雪と夢と罪の歌

□7 体育祭 後編
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こんこん、と窓を叩く。すると中にいる男が寄ってきた。その男は躊躇いなく窓を開けると、にやにや笑って声をかけてくる。

「おー名前ちゃんさっきぶりー!オジさんに会いに来てくれたのー!?チューさせてくれー!」

『ダメだよ。…それより体操着を一着くれないかな。リボーンが死ぬ気弾を撃ってね。』

寄せてくる顔を人差し指で止めながら、要件を手短に伝えた。すると急に真面目な顔になるシャマル。

「あいよ、ちょいと待っててな。」

『ああ。…悪いね、手を煩わせて。』

「いーえー!可愛い我らが姫の願いですからー!」

シャマルはおどけてはいるが、私の要望にはいつも正確に答えてくれていた。昔から、とっても優しいんだよねぇ。

「ほら、体操着。」

『ありがとう。お礼はなにがいいかな?』

「姫の願いですから、お礼なんていただけませんよ。…って言いたいけどやっぱりチューさせてくれー!」

『却下。じゃあね、シャマル。』

「つれねーな。またいつでもどーぞー!女の子なら大歓迎ー!」

彼の言葉を背中に受けながら、笑みを溢し綱吉のもとに向かう。本当に、変わらないんだから。


『はい、綱吉。』

「あ、ありがとう名前!」

綱吉が服を着ているのを横目にグラウンドを見れば、未だ乱闘が繰り広げられている。そして時々爆発するダイナマイトらしきもの。…はしゃぎすぎだよ。

「いったぁ…」

『着れたかな?…傷、これは酷いね。』

衣擦れの代わりに聞こえてきた綱吉の泣きそうな声。振り向いてみれば至るところにある傷痕。…よし、

『綱吉、目をつむって。…大丈夫、痛いことはしないから。』

「う、うん…」

綱吉が目をつむったのを確認すると、服のなかで胸元にぶら下がっている"それ"に触れた。

リングはハーフだから力が弱いし…これも私には呪いがないしね。体力は奪われるけど。
そう思いながらも、胸元のそれに意識を集中させた。すると灯る白い炎。…私の、炎。
それをゆっくり手のひらに伝達し、それーーおしゃぶりを離す。手のひらに灯ったままの炎を、体の中心である綱吉の心臓部に宛がった。その炎は浸透するかのように綱吉の体に入ると、緩やかに『侵食』を始める。
傷の中にある雑菌を侵食し殺す。細胞のなかに侵食し分裂を促す。

そうしていればいつの間にか大きな傷たちは消え、残った小さな傷ももうじき消えるだろう。

『…うん、もういいよ。』

「いったい何が、って傷が消えてるー!?」

本当になにしたのー!?と叫ぶ綱吉をくすくすと笑ったまま見ている。何か言い訳しないとなぁ。

『手品だよ、大丈夫。』

「なにが大丈夫なのー!?」

うわー!といよいよ混乱している綱吉にもう一度声をかけようとすると、私の腰に巻き付く腕。見れば黒い服、白い腕、そして感じる背中の温もり。

『おや、恭弥。』

「へ?ひっヒバリさん!」

「…名前、帰るよ。」

『ん?…まあこの騒ぎなら閉祭式もないか。』

そういうと少しだけ腕の力が強まった。そういえば若干不機嫌だったんだよねぇ。

『じゃあ綱吉、私は帰るよ。治ってはきているけどちゃんと消毒なさい。』

「う、うん。ばいばい!」

恭弥を後ろに引っ付けたまま手を振り、その場を離れる。綱吉、恭弥のこの体勢にすごくびっくりしてたなぁ…というかちょっと歩きにくい。


幾分かグラウンドを離れると、とんとんと恭弥の腕を叩いて離れさせる。振り向けばムッスーとむくれた可愛い顔。

『恭弥、どうしたんだい?…それと浮気者ってどういうこと。』

「…名前、あの草食動物ばかり気にしてた。僕の応援、してくれなかった。…頭も撫でてた…」

『それは、』

むくれていたのが一変、寂しそうな顔になる。説明しようと口を開くも、彼のその表情を見て思考が上手く巡らない。

「ごめんね。でもこんな風に人を愛したことなんて今までなかったから、どうしていいか分からないんだ。名前には僕だけ見ていてほしいし、笑い掛けるのは僕だけであってほしい。」

『恭弥…』

「でも、そんなこと無理だってちゃんと理解してる。理解はしてるけど、やっぱり他の男に触れてる名前を見るのは嫌なんだ。ねぇ、これっておかしい?我が儘なのかな?」

早口で伝えられる恭弥の言葉。彼自身、私と同じようにこの感情を持て余しているらしい。私はそれでも上手くコントロール出来るけど、彼は実直だからそれができないんだ。
そう思うと、彼の言葉が可愛らしく思えて仕方なくなって。

『おかしくないよ、我が儘でもない。…だって恭弥はただ、ヤキモチを妬いただけだろう?そんなに私を独占したいくらい、私が好きってことなんだから。』

「…っ」

『…確かに世間一般でいえば少し重い感情かもしれないけれど、私はそれがとても嬉しい。だって恭弥のことが、こんなに好きだから。』

そういうと晴れる彼の顔。嬉しそうに笑ったあと抱き締められ、「僕も好き、」と耳元で囁かれた。
その後しばらくそうしていたが、やがてどちらともなく離れると、二人で帰るために一先ず応接室へと歩きだした。


そんな私たちを見守っている、小さい影があったとは知らず。


7 体育祭 後編 END

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