雪と夢と罪の歌
□10 イーピン
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放課後、恭弥とリボーンに同時に呼び出され、しかも同じく屋上に来るようにメールがきた。
ひょっとしたら今回は恭弥も交えて?と思ったが、あの唯我独尊な風紀委員長が茶番劇とも言えるリボーンの戯れに付き合うか、と聞かれるとなんとも微妙なところだ。
そうそう、私はリボーンの誕生日会(仮)には参加出来ず、プレゼントだけを献上することになった。内容は高級コーヒー豆、マグカップ、セントラルの永久入場許可証。
本当は誕生日会(仮)に参加したかったのだが、風紀委員の清掃活動(という名の遠征)に向かっていたため、帰ってきて綱吉の家に行ったときにはもう終わっていたのだ。
綱吉の物理マジック、見たかったなぁ。
そんなことを思いながら、屋上への階段に足をかける。すると後ろからかけられた声。
「え、名前ちゃん?応接室じゃないの?」
『おや、綱吉。…私は今日トイレ掃除でね。先ほど恭弥とリボーンから「屋上にくるように」と連絡が来たのだけれど、綱吉絡みじゃないのかい?』
「お、オレも実は変な赤ん坊に屋上来るように言われて…」
『…変な赤ん坊?服装は?』
「チャイナ服ぽかったけど…」
風が日本に来ているのか?いや、彼は確か弟子を育成中のはず。でも、アルコバレーノ以外にそんな行動的な赤ん坊がいるわけないだろうに。
『…じゃあ一緒に行こうか。』
「!う、うん!」
嬉しそうな顔の綱吉を見て、とりあえず行けば分かるかななんて楽観的に考えながら、再度屋上に足を向けた。
* * *
「あっ、いた!!なんか着替えてるー!!!」
『あれは…』
風の弟子・イーピンかな。そういえば、日本に来ているなんて情報がセントラルから来ていた気がする。
ということは、持っているのは餃子饅。食べると通常の人間には猛毒と同じ、と風から聞き及んでいる。…私に毒は効かないけどねぇ。
「*******!!」
綱吉は何を言っているか理解できていない様だが、私はもちろん中国語も習得済み。しっかり理解できる。…というか恭弥いないなぁ。
にしても綱吉の暗殺だなんて、可愛いイーピン相手に戦わなければならないということか。気が進まないが、主のためだから仕方ない。
「〈昨日は暗殺すべきターゲットとは知らずに助けてしまったが、今日はお前を殺す。〉…って言ってるぞ。」
『…一応訳すんだねぇ。』
「リボーン!!なにわけのわかんないこと言ってんだよ!」
『綱吉、その子は殺し屋のイーピンだよ。』
「え!うそーっ!この子ー!!!」
なにやら知っているかの様な口振りだな。…綱吉が知っているということは、セントラルが掴んだ情報をリボーンも知っていたということだね。わりと有名になってるのか?
「じゃ…じゃあこいつが人間爆弾!!?」
「そーだぞ。」
『凄い才能の持ち主、と聞いているがね。確かになかなかの殺気だ。』
「******!*******イーピン。」
「あっイーピンって言った!じゃあマジでオレを…!?」
綱吉は中国語の理解は出来ていない様だが、最後に付けられた『イーピン』だけは聞き取れたみたいだ。
イーピンはそこまで話すと、スッと餃子拳の構えをとる。…いつでも相手を気絶させられるように、私も片足を引いたとき。
「名前、」
『!リボーン、どうかしたかい?』
「あいつのこと知ってるか?」
『ああ、風の弟子だろう?』
「…あいつのターゲットはツナじゃねぇ。」
『?でも本人が…』
小声で伝えられる事実。先程の本人の言葉とは裏腹なそれに、首を傾げながら聞き返すと、それを遮るように続けて話し出される。
「本当はお前もいるべきなんだがな、万が一でも怪我はさせたくねーからな。…ヒバリは特別棟の屋上だぞ。」
『…ふふ、わかった。今日はとりあえず手を貸さないよ。』
怪我をさせたくない、そんな願いはきっとこの先叶うことはない。綱吉がボンゴレ10代目候補である限り。
でも今だけは、その願望を受け入れることができるから。今のうちは綱吉に命の危険もないようだしね。
なにより…我が友であるリボーンの頼みだ。大人しく聞いておこうじゃないか。
そんなことを考えながら、イーピンを警戒している綱吉を確認すると、踵を返して屋上から出ていった。
恭弥、遅くて怒ってるかな。
* * *
がちゃりと特別棟の屋上の扉を開く。見回すまでもなく、その中央に恭弥を発見した。
近寄ってみればどうやらお休み中らしく、寝息が聞こえてくる。葉の落ちる音で目が覚めるらしい恭弥が全く目を覚まさないのは、もちろん私が足音を消しているせいだ。そういう訓練もやらされたしねぇ。
