雪と夢と罪の歌
□1 出会いと出逢い
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リボーン SIDE
僅かに聞こえてくる雑音。
『…っていうわけで、今日本。並盛までは…あと3時間くらいかな。』
「そーか。住まいはどーすんだ?ツナん家のママンに頼んでおくか?」
『いや、あの子達がマンション買ってくれたらしいから大丈夫だよ。荷物の搬入も済んでるらしいからね。』
「わかった。とりあえず挨拶は明日にして今日は帰って寝ろ。編入は明後日だろ?」
『ああ。そうするよ…じゃあ、また明日。』
「ああ、気を付けろよ」
分かってる、なんて言葉とともに電話が切られる。最後に小さく出ていた欠伸からして相当眠いのだろう。声にも覇気が足りなかった。
「ったく…セントラル団長が随分間抜けた声出しやがって…」
本当に大丈夫だろうか?くる前に襲われたり…あいつが住んでいる土地より幾倍も多い車に轢かれたり…やはり迎えに行くべきか?
そこまで考えてはっと我にかえる。
最強のヒットマンであるこのオレが、一人の少女にこんなにも気を遣い、心を傾けるとは…と。
存外自分も彼女に心酔しているな…と何故か恥ずかしく、だがどことなく嬉しくなって。
ぐい、とボルサリーノを深く被り直した。
* * *
『着いた…』
ここは並盛町と黒曜町のちょうど境目。ちょっとだけ歩きたいからここで下ろしてもらった。
ぐー、と背伸びしながら並盛町を眺めてみる。まぁ高台でもないから見える範囲は僅かだが。
それにしても…
『綺麗な町だなぁ。』
3時間という道のりでものすごい金額となったタクシー。札束の金額を数え直している運転手を不憫に思いながらも、荷物を持ち歩き出す。
「あ、あのお客様!3万ほど多いのですが…!」
『うーん…いいです。長かったし疲れたでしょう?お駄賃ってことで。』
金額を誤魔化さなかったことにはとてつもない好感を持ったのでプレゼント。運転も安全でスピーディーだったしいいや、と一回やってみたかった「お釣りはいりません」風のやり取り。
いつも私には専用の乗り物があったので、憧れも使えるお金もあったのだが実践には至らなかった。
長年の夢が叶ったかのような気分で上機嫌になり、止めていた足を再度動かし出す。
「ありがとうございます!」という声にまた嬉しくなって、少し重たい荷物も気にならないくらい軽々とした足取りで新居に向かった。
とさり、新居の前で思わず荷物を落とす。
並盛にはいった時点で『大きい建物が一個あるな』くらいにはおもっていたが…
『まさか私の新居がこことはね…』
重役たちが「楽しみにしていてください!」と言っていたのはこれのことか…と若干頭がいたくなる。
あの子達の金銭感覚もちょっとなぁ、なんて考えながら、明らかに常軌を逸脱した高級マンションを見上げる。
"並"じゃないでしょうこれは…!
一週間前のあの会議以降、重役たちがわたわた動いていたのは知っていたから、準備の類いは任せっきりだった。
私が今持っている鞄にだって、他人が触れない武器やら毒やらが入っているだけだ。生活用品は全て準備すると豪語していたので、本当に服も何ももっていない。
あぁ、武器やら毒は検問に引っ掛かるって?もちろん、セントラルの息が掛かってるところを通りましたとも。『団長だ』とは言わなかったけどね。
言ったらどうなることか…とまたげんなりしそうになって、早足でマンションのエントランスに入っていった。
* * *
『最上階1フロア全部…』
もう何も言うまいと開け放った扉に入る。
マンションの管理人にあったときは凄かった。政府の要人かってくらいの待遇だったから。
(まあ実際そうなんだけどね…)
やたらと広い玄関で靴を脱ぎ、(日本文化は勉強済み)ゆっくり進んでいく。途中で二つの扉があったがとりあえず無視。突き当たりの扉を開ける。
『リビングだねぇ…大きすぎるけど。』
僅かに頬がひきつった。右手側には私の料理好きを考慮してか大きなキッチンがある。
その他の家具もいい値段がついていたことは間違いないだろう。金銭は確かに余裕があるが、なにもここまでしなくとも…
ちらりと視界にはいった大きなテレビの前にあるこれまた大きな正方形ローテーブルの上にある白い紙。
荷物をその場におき、近付いて読んでみる。そこに書かれていたのは、この家の見取り図と、明後日から通う並盛中学への道のりが書かれた地図。
『並盛中学、か』
さっきの電話ではリボーン曰く全く並じゃない中学。どんなのだろうか…不良がたくさん?ボンゴレ10代目はそのトップかな?
