人生教室

□胸の時間
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『もう5月か…早いねー、1か月。』

黒板に日付を書いている渚君に後ろから話しかける。そこにははっきりと、5月1日の文字が。

殺せんせーが地球を爆破するという3月まで…


残り11か月。暗殺と卒業の私達の期限だ。


※ ※ ※

「…今日から来た外国語の臨時講師を紹介する。」

「イリーナ・イェラビッチと申します。皆さんよろしく!!」

「…そいつは若干特殊な体つきだが気にしないでやってくれ。」

「ヅラです。」

「構いません!!」

烏間先生がなにやら殺せんせーと女の人を引き連れて入ってきたかと思えば、その女性は殺せんせーにべったりだった。
というかすっごい美人だしすっごいおっぱい。…でもなんで殺せんせーにべったりなの?

「本格的な外国語に触れさせたいとの学校の意向だ。英語の半分は彼女の受け持ちで文句はないな?」

「…仕方ありませんねぇ。」

なんだかすごいせんせーが来たなー。まあでもこれはこれで暗殺のヒントになるかもしれない。
タコ型超生物の殺せんせーが…人間にべたべたされても戸惑うだけのはず。
いつも独特の顔色を見せる殺せんせーが戸惑うときは一体どんな顔か。

どきどきと私達が見守っている中、ふとイリーナ先生の方を向いた殺せんせー。さあ、どうなる?

『…む、』

普通にデレデレしてるよ!?

なんの捻りもなさすぎてちょっとがっかりした。ってか人間もありなんだ。あとなんか腹立つ。

「ああ…見れば見るほど素敵ですわぁ。その正露丸みたいなつぶらな瞳、曖昧な関節…私、とりこになってしまいそう。」

「いやぁお恥ずかしい。」

騙されないでよ殺せんせー、そこがツボな女なんていないからね?

…まあ私達だってそこまで鈍くない。

この時期にこのクラスにやってくる先生。

けっこうな確率で…只者じゃない。

……そう、わかってはいるけどさ。なんか、

『面白くない…』

「…名前ちゃん?」

『!な、なんでもないよー。』

※ ※ ※

「ヘイパス!!」

「ヘイ暗殺!!」

この良くわからない暗殺サッカー。普段は楽しいこれも、今日はなんだかあんまり気乗りしない。…理由は、ちゃんとわかってる。

「殺せんせー!」

暗殺を中断させるように走りよってくるイリーナ先生。その仕草はわざとらしすぎるくらいだ。
殺せんせーもきっと気づいてるとは思うけどね。というか気づいていてほしい。

「烏間先生から聞きましたわ!すっごく足がお速いんですって?」

「いやぁそれほどでもないですねぇ。」

でれっとした顔で話すせんせー。その表情は私達でも今まで見た記憶はないというのに、あの先生はたやすくそれを引き出した。それがなんとも腹立たしい。暗殺だからしょうがないって思おうとしても、なんだかとてつもなく気分が悪かった。

「お願いがあるの。一度本場のベトナムコーヒーを飲んでみたくて。
私が英語を教えている間に買って来て下さらない?」

「お安いご用です。ベトナムに良い店を知ってますから。」

そう言ったせんせーは私達を置いてあっという間に飛んでいってしまう。今までチャイムが鳴るまで私達から離れたことなんて無かったのに。

「「「「…」」」」

『…殺せんせーの、ばぁか…』

私の言葉と被るチャイム。おかげで誰にも聞かれることは無かったけど、いっそ聞いてくれていた方が嬉しかったかもしれない。

「…で、えーと、イリーナ…先生?授業始まるし教室戻ります?」

「授業?…ああ、各自適当に自習でもしてなさい。」

殺せんせーがいなくなった途端に豹変するイリーナ先生の態度。まあ暗殺者だってわかってたからこうなるかもとは思ってたけど。
でもプロなら、標的以外の人たちにも愛想振りまくくらいするもんじゃないの?

