雪と夢と罪の歌
□6 体育祭 前編
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現在学校、時刻は7時40分。眠い。もういっそ立ったままでも眠りたい。第一私は朝型の生き物じゃないんだ。早起きは三文の徳?笑わせないでくれ、体に毒の間違いでしょう?
そして、そんなどこかふわふわとした眠り心地のまま応接室にたどり着いた。
こんこん、とノックをすると、昨日と同じように「いるよ。」と返ってくる。がちゃりとドアノブを回して扉を開けば、こちらも昨日同様ソファーに座ってくつろいでいた。
『おはよー…ございます…』
「おはよう。…随分と眠そうだね。」
恭弥はソファーから立ち上がると、こちらに向かって歩いてくる。私はその様子をぼんやり眺めながら、今にも落ちてきそうな瞼を必死で開いていた。
「…名前、調子悪いわけではないの?」
『は、い…眠いだけ、です…』
「そう。……うん、確かに熱はないね。」
するりと前髪をかきあげられ、こつりと額を合わされる。…目、綺麗だなぁ。
「…本当に眠いみたいだね。仕方ないな、」
『ごめんなさ、い…!?』
ふわ、と襲いかかる浮遊感。地面と離れる足。膝裏と背中に回された恭弥の腕。
これはあれかな、俗にいう…お姫様抱っこ。
眠すぎる私は、いつもなら赤面しているようなこともいまいち気にならない。抱っこによって起きる浮遊感も、今はただの睡眠薬にしか感じなかった。
起きなくてはならない、そうわかっているのに。
「少し寝なよ。…起きるまで待っててあげるから。」
優しい彼の腕と声に背中を押されるかのように、ゆっくりと意識を闇に落とした。
眠る直前、額に柔らかい感触を感じて。
* * *
雲雀 SIDE
「…もう寝た…」
すーすーと規則正しく聞こえてくる寝息。抱き上げてから一分もたってないんだけど。いくらなんでも寝つき良すぎない?そんなに疲れてるの?
…そんな疑問も吹き飛ぶくらい、寝顔が愛らしいんだけどね。何て言うのかな…年相応?いつも綺麗に微笑んでるから、こうやってあどけない顔を曝されると無性に胸が締め付けられる。
「…さて、どうしたものか。」
ずっと持ち上げているのも疲れるし…
名前は重いわけではないのだが、特段軽いわけでもないようだ。まあこのスタイルなら軽いわけないけどね。
持っている感じでは筋肉も綺麗についているみたいだし。スポーツでもしてるのかな。
「…よし、僕も寝よう。」
名前の寝顔を眺めてるのも悪くないけど、こんな無防備な寝顔を見せられるとつい意地悪したくなるから。
そんなことをすればきっと、君はまたむくれてしまうからね。そんなところも愛しいけれど、僕といるときは出来る限り笑っていてほしいから。
「、ふぁ…」
そっと名前をソファーの奥側に横たえると、少し狭くはあったがその隣に寝転がる。そして背もたれにかけていた学ランを名前と僕の足に掛けると、ボタンを第二まで外してから瞼を降ろした。
…もちろん、名前をぎゅっと抱き締めて。
* * *
心地よい微睡みから引き上げられる感覚。なんだかとても気持ちいい暖かさを感じて、ついそこにすり寄ってしまう。
…なんかいい匂いがするなぁ。そうしてふと目を開ける。
『う…?』
目を開けて一番最初に見たもの。…肌色と白色。…なんだいこれは?
「…ふふ、起きた?」
『ん…起き、た…?』
頭上から聞こえてきた声。思わず返事をしそうになったが、その違和感に言葉を詰まらせた。
ゆるゆると顔を上に向けると、数センチ先に最近見慣れた秀麗な顔。懸かる吐息。
ぼやけた目のままぼーっと見つめていれば、近づく恭弥の喉元。
次の瞬間額から聞こえたリップ音。…リップ音…?
「おはよう。…君は眠り姫なのかな。随分と寝るんだね。」
『ん…おはよう、ございます…って違う、な、なんでまたキスなんか…!』
先ほどのは額にキスされたんだと理解したとたん熱くなる頬、冴える頭。
そうなれば自然と、自分の今の体勢も頭に入ってきて。
『ど、どうして一緒に寝てるんですか…!?』
背中に回された腕、絡められた足。体温や心音さえも正確に感じ取れてしまうその距離に、いよいよ顔から火が出そうになった。
「…僕も寝たかったんだ。仕方ないだろう?」
『だ、だからって一緒に寝る必要はないでしょう…?』
そう言うと彼ははぁ、とため息をついて、渋々といった様子で口を開いた。
「まったく、鈍い子だね。…一緒に寝たかったっていってるの。」
分かってよね。そう続けられた言葉と少し赤くなった頬。なんだかその様子を見た私の心臓までばくばくしてきて。
恥ずかしさのあまり、きゅうと小さくなるしかなかった。
…壁にかかった時計を見るまでは。
『10時…?』
「?…ああ、だから言っただろう?『随分寝るんだね』って。」
くすくすと笑みを浮かべる恭弥。起こしてくれればいいものを。…というかまたサボってしまった。成績とか大丈夫なのかなぁ。
10時ということは今は2時限目の中頃だろう。1、2時限目は国語と理科だったはず。この調子でいけば3時限目から参加だね。
そういえば…
『3、4時限目は出ないといけませんねぇ…』
「?別にいかなくてもいいって言ってるじゃないか。」
『…3、4時限目に私は体育で体力測定をするらしくて。』
行かなくていい、のところには触れないよ。意地でも。
…まあ、それはいいとして。
編入してきた私は春にやっているべきはずの体力測定をこなしていないらしく、急遽前日準備中に行うことになったのだ。うーん…体力測定ってなにするんだろう?
