雪と夢と罪の歌

□2 応接室と赤ん坊
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『ふぁー…』

現在、朝の7時。学校は明日からとはいえ、この調子で行けば遅刻は確実だ。おまけに学校ではお弁当を持参しなければならない。
今まで学校などいったことがなかったので正直に言うと全く想像がつかないが…文献やテレビで時々放映されているのを見る限り、同じ部屋で同じ内容の勉強をするらしい。
私はおおよそ5歳の時点で大学修了時までの勉強は終えている。今さら中学程度の問題はなんの障害でもない。

…ついつい思考が別のところに飛ぶのはよくない傾向だね。直そう。

もう一度確認するように時計を見たあと、シャワーをすべくベットから降り立った。
不思議な感情を抱いた少年と、私が守護すべきボンゴレ10代目に会うために。

その決意を固めるかのように、そっと…胸元に吊るされている半分のリングとおしゃぶりに触れた。

* * *

雲雀 SIDE

「ふぁ、」

現在7時、並中応接室。偶然にも名前と欠伸のタイミングが全く同じだったと知るものはいない。

欠伸のタイミングは知り得ていないものの、僕の手元には数枚の資料がある。そこにはおおよそ知り得ることの出来ないであろう個人情報が連なっていた。

いわずもがな、名前のものである。

僕自身、初めは転入生など特に興味はなかった。つい最近も銀髪の不良転入生が来たばかりだし、面白い赤ん坊を見つけたのも一昨日の話だ。
昨日だって頭の中はあの赤ん坊一色といっても過言ではなかった。僕の苛立ちの籠った全力のスイングを十手などで止めて見せたのだ。
普通の赤ん坊があんなに流暢に話せるわけがないし、ましてや僕のトンファーを止められる力があるわけがない。
だがそんなことが気にならないくらい、あの赤ん坊は自分をたぎらせてくれた。あの少女もーー

…ああいけない。眠気に誘われてつい回想に浸ってしまった。これはよくない傾向だね。直そうか。

そう思い、もう一度確認するように資料を見る。そこに書かれていたのは、違和感を感じるほどに自然"すぎる"経歴。こんな一般的すぎる少女ではない。断言できる。

だって僕は、振り返った彼女の…"強さ"を感じる瞳に、胸を高鳴らせたのだから。

彼女…名字名前がくるまで少々の仮眠をとろうと、僕はソファーに身を横たえた。

期待に高鳴る心臓には、気付かない振りをして。


ーー同時刻、同じタイミングで似たようなことを考えていたことを、本人たちが知るよしはない。

* * *

9時40分。このマンションから並盛中までは約15分なので、いい時間だろう。
準備を終えていた私はもう一度だけ姿見で制服を確認すると、ローファーを履いて外にでる。施錠も確認。

昨日と同じ道のりを歩きながら、制服について思考を巡らせる。
このスカート、些か短くないだろうか…?まあセントラルの団服よりはましか。しかし、明らかに「穿いてください」といったようにタイツもセットで置いてあったことはやはりと思った。

何故かはわからないが、セントラルの子達は私に年中タイツを穿かせようとする。私も特段暑がりではないので問題はないのだが、あの子達が異様に薦めてくることがなんとなく怪しく感じるのだ。
まぁ、生徒手帳に掲載されていた校則にもタイツについて季節の規定はなかったから問題ないしね。
でも何故穿かせようとするんだろうか…?謎だなぁ。

うんうん唸りながらも歩いていれば、気づくと並中が見えていた。腕時計を確認すれば54分。予定通りつけそうだ。

校門前にいる少年を見つけ、慌てて駆け寄るまで、あと30秒。

* * *

「…うん、時間通り。」

えらいえらい、とでも言うようによしよしと頭を撫でられる。
近くにいるだけでとくとく鳴る心臓。変だなぁ…でもなんだか心地いい。
だけど子供扱いされてるみたいでちょっと不満になって、ぶぅと口を少し尖らせる。
そのまま撫でられるのを甘受していると、少し俯いていた私の頬に急に手を添えられた。びっくりしてぴく、と反応してしまえば、頭上からくすくすと笑い声が落ちてくる。

「口尖らせてないで、上向きなよ。」

そう言われると同時に頬に添えられていた手に少し力が加えられ、顔をあげさせられる。
少年の顔を見てみれば、想像していた以上に穏やかな顔をしていた。
ふ、と目があった瞬間、時間が止まったように錯覚する。

ーーまるで私とこのひと以外、だれもいないみたい。

ゆっくり、少しだけ彼の瞳が、満足気に細まる。つられて私も、くすりと笑ってしまった。

「…それじゃあ名前、行こうか。」

ふわり、学ランを翻した彼に呼ばれた名前。
どこか甘美な響きを持っている気がするのはは何故だろうか。誰に呼ばれても、こんなに心臓が脈打つことなどなかったのに。
そういえば、とはっとして数歩歩き出していた彼に小走りで近付く。そしてくい、とワイシャツの袖口を僅かに引っ張った。