想像したら行きたくなってきたなぁ。
遠い窓を見てみると、若干日が傾いているがまだ明るい。よし、
『行こうか。』
家の見取り図の方に「制服は入って左の主様の部屋」と書かれてはいるが…校内に入らなければいいか、と来るときに着ていた太腿丈の黒いショートシフォンワンピースに、先ほどまで履いていた膝丈で焦げ茶の編み上げブーツをはいて玄関をでる。
そして、しっかりと施錠してから歩き出した。
* * *
…うーん。
『普通、だね…』
生徒たちは下校し終わってしまったのか人通りはまったくない。
故に並じゃない生徒がいるかもしれないことについての確認は出来ていないが、校舎を見る限りでは並だ。
なんていうか綺麗だね。この町に来て一番に思ったことだけど、歩いてここまでくる間にもその印象が覆されることはなかった。
町の景観もそうだけれど…なんというか住んでるひとが"綺麗"なのだ。
容姿うんぬんではなくて、なんだろう…そう、暖かい感じがする。
裏の世界で生きてきたから、綺麗な人より醜いクズばかり見てきたしねぇ…
来たばかりにも関わらず随分気に入ってしまったものだ、と人の気配が無いのをいいことに一人でくすくすと笑ってしまう。
『ふふっ』
「…ねぇ、」
刹那、
「僕の学校の何が可笑しいの?」
僅かな殺気とともに突然かけられた声。振り返るとそこには、
「咬み殺すよ?」
眉目秀麗な黒髪の男の子がいた。
その彼にしばし見入ってしまう。容姿もそうだが、声、姿勢、態度…全てをとってもどれも"強者"が持つものだったから。
その少年も、私が振り返ると鋭く細められたその眼をゆっくりと見開いていた。
そんなに驚くことがあっただろうか…?というかこの少年はどこの学校?この付近に学ランの学校なんて…
そうは思考を巡らせつつも、視線が少年から外れることはない。
…綺麗な瞳だなぁ。
二人の間に流れていた沈黙。10秒だったのか、1分だったのか、はたまたもっと長い時間だったのか。
長くも短くもあったその時間に終止符をうったのは、意外にも彼の方だった。正確に言えば沈黙を破ったのではない。
ーー近寄ってきた、のだ。
すたすたと確かな足取りで近付いてきた彼は、私の目の前で足をとめた。
どくり、
心臓から流れてくる血液が増えたかのような感覚。
心のなかで疑問符を浮かべながらも、目前にいる彼からは目を離さない。
「…君は転入生だね。この赤い髪は地毛かな。」
『地毛、ですけど…もしかして黒に染めないとだめ、ですか…?』
まず浮かんだのは疑問。なぜこの人が転入のことを知っているのだろうか?教師というわけでもなさそうだし。
次に浮かんだのは焦燥。郷に入っては郷に従え、ということわざがあるくらいなのだ。髪を染めろと言われたら、この学校に入るためにも染めなければならないだろう。
……それは、だめ。染めろと言われたなら、たとえボンゴレ10代目がこの学校にいたとしても、私はここにはいられない。
この髪は、
「化け物ぉぉぉぉぉおお!!」
「ゆ、るしてぇ…!いたいぃぃいい!」
「ひっ…!こっちくんな!やめろぉ!」
『うっさいなぁ、はやくしんでよ』
…私自身への、戒めなのだから。
少しの重苦しい沈黙のあと、彼はゆっくりとした動作で口を開いた。
「…いや、地毛なら問題ないよ。それに、」
『?』
「こんなに綺麗な髪を染めてしまうのも、些か勿体ないしね。」
少しの微笑みと、彼の綺麗な手によってさらりとなぜられる私の髪。
どくり、
先ほどと同じ現象。この心臓が脈打つような、それでいて不快でない感情は、なんだろうか。ふわふわと漂う、あの子達…重役たちが特注で用意した桃の原液が使われた洗髪料の匂い。
私に触れる人なんて今まで戦った人以外で滅多にいなかったから、どことなく恥ずかしくて、でもちょっと嬉しい。
香りと同じように、なんとなくふわふわした気持ちでいたが、はっと我にかえる。
『あ、えっと…』
「ん?」
機嫌良さげに首を傾げた彼に、また煩くなる心臓。殺気はどこへやら、穏やかな微笑みをたたえたままの彼に水を差すのは少々申し訳ないけれど…この状況は、
『すみません…ちょっと恥ずかしい、です…』
「!」
俯きながらちらりと彼を見上げると、少年はピキッと効果音が付きそうなくらいに固まってしまった。
・・・。
「っ…悪かったね。」
『い、いえ…!』
そういうと、少年は急にばっと腕を下ろしとそっぽを向いてしまった。
「…明日、」
『あ、明日?』
「予定は?」
そっぽを向いたまま目線だけを此方にやり、腕を組ながら問うてくる。
明日、明日は…10代目に挨拶、だけど彼の学校が終わってからだから、夕方に顔合わせかな?
『夕方までは暇、です。』
「そう。…じゃあ明日の10時、学校に来て。校門で待ってるから。」
『はい、構いませんが…ご用ですか?』
「頭髪許可証、書いて。地毛だって学校に出してもらわないといけないから。」
『は、はいっ』
結果的に染めなくていいんだね。よかった…
元気よく返事をしたからか、彼はたたえたままだった笑みを少しだけ深くすると、「いいこだね。」と笑ってよしよし、と頭を撫でてくれた。
「じゃあ、待ってるから寝坊しないでくるんだよ?」
『ふふ、はい。』
もう一度だけ念を押されると、じゃあね、といって学ランを翻しながら去っていった。
なんかどきどきしてる…病気なのかな…?
でも全然嫌な感じじゃなくて、私はそっと、高鳴るそこに手を乗せた。
『あ、名前聞くの忘れてた…』
そんなちょっとした失敗も気にならないくらい機嫌も良くなり、来たときより軽々とした足取りで家へと帰った。
「ふっ…」
その様子を、私の気配を察知して来ていた最強のヒットマンに見られているとは…欠片も気付かずに。
1 出会いと出逢い END