雪と夢と罪の歌

□4 編入とセーラー服
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煩いアラームで目が覚める。時刻は6時。

『…ふぁ、』

時間が問題無いことを確認して、モソモソとベットから抜け出した。

* * *

『…ねーむーいー…』

ところ変わって通学路。あのあとシャワーやらお弁当作りやらで結構忙しく、6時に起きたのに準備が終了したのは7時40分。普通なら問題ない時間なのだが、いかんせん編入生故、今日は登校が少し早めなのだ。
まぁ、これなら間に合う。確実に。

そう思いながらも、それ以降は無心で歩みを進めた。




こんこん、

『失礼します。編入生の名字名前です。』

入った途端、僅かにざわめく職員室。髪色のせいだろうか?

「名字さんだね、君は1−Aだから。着いてきて。」

『はい。』

どうやら私のクラスは1−Aらしく、この若干頭髪が薄い方が私の担任なのだろう。
昨日は応接室と屋上以外特に回っていないので、どことなく珍しく映る校舎に胸を踊らせながら、担任の半歩左斜め後ろをついて歩いた。




教室前、がやがやとどこか騒がしい声が聞こえてくる。

「じゃあ名字さん、入ってください。」

『はい。』

がらり、扉を開いてみれば、先程までの喧騒とはうってかわって静まり返る教室。どうせこの髪に珍しさでも感じているのだろう。職員でさえそうだったようだし。

歩いて教壇に近づき、教室を見回すと…我が主(仮)の姿。どうやら彼も驚いているようだ、と隠しきれない笑みを溢し、そこから視線を外す。

『…はじめまして。海外から来ました、名字名前です。日本で生活するのははじめてなので、至らないところはありますがよろしくお願いします。』

最後ににこり、と笑えば今度はざわつく教室内。忙しい子達だなぁ…

「名字さんの席は…沢田の後ろだな。沢田、手ーあげろー。」

ぎょっとした様子の彼がおずおずと手を挙げる。よかった、近くなんだ…
とことこと彼に近寄れば、ちょっと恥ずかしそうにこちらを見ている。
…泣いたこと、気にしてるのかな?
なんだか微笑ましくなって、ふふっ、と笑みを浮かべてしまった。彼の横を通りすぎるとき、さりげなくぽふぽふと頭を撫でる。
教室内から「羨ましい」や「死にさらせ」なんて聞こえてくるから、まさかそれが沢田綱吉に向けられていると思っていない私は、『我が主(仮)は人気者なんだねぇ』と勝手に嬉しさを感じていた。


その後、僅かながらHRを行っていたのだが…

「ねぇ、髪の毛綺麗だね!お手入れどんなのしてるの?」

「誕生日いつ?」

「彼氏いる?」

「海外ってどこからきたの?」

終わった瞬間集ってきた集団に、思わず頬をひきつらせた私は悪くない。本来なら一つ一つ丁寧に答えたいところなのだけど、彼との約束があるからね。

『申し訳ないが、質問はまたあとでにしてもらっていいかい?風紀委員長に呼ばれていてね。』

「「「え!?」」」

「名字さん、風紀委員長ってまさか…ひ、ヒバリさんのこと…!?」

私の右手側に立っていた女の子が怖々とした様子で聞いてくる。どうやら彼自身が言った通り、本当に恐れられているようだ。

『そうだよ。…大丈夫、君たちの恐れているようなことにはならないから。』

「で、でもヒバリさんって不良の頂点に立ってるんだよ…!すっごい強くてすっごい怖いの…!」

「名字さん、ヤバいって!」

うーん、ヤバいね。君たちが私を引き留めている間に彼の不機嫌度数が上がっていくことが。そんななか、抜けられない人間囲いに救世主が現れる。

「まーまー、本人が行くっつってるしよ!それにヒバリだって無差別に殴ってる訳じゃねーしさ!」

「山本…!」

女の子の軍団に追いやられていた沢田綱吉が呼んだ少年の名前。
周りとは頭一つ分ほど飛出した山本と呼ばれた少年は、私を行かせまいとする女子生徒達を上手く諭している。

なんというか…不思議な少年だ。

『大丈夫、私は昨日も頭髪許可証のことで彼と会っていてね。なんら問題はないよ。』

「本人もこういってるし!な?」

彼がそういうと、女子生徒達はしぶしぶといった様子で道を開ける。
ところどころから「気をつけて」なんて聞こえてきて、優しい彼のどこが怖いのだろう?と内心首を傾げていた。

* * *

雲雀 SIDE

ちらり、時計をみやる。

「…、」

…遅い。いくらなんでもHRは終わってる筈だ。
約束を忘れてしまったのだろうか?…いや、そんなタイプではないだろう。
学校にはきちんと時間通りに来ていた。わざわざ朝から屋上へいって、登校を確認したのだから。

…ならばなぜ来ない?来られない理由があった、とか?それともーーー

ーー会いたくなかった、とか…?