「それと、ファーストネームで気安く呼ぶのやめてくれる?あのタコの前以外では先生を演じるつもりも無いし。」

皆がちょっと戸惑っているのがわかる。いきなりの豹変っぷりに驚いてるんだろうね。私はそれより、自分の今の心情の方に驚いてるけど。

そしてタバコを吸いながらイリーナ先生は続けた。

「『イェラビッチお姉様』と呼びなさい。」

「「「「…」」」」

何故だかわからない。殺せんせーを取られたような感じで、かなりイラついてたはずなのに…なんでかな。この人、全然嫌な感じがしない。殺し屋の空気がどうのじゃなくて、単純に私はこの人が嫌いじゃないだけ。殺せんせーといる時はイラっとしたのに…何だろう。

そしてここは自分の出番だとでも言うようなにやけ顔で赤羽君が口を開いた。

「…で、どーすんの?ビッチねえさん。」

「略すな!!」

『んふっ、赤羽君すごい…!!』

流石のネーミングセンスというか、人をおちょくる天才の彼だからこそ思いついたあだ名だろう。私はあえてイェラビッチお姉様と呼ぼうと思ってるけど。

「あんた殺し屋なんでしょ?クラス総がかりで殺せないモンスター、ビッチねえさん1人で殺れんの?」

「…ガキが。大人にはね、大人の殺り方があるのよ。…潮田渚ってあんたよね?」

「?」

「「「「!!」」」」

「なっ…!?」

急に渚君を名指ししたイリーナ先生…イェラビッチお姉様は、渚君の頬に手を添えるといきなりキスをした。いつの間にかお隣にいた赤羽君は興味深げに見ているし、カエデちゃんはちょっとイラっとしているみたいだ。
ていうか皆さんよくあんなの見られますね!私恥ずかしくて辛いんですけど!?こっちの顔が赤くなってるんですけど!?
もう限界なので手で顔を覆って目を背ける。ごめん渚君、あとで慰めてあげるから。

イェラビッチお姉様はくたくたになった渚君を胸に押し付けるように抱えると、平然とした顔で話し始めた。

「後で教員室にいらっしゃい。あんたが調べた奴の情報、聞いてみたいわ。
ま…強制的に話させる方法なんていくらでもあるけどね。」

抱えていた渚君をポイすると、今度は皆に向かって話し出す。渚君をポイしないで。

「その他も!!有力な情報持ってる子は話しに来なさい!良い事してあげるわよ。女子にはオトコだって貸してあげるし。」

『んふふっ、貸せるほどいるんだ。すごい。』

「名前ちゃん?」

『えっあ、なんかすいません…』

別に借りようと思って言ったわけではなくて、イェラビッチお姉様の恋人が何人いるのかとちょっと感心してただけなんだけど。
そのちょっとした台詞が赤羽君のなにを刺激したのかものっそい黒い笑いを向けられた。いや、背後にオーラが漂ってますよ隊長。
謝ったらその笑みは引っ込んだけど、代わりに優しいでこぴんを1ついただきました。…ううむ、なんか彼の琴線に触れるようなこと言ったかな?

「技術も人脈も全て有るのがプロの仕事よ。ガキは外野でおとなしく拝んでなさい。」

どこからか来た武装した男三人組がイェラビッチお姉様に近づく。あれも彼女のパトロンの人たちなんだろう。厳つい。
そのうちの1人から、おそらく今までに暗殺で使ってきたであろう小型銃を受け取ったお姉様は怪しく微笑んだ。

「あと、少しでも私の暗殺の邪魔をしたら…殺すわよ。」

…気絶するほど上手いキス。従えてきた強そうな男達。「殺す」という言葉の重み。

彼女が本物の殺し屋なのだと実感した。

でも同時に、クラスの大半が感じたであろう事。


この先生は…嫌いだ!!


……そのはず、なんだけど。

私は不思議と、そこまで彼女に嫌悪感を感じることはなかった。
 

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