気づかなかったよ。可愛いカエデちゃんと一緒に来たし。

「≪続いて生徒会からの発表です。生徒会は準備を始めてください。≫」

気づいたら校長の話も終わり、奴らの出番に。あいつらのいじり方もバカっぽいんだよねー。

唐突に騒がしかった体育館に扉が開く音が響き渡る。そっちを見たら烏間先生の姿が。
本校舎の人間も烏間先生の容姿に目を惹かれているようで、賞賛の声が絶えることは無い。どーだかっこいいだろ、私の師匠は!

「烏間先生ー、」

倉橋ちゃんが烏間先生に声を掛ける。その隣にはいつの間にか中村ちゃんがいてちょっと驚いた。出席番号順なんだからあなただいぶ後ろでしょうに。
そしてそんな二人のカーディガンやジャケットの中から出てきたものに、先生がぎょっと表情を変えた。

「ナイフケースデコってみたよ!」

「かわいーっしょ?」

いやいや二人ともそれはダメですよ!?デコったのがダメなんじゃなくてね!?

「…ッ、かわいいのはいいがここで出すな!!他のクラスには秘密なんだぞ、暗殺のことは!!」

「「は、はーい…」」

限りなく小さい声での注意だったけど、その迫力に二人も思わず反り返っている。烏間先生は烏間先生で、バレないかどうか冷や汗だらだらみたいだけど。

「それと名前!!」

『…うい?』

「なんだそのでかい巾着は!」

『あ、これですか?』

私が昨日頑張って準備したものがこの巾着には詰まっている。旧校舎から持ってくんの大変だったんだよ、これ。
焦った顔の烏間先生に、とりあえず暗殺関連じゃないことを伝えると、訝しがりながらも追求はしてこなかった。

…暗殺じゃないけど、嫌がらせの道具ではあるんだな。

1人ニヤニヤしていたら、もう一度響き渡る扉が開いた音。そこにはイリーナ先生の姿。
やっぱりイリーナ先生も皆の目を惹いている。まああんな美人さん滅多にいないから仕方ない。大切だからもう一回自慢しとく。どーだ綺麗だろ、私達の先生は!

優美に歩いてきたかと思えば、急に渚君に声を掛けた先生。
小声を拾えば殺せんせーの弱点を聞き出そうとしているらしいことがわかった。別にこの場で聞かなくても…

「いーから出せってばこのガキ、窒息させるわよ!!」

「苦しっ…!胸はやめてよビッチ先生!!」

案の定色仕掛け的な行為に走った先生は、渚君の顔を胸に押し付けている。先生、確かにそれは効果抜群だけど、可愛い渚君にやるのはやめて。純情すぎて可哀想だから。

青筋を立てた烏間先生がイリーナ先生を連行してく。
横目で他のクラスにプリントが配られていることを確認すると、あまりの幼稚さにため息をついた。これ、きっと彼は指示して無いだろうね。こういうつまんないのやるタイプじゃないし。

「≪…はいっ、今皆さんに配ったプリントが生徒会行事の詳細です。≫」

『はぁ…』

「…すいません、E組の分まだなんですが。」

あー、磯貝君、ここは何も言わないほうが効果的なんだよ。ああいう低脳なやつは構えば構うほど調子に乗るんだから。

「≪え、無い?おかしーな…ごめんなさーい、3−Eの分忘れたみたい。すいませんけど全部記憶して帰ってくださーい。≫」

さっき以上にどっと沸きあがる笑い。E組で前を向いて立っているのはたぶん私だけだろう。ああ、あいつ今度シメる。

もう帰ろうかと動き出そうとしたとき、急に吹いた風とともに何かが手元に降ってきた。

「磯貝君。」

『…んふふ、』

「問題無いようですねぇ。手書きのコピーが全員分あるようですし。」

いつの間にか…たぶんたった今烏間先生とイリーナ先生の間に立った殺せんせーはくるくるとペンを回している。烏間先生とイリーナ先生も驚いているあたり来ることを知らなかったんだろう。まあ烏間先生は来るなって言ってただろうけどさ。

「…はい。…あ、プリントあるんで続けてくださーい!」

「≪え?あ…うそ、なんで!?誰だよ笑い所つぶした奴!!あ…いや、ゴホン…では続けます。≫」

一応肌色にはなってるけど違和感ありすぎだよ、せんせー。イリーナ先生は殺そうとして烏間先生に連れてかれたし。ナイフをここで出すなんて生徒並の警戒心の無さだよね、でもそこも可愛い。