『名前、』

「?」

『名前、教えてください…!』

理解の範疇を越えていたのか、単語で問うたときは首を傾げていたが、もう一度述語を付け加え問うとまた僅かに笑って、口を開いた。

「雲雀、恭弥」

並中の風紀委員長だよ。そう続けられた言葉に思わずふうき?と聞きたくなってしまうが、とりあえず我慢。
なんというか…日本の礼儀作法の基本と言えばやはり。

『名字名前です。よろしくお願いします、えっと…雲雀、先輩?』

自己紹介、でしょう。

そこもまた彼の予想を越えていたらしい。ぽかんとしている。なんだかそんな表情がとても可愛らしいくて。
しかし唐突にムスッとすると、明らかに不機嫌そうな声色で話し出した。

「…恭弥」

『え?』

「名前で呼んでよ」

じぃー…と効果音の付きそうなほど見つめられ、言葉に詰まる。

『え、っと…』

「…」

『…んと、』

「……」

『きょう、やさん…?』

言い淀む時間に比例して少しずつ膨らんでいた彼の頬。子供のような所作は可愛らしかったけれど、いかんせん急かされているようで焦りを覚えた。
しかも呼んだにもかかわらず、頬の膨らみは消えても、未だ不機嫌オーラがきえない。
噛んだのがいけなかったのかと不安になりつつ様子を伺う。なにか言いたそうにしているが、彼の中で何かしらの葛藤があるのだろう。
こてり、首を傾げながら彼の言葉を待つ。ちらと私を見ると昨日のようにふいと顔を背け、そっぽを向きながら言葉を紡いだ。

「敬称、いらない。呼び捨てにして。」

僅かに頬を赤くして、そっぽを向きながらも目は私を見ていて。
ああ、これは彼が照れたときの動作なのか、なんて余計なことも考えながら、

『ふふっ…分かりました。恭弥』

舌にのせた名前は美麗で、優美で。

「うん。…名前。」

彼に呼ばれる名前は、どうしようもなく、温かく感じた。


…視界に入った学ラン集団があんぐりと口を開けている理由は、残念ながら私には分からなかった。

* * *

雲雀 SIDE

「ここ。」

『応接室…?』

恭弥の部屋なんですか?と首を傾げる彼女はどことなく小動物らしい。
昨日、僕の殺気に振り返った時に一瞬した…あんな、全てを拒絶するような顔ををするなんて、想像すらできない。今の彼女からは。
まぁ、一瞬できょとんとした愛らしい顔になったんだけどね。

でもやはり、彼女が纏う雰囲気自体は何も変わらない。


温かくて、冷たくて。

凛々しくて、儚くて。

強そうで、でも弱々しくて。


彼女は…名前は不思議。

小動物の皮を被った肉食動物か、
肉食動物の皮を被った小動物か。

まだ分からないけど…唯一当てはまらないのは、草食動物。僕の嫌いな、群れる生き物。

「ソファー、座って。」

『はい。』

こうやってしている限り、本当に只の女の子のようだ。実際は正体を知り得ているわけではないが。…可愛らしくて純粋なところは、変わらないだろうけど。

『頭髪許可証、でしたっけ?』

ソファーに腰掛けた名前が首を傾げる。…可愛い。

「うん。綺麗だけど、日本人にはない髪色だからね。ちゃんと書けば問題ないよ。」

はい、と紙とペンを渡す。日本人にはない髪色だといったとき、少しだけ寂しそうな顔をしたのは…気のせいだろうか?
さらさらと書かれている字を見てみれば、そこに連なっている綺麗な字。

「…字、綺麗なんだね。海外からきたんでしょ?」

『!ありがとうございます。』

きょとりとしていたが、褒められていると分かると途端に嬉しそうにふわっと笑う。すると急にとくとくと鳴り出した心臓。
まただ。名前といるとなんだか心臓がうるさくなる。

…理由なんて、わかりきっているけれど。

『…できました。』

「貸して。……うん、大丈夫だね。」

『他はなにかありますか?』

じっ、と綺麗な瞳に見上げられて、また心臓がうるさくなる。
用はもうない。…けど、もう少し、一緒にいたい。

「…屋上で昼寝しにいくけど、くるかい?」

『え、と…恭弥は授業には出てないんですか?』

「僕には所属クラスはないよ。何時でも好きな学年だからね。」

『…?』

よくわかっていない様子の名前は、聞きたいことが山ほどあるといった様子だ。…うん、予定変更。

「名前の質問に答えてから寝ることにするよ。並中を…並盛を一番知っているのは僕だからね。」

『へぇ、そうなんですか。…なら早く屋上に行きましょう、恭弥。』

「ふふっ…そうだね。」

よほど知りたいことがあるのか、急かす物言いをする彼女に少し苦笑する。
でもそれがいやじゃなくて、どこか楽しげに感じたのは…

僕が彼女に持つこの感情のせい、かな。
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