恭弥がぐっすりらしいことを確認すると、フェンスの方によっていく。一般棟の屋上では未だイーピンの騒動が続いているらしい。
『京子ちゃんと隼人までいるじゃないか。…あ、武、』
武が屋上に入るとその手に渡る、時限が始まっていたイーピン。咄嗟に声をあげた綱吉のおかげで武の腕から投げられたそれは、見事に空高く上がり…
ドォォオン!と轟音をあげて爆発したのだった。
よかった、綱吉もみんなも無事なんだね。まあ、リボーンがいる限りは大事には至らないだろう。多分。
思わずふふ、と笑みを溢しながら振り返ると、目の前に広がる白。続いてぎゅうと抱きしめられる感覚。
その温もりと匂いは間違いなく、私の愛する恭弥のもので。
『おや…ごめんなさい、煩くて起こしてしまったでしょう?』
「…確かにうるさかったけど、爆発の前に起きてたよ。」
『?私、物音は立てなかったと思うのだけど。』
そういうと恭弥が笑った。面白いことを言ったつもりはないのになぁ。
「名前、足音は消してるけど気配は消してないでしょ?…それに、君の匂いがしたんだ。」
『…うーん?恭弥は五感だけじゃなくて第六感も鋭いのかなぁ。』
匂いで目が覚めるなんて、猫っぽい性格と反比例して犬っぽい。そして気配を察知できるくらい感覚が鋭いことにも驚きだ。
にしても寝起きなのか知らないが、恭弥の体温がいつもより少し高い。そんなぬくぬくとした体温が酷く心地よくて、思わずすりすりとすり寄ってしまう。
そうしていると、唐突に恭弥が声をあげた。
「…名前、上向いて。」
『?…どうかし、!』
「ん、」
ちゅ、と鳴るリップ音。唇に感じる恭弥の感触。
わりと恭弥の愛情表現として行われるキスは、額や頬、首が大半だった。唇にされるなんて経験は、恭弥とも、もちろん他の人間とも一度もなく。
故に見開かれたままの瞳は、同じく私を見る恭弥の優しく緩められた瞳に捕らえられてしまう。
ゆっくり離された唇はなんだか火照っている気がして、わなわなと震えるのを抑えきれない。
「…やわらかい」
『…ーっ!』
途端に燃えるように熱くなる頬。目を合わせていられなくなって、目の前にある恭弥の首筋に顔を埋める。
どくどく煩い心臓に静まれ、と思うも静かになるわけもなく。ぎゅうと更に密着すると、同じく煩い恭弥の心音を感じた。
なぜだかそれが、無性に愛しく思えてしまう。
「ふふ…ねぇ名前、もう一回だけ、」
『え、ん…』
密着していた体を離され、返答を返す前にもう一度されるキス。
返事くらい待ってくれても、とは思ったが嫌なわけがなくて。むしろ気持ちよく思えるくらいだ。
そんなことより、
「…は、」
『ふ、はぁ、』
長い…っ!
重ねて押し付けて、時々ぺろりと舐められて。思考がどこかふわふわしてきたころ、ようやく離れた恭弥。
その口角がなんだかあがっているような気がして、上がる息とともに悔しさからじわじわと瞳に涙が溜まる。やられっぱなしって本当に屈辱だ…!
「可愛い…名前。それに、とても甘い味がする。」
『、味…?どーゆー、こと?』
「…どういうこと、なんだろうね。僕もよくわからないけど、甘い気がするんだ。」
息も絶え絶えな私の背を擦りながら、どうやら理解の範疇を越えていたらしい恭弥が自分の言葉を反芻した。
味か…うーん、
『確かに甘い、気がするなぁ…でも、『初めてのキスはレモンの味』っていう言い伝えが日本にあるのでしょう?』
「そういえばそんなものもあったね。ふふ、飴でも舐めてレモン味にするかい?」
少し意地悪気な笑みを浮かべ、新しい提案をする恭弥。随分幸せそうな顔だなぁ。まぁ、きっと私もそうなんだろうけどね。
『…却下。初めての時の話だし、レモンなんかより桃がいいしね。…それに、別に味なんて後付けの必要が無いくらい、もう十分甘いんだから。』
「!それもそうだね。名前とのキスなら、例えどんなものでも愛しく感じるだろうから。」
その言葉にとくとくと鳴る心臓。私と恭弥のその音が重なって、身を寄せて近くにいるということを強く感じられる。
そうやって密着していると、何故か急に愛しさが込み上げてきて、溢れだしそうになる。この想いをどうにか伝えたくて、でもいい方法が思い付かなくて。
結局そんな私が行動にうつせたのは、
『…恭弥、好き、』
「…!」
単純だけど、何よりも想いの籠った言葉とキスを送ることだった。
それが彼を想像以上に照れさせ、たぎらせた結果、応接室に帰ってから何度もキスされたのはいうまでもない。
10 イーピン END
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