「ははっ、しょーがねーな、ビッチ先生は。」

そんなやり取りに、いつも通りまでとはいかなくてもだいぶ元気を取り戻した皆。
その様子に安堵した私は、どうやってあの男…名前忘れたけど…をシメようかと笑みを浮かべたまま思案し続けた。

※ ※ ※

「先行ってるぞ、渚、名前!」

『あーい』

「うん。ジュース買ったらすぐ行くよ。」

E組校舎には自販機が無いから、買うなら必然的に本校舎じゃなきゃいけない。まあこれだけのためにいちいち山を降りる奴なんていないと思うけど。

渚君に先を譲り、辺りを見渡した。やっぱりE組ってだけで注目も集まるもんだなー。あはは、ひそひそなに話してんのか知らないけどこっち見んな。潰すぞ。
そのなかでも特にこちらを敵視したような視線を向けてくるモブ二人組。あり、あいつら前駅で脅したやつらじゃない?なんか寄ってきたし…

「…おい、渚。」

大層偉そうに話しかけてきたそいつらは、あえてなのか本気なのか私を視界に入れてない。…いや、本気で私のこと見えてないな、こいつら。どんだけ渚君好きなんだよ。

「おまえらさー…ちょっと調子乗ってない?」

「えっ…」

「集会中に笑ったりして、周りの迷惑考えろよ。」

『…』

一発殴ろうかと思ってこぶしを握れば、ちらりとこっちをみた渚君の目に制された。手も口も出すな、と。

「E組はE組らしく下向いてろよ。」

「どうせもう人生詰んでんだからよ。」

「…」

「おい、なんだその不満そうな目!」

渚君は事を大きくしないためか、決して反論を口に出すことはしなかった。それでも瞳には確かにいままでにはなかった反抗心が宿っている。

「っなんとか言えよE組!!

殺すぞ!!」


殺す…?

殺す……殺す…かぁ…


ふっと愉悦に歪む口元。それはどうやら渚君だって同じのようだ。
だって、ねぇ?


「殺そうとしたことなんて、」

殺そうとしたことなんて、

「無いくせに。」

無いくせに。


渚君から発せられる研ぎ澄まされた殺気。
暗殺教室であるE組で養われたそれは、一般人には少し刺激が強かったみたいだ。

やっぱり、彼にも才能がある。紛れも無い、暗殺の才能が。

その殺気にぞっとしたようで渚君の胸倉を掴んでいた手が離れる。彼はそれに特に関心も寄せず歩き出した。
だけど二、三歩歩いた後で苦笑い気味に私を振り返った渚君は一言、

「名前ちゃん、暴力沙汰はだめだよ?」

「え、名前…?」

そう言って再度歩みを進める。

あー…これからする本校舎へ嫌がらせをすること、しっかりバレてるみたいだ。そして時間がかかることを理解したうえで先に帰ったんだろう。
気配りができすぎるよ渚君。ありがとう。ま、その前に。

『さてさてさーて、ねえ君達?』

「あ、あなたは…!」

『私の言ったこと、忘れちゃったかなぁ?』

この反応からして本気で私のことが見えていなかったことがわかった。なに、私ってそんなに影薄いの?

『忘れたんなら教えてあげるけど。』

「ひ、」

『お前らは所詮喰い殺される弱者なんだ。あんまり調子に乗らないでね?手が滑って殴っちゃうかもしれないからさぁ?』

「「す、すいませんでしたー!!」」

そう言って走り去っていくモブ二人組。ああ、まだまだ言いたいこともたくさんあったのに。逃げるなんて情けないな。

『…ってか停学なんてなりたくないから殴るわけないでしょー、普通に考えて。校外だったらやるかもしんないけど。』

なんにせよこれでようやく嫌がらせに没頭できる。どのみち6時間目なんて今日はほとんどないようなもんだし、時間も気にする必要はないだろう。
心なしかうきうきした気分で自販機の前を陣取った私は、ずっと手にぶら下げていた巾着を開いた。そこには大量の十円玉。
イチゴ煮オレとレモン煮オレはとりあえず買い占めるとして。ああ、スポドリも買い占めよう。本校舎の連中が体育のあとで甘いものしか飲めないっていうのも極上の嫌がらせだ。

『〜♪』

「…ずいぶん機嫌がいいんだな。」

『…およ?久しぶりだねー、』

鼻唄を歌いながらコインをいれてボタンを押す動作を繰り返していれば、唐突にかけられた声。
妙に耳に馴染むそれは、本校舎時代の友人…

『がっくん!』

浅野学秀のものだった。
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