そこまで考えてはっとする。なんて女々しいことを考えてるんだ、と。名前がくるまで仕事をしておけばいいんだ、そうは思ってもペンは進まない。

いっそ、こちらから会いにいってしまおうか。

善は急げ、僕自ら行こうと腰を上げた瞬間…こちらに向かってくる気配を感じた。
ここへくるのは精々風紀委員の中の猛者や、一部の職員のみ。この前の草食動物たちような例外は、噂が流れて以降一人もいない。
だから自然と、くる人は限られるのだ。そして、足音を殺したこの歩き方からしておそらく…近づいてきているのは、

こんこん、

『失礼しまー…恭弥?』

待ちに待った、彼女だろう。

名前が扉を開け顔を出すと、僕はすたすたと彼女に近づいた。それに驚いたのか言葉を止め、不思議そうに僕の名前を呼びながら見上げられる。

「遅いよ。…もっと早く来てよね。」

彼女の腕を痛くないように掴んで、応接室に引っ張りいれた。最初はきょとりとしていたが、理解するとすぐに申し訳なさげな顔になる。

『ごめんなさい、女の子たちに捕まってて…』

「…別に、押し退ければよかったじゃないか。」

そっぽを向く僕に、名前の口角が上がる。

『女の子には優しくするものですよ、恭弥せ・ん・ぱ・い?』

くすくすと笑みを浮かべながら、わざとらしくおどけてみせている。なんだか諭し方が子供相手のように感じて、ついムスッとしてしまった。
名前は初めぽけーっとした顔でこちらを見ていたが、唐突に吹き出すと掴んでいない方の手を口に添えながら、そっぽを向いてぷるぷると震えだす。

『ふふっ…わかりました、次から急ぐからっふ、そんなにむくれないでくださいな、ふふふっ…』

「!」

彼女は咬み殺しきれない笑い声を溢しながらも、口元に添えていた手をこちらに伸ばした。普通なら警戒して振り払うところだが、彼女はきっと僕に手をあげることはないだろう。というか、戦えそうもないしね。
そんな胸中を知らず近付いてきていた手は、そっと僕の頬に添えられる。

『頬を膨らますなんて、愛らしいだけですよ?』

意地悪に、それでいて優しく笑んでいる名前。彼女の手が輪郭を沿ってゆるゆると動く。
なんだかくすぐったくて恥ずかしくなった僕は、掴んでいた方の腕を解放すると、未だに輪郭をなぞっている掌に指を絡ませ腕をおろさせた。

「僕に『愛らしい』なんて、いい度胸してるね。
……咬み殺すよ?」

ゆっくり名前の耳元に顔を近づけ、吐息混じりに囁いた。
さらりと交わされてしまうかと思いきや、じわじわと赤く染まる頬。顔が近いことも起因しているのか、綺麗な赤い髪と同じくらいに赤く染まってしまっている。
自分からは無意識にでも仕掛けてくるくせに、他人から近付かれると案外弱いようだ。それとも、僕だから…かな。最後にふっと息を吹き掛けてやれば、大袈裟なほどにピクリと震える肩。

「…僕からすれば、名前の方が愛らしいけどね。」

『っ〜!!』

くすくすと笑いながら、きゅ…と繋いだ掌に力をいれてやれば、潤んでいつも以上に煌めいている瞳が悔しそうに僕を睨んでくる。
全く…そんな赤い顔と潤んだ瞳で睨んだって、誘ってるようにしかみえないのに。

『もう…!結局ご用はなんなんですか!』

「…用?」

なんのことだろうと首を捻りかけるが、寸でのところで思い出す。きっと彼女は、僕が昨日応接室に来るように言ったことを『用があるから』と解釈したのだろう。あながち間違っていないが、実際は用というか…
ただ、会いたかっただけなんだけど。

でもそんなことを名前に知られるのも恥ずかしいから、としっかり理由は用意してある。
先ほどから彼女の視界にも入っているだろう机の上のそれ。昨日注文して大急ぎで作ったものだ。ひとまずの繋ぎだからサイズはおおよそだけどね。