『午後は明日の…体育祭なるものの選手を決めるらしいですし。』
今日はその体育祭の準備のために実質午前授業なのだ。1、2時限目は通常授業、3、4時限目は会場の前日準備。そしてその後は各自お昼を挟んでからの全学年クラスごとの選手決め。これが終わり次第帰っていい、という仕組みだ。
しかし体育祭ってなにするのかな?体育の…祭…?
内心首を傾げる私の前では驚愕の面持ちをした恭弥がいる。どうして驚いてるんだろうか?
「名前、もしかして体育祭知らないの…?」
『?はい。いままで経験したことはないですね。』
今度こそ目を見開いていかにも驚いているといった顔をした恭弥は、どことなく意地悪気に口を開いた。
「…草食動物が群れるための行事だよ。」
『…む、群れる?どういうことですか?』
「ふふ、しょうがない子だね。…大丈夫、そんな顔をしなくてもちゃんと教えてあげるから。」
私の問に少しだけ苦笑を溢すと、いつものように優しげな表情で頭をそっと撫でてくれた。
うーん…それはそうと…
『…あの、それは嬉しいんですけど。』
「?なんだい?」
『とりあえず起きませんか?この体勢…すごく恥ずかしいです…』
* * *
あのあと、恭弥の希望により(…駄々をこねられたともいう)結局は起き上がることなく2時限目の終わりを迎えた。
恥ずかしかった…顔も近かったし、恭弥の匂いもたくさんしてたから。
思い出して赤面しかけるも、
「名前ちゃん、次握力だって!」
隣にいる京子ちゃんに意識を引き戻された。
『ああ、楽しみだね。』
現在4時限目終盤。3時限目にシャトルランとハンドボールを終え、残りを消化中だ。
にしても…ことのほか簡単だったな、体力測定。今のところ得点はオール10。とはいえ残りは握力と50M走だけだけどね。
「名前ちゃんすごいね!私、体力測定は全然ダメだったの。」
尊敬しちゃうな、なんていって笑んでいる京子ちゃんはとてつもなく可愛い。
そもそも京子ちゃんがなぜここにいるかというと、彼女自ら私の体力測定の手伝いを申し出てくれたのだ。彼女曰く、私とお友達になりたがっていてくれたらしい。嬉しいなぁ。
『昔から運動が得意でね。好成績を残せそうでよかったよ。』
「好成績なんてものじゃないよ!このまま頑張れば満点だもん!応援してるからね!」
そういって笑う京子ちゃんに笑みを返しながら、握力測定へと歩みだした。
* * *
4時限目のあと、恭弥に誘われていたため昼食を持って応接室に向かった。そこで摘まんだ私のお弁当が大層気に入ったようで、「明日作ってきてよ。…だめ?」と不安げな表情を作り首を傾げられた結果、否もなしに頷いてしまい作ることに。料理は好きだから構わないけど。
帰りに弁当箱を買っていかなければ…黒かな?というか好物ハンバーグって意外だったなぁ。ちょっと可愛い。…本人に言ったら怒るだろうから言えないけどね。
そんなこんなで、今はA組の学年ごとでの選手決め。…これはすごいなぁ。
「名字さんは高跳びでしょ!」
「いや、幅跳びと800Mも捨てがたい!」
「選手リレーは確実じゃない!?」
…うーん、どこでもいいって言ったのは失敗、だったかな。
私は結果的に体力測定を満点で終え、その情報が流れたらしくみんなが私をどの競技にいれるか協議しているのだ。…まあ、結果をみた教師が叫んだせいでバレたんだけど。
「じゃあ100Mと障害物競走、選手リレーでいいね!?」
「「「賛成!!」」」
「名前ちゃん、盛り上がってるね…」
隣にいる綱吉が頬をひきつらせながらこちらを見ていた。
『ふふ、楽しそうで何よりじゃないか。』
「めっちゃ他人事ー!?」
しかもよく見ると、先ほどまで私の競技について論争を繰り広げていた子達の中には武と獄寺隼人の姿もあった。…お前たちも騒いでたんだね。
そしてそこからはトントン拍子で選手が決まっていき、終えると教室から講義室へ移動した。