まぁ、とりあえず。

「名前、風紀委員に入りなよ。」

『…え?』

いかにも『今この人何て言った?』と思っているであろう顔をしながらこちらを見てくる名前。仕方ないな、ともう一度同じ言葉を紡ぐ。

「風紀委員に入りなよ。」

『い、いや、もう一度言わなくても聞こえてます。』

理解が追い付いてませんけど、なんて言いながら、若干怖々とした様子で机の上のそれを指差した。

『じゃ、じゃあそのセーラー服って…私が着ることになるんですか…?』

「そうだよ。」

瞬時に肯定すると、彼女から苦笑が洩れる。ひょっとして、

「セーラー、着たくなかった…?」

『…いえ、私はとことんセーラー服に縁があるんだなぁ、と思いまして。』

ふふ、と今度は少し嬉しそうに笑う。

「前いた学校はセーラーだったの?」

『学校、ではありませんが…所属しているところはセーラー服ですよ。だから、セーラー服は好きです。』

ならば苦笑を洩らした意味はなんなのだろうか。問いかける前に、名前自身が解答してみせた。

『でも、ブレザーも楽しみたかったなぁって…そう思っただけです。』

なんだそんなことか、と安堵する。セーラー服が嫌じゃなければ、方法なんて幾らでもある。

「なら、好きなときに好きな方を着ておいで。」

『?ずっとセーラー服じゃなくていいんですか?』

「君が望むなら構わないよ。…それに、こっちも良く似合ってるからね。
ああでも、風紀委員として活動するなら水曜日と金曜日はセーラーかな。服装点検と持ち物検査があるんだ。」

そう言うと、分かりやすいくらいに表情を晴れやかにする名前。

『分かりました、風紀委員に入ります。』

「ワオ、問題点は服装だけだったんだ。」

『?元より断る理由はありませんよ。恭弥が率いているものなんですから。』

ふわふわと笑ったまま随分と嬉しい事を言ってくれる。どきどき煩くなる心臓にはわざと意識をやらず、顔は微笑みを保った。
うん、名前といると表情筋が仕事をするな。…筋肉痛になりそうだけど、彼女の為の痛みなら問題なく耐えきれるだろう。

鼻歌でも歌い出しそうなほど機嫌がよさげな名前に、ついこちらも残っている用件を忘れそうになるがはっと思い出して彼女を見つめた。

「サイズ確認したいから、一回着てくれる?」

『はい。わ、スカーフ赤だ…』

名前が制服を持ち上げたと同時に1時限目のチャイムが鳴り響く。

『あ…』

「…問題ないよ、教師は僕に何も言えないからね。」

そういうと彼女は若干苦笑いを浮かべ、『そうでしたね』と呟いた。
授業に出たかったのか?とは思いつつも、好き好んで彼女を草食動物の檻に突っ込むほど僕は馬鹿じゃない。
名前なんて、ずっとここにいればいいのに…

当の本人は制服に夢中で、机に置いてある二着を見比べていた。
並中の旧服であるセーラーはもとは黒のスカーフだったのだが、なぜだが彼女には赤の方がいい気がしてわざわざ作らせたのだ。
夏服は白地に黒の襟、袖、白のライン。
冬服は黒地に黒の襟、袖、白のライン。スカートは季節を問わず黒。
デザイン自体は同じなのだが、色が違うだけで印象も大きく違うものに感じる。僕自身、並中のセーラーを生で見たのは初めてだった。作らせる必要もなかったし。
だがこうやって見ると、なんというか…
名前によく似合いそうだな、なんて思ったり。

「とりあえずは夏服ね。冬服はあとでいいよ。」

『わかりました。』

後ろ向いてるから、と向きを変えると背中側から聞こえてくる衣擦れの音。
今振り向けば…なんて想像してしまって、昨日不可抗力にも触れた、あの柔らかい感触さえも思い出してしまいそうになる。
いけない、と頭を振るも、後ろの音が気になってしかたない。こんなことを考えるなら外に出ればよかったか、と少し後悔した。

…そもそも、男児がいるところですらっと着替えられるだろうか?まさか僕を男だと思ってないの?

『んと…一応着ましたよ、』

「…そう、サ…っ!」

イズは、と聞こうとした言葉が途中で止まる。理由はただ一つ。

『スカートはいいんですけど…上がちょっと、なんというか…』

小さい、ですね…と続けられた言葉通り、スカートは全く問題ない。

問題は上だ。

名前の豊満と言うべきそれに押し上げられ、彼女の瑞々しく白い腹が露出していたのだ。
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