雪と夢と罪の歌

□7 体育祭 後編
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雲雀 SIDE

膝の上に向い合わせでのる、先ほど想いが通じあった恋人。僕の可愛い名前。
ぎゅうっと座りながら抱き締めると、頭上からくすくすと笑い声が聞こえてきた。

『こーら、そうしていたらお弁当が食べられないだろう?』

「ん。あー…」

何故この体勢かというと、僕が「お昼休み中くらいくっついてたい」と懇願した結果、膝の上にのって"あーん"が一番(僕の欲求的にも)いいと判明したからだ。
所謂バカップルのような光景だが、それを見て咎めるものもここにはいないので問題ない。というか文句があるやつは咬み殺す。
この際少し行儀が悪いことは目をつむるよ。

「…やっぱり美味しい。」

『ふふ、それは良かった。…はい、あーん、』

何より『あーん』と言う名前が可愛すぎる。…今すぐその赤い唇に咬みついてしまいたい。

そういえば彼女の話し方、変えたんだよね。
草食動物を呼ぶとき、インタビューに答えるとき、…僕を、宥めたとき。名前の口調が普段僕と話すときと違って。先ほど抱き締めながら問い詰めたところ、『恭弥は年上だと思ったから』と答えられた。「年上でも恋人でしょ?」と言ってしまえば、彼女は恥ずかしがりながらも敬語をやめることを了承してくれた。

「…名前、箸貸して?」

『?はい。』

「口、開けなよ。…あーん」

『!あー…』

やるのとやられるのでは心持ちが違うのか、ひどく照れた様子の名前。
二人で一つの弁当をつついているせいで消費がはやい。ちなみに今食べてるのは本来僕の弁当。先ほどまで食べてたのは名前の弁当だった。どちらも微妙に中身が違って、飽きることなく楽しめる。
こくり、と僕が入れたハンバーグを飲み込んだ名前の口の端に少しついたソース。もうやれと言われている気にしかならない。
名前の首裏に箸を持っていない方の手を添えて優しく引き寄せる。近づく顔にぺろっとそこを舐めたあと、リップ音をたてて顔を離した。

『…!?な、また…!』

「ふふ、照れているのかい?…可愛らしいな。」

『ーっ…!!』

もう限界、というくらい赤くなった彼女が僕の肩口に顔を埋める。首に僅かに触れた頬がひどく熱くなっていて。

『残りは恭弥が食べてくれっ…!』

「ふふ、うん、いただこうかな。」

きゅうと僕に抱きつくと、持っていた弁当を渡される。顔をあげることはないけれど、おおよそどんな表情をしているかは想像できた。


さっさと弁当を食べ終え、抱きついている名前の頭を撫でる。すると少しだけすり寄ってさらに密着する体。…本当に、どうにかしてしまいたいくらい可愛いよ。

『リボーンの言っていた肉食獣とは恭弥のことだったんだねぇ…』

「…肉食獣?」

僕の問いにこくんと頷いた名前は、顔を上げて思い出しながらといったように口を開く。

『「肉食獣の空腹は最高潮だ」と言われてね。なんのことかと思っていたんだけれど、恭弥のことだと思えば納得がいくな。』

「…へぇ。」

あの赤ん坊、よくわかってるじゃないか。というか名前は彼とも知り合いだったんだね。
それにしても…

「肉食獣か…ねえ名前、僕お腹空いてるんだ。」

『ん、お弁当が足りなかったかい?』

「いや、もう満足したよ。」

『?じゃあ、』

不思議そうな顔をしている名前。ああ、その頬が赤く染まってくれると考えただけで…なんだか幸せを感じる。

「今度は、名前を食べたいな。」

『…?』

「…こういうことだよ。」

両の掌を髪に絡ませながら彼女の頬にあてがう。そしてそのままゆっくりと顔を近づけはじめた。…抵抗さえすれば逃げられる力で、彼女の顔を固定しながら。
拒否されるかな。まあ、それならまた時間を置けばいい。名前が僕を好きと言ってくれる限り、きっといくらでも待てるから。

そんな予想とは反して、彼女は動こうとはしない。なにをされそうになっているのかもちゃんと理解して、それでいて受け入れようとしてくれてるんだ。
その証拠に、少しずつ赤く染まる頬と涙がたまって煌めいている瞳は恥ずかしさを湛えているものの、嫌悪感は微塵も感じない。
ふと嬉しさが沸き上がってきて、ゆっくり口角があがってしまう。唇に名前の吐息が懸かって、なんだかとてもくすぐったかった。

唇が触れるまで、あと、

「〈おまたせしました。棒倒しの審議の結果が出ました。各代表の話し合いによりーーーー〉」

1センチ、というところで掛かった放送。聞けばA組対B・C組合同チームらしい。
その放送を聞いた眼前の名前の顔が曇る。まったく、とんだ邪魔が入ったね。

「…楽しみは取っておこうか。なにかあったのかい?」

触れそうになっていた顔を離し、そう問う。名前は顔が赤いまま目を伏せると、心配気な声色で話し出した。

『綱吉が…A組の総大将でね。きっと今頃泣いてしまっていると思うんだ。』

こんなことになるくらいならちゃんと止めておけばよかった、なんて後悔したように笑む名前。彼女が悲しむのは見たくないが、いかんせん他の男についての悩みだからね。少し腹立たしい。

「…とりあえずグラウンドに行こうか。」

こくりと頷く名前。彼女のためにも少し遠い生徒玄関に歩き出そうとしたのだけど、彼女は窓の方を向いている。

『…こっちからの方がはやいかなぁ。』

「え?」

そういって窓枠に足を掛けた名前は、申し訳なさげにこちらを振り向いた。

『ごめんよ恭弥。先に行く、ねっ!』

言い切ると同時に応接室の窓から飛び降りる。…飛び降りる!?

「名前っ!!」

駆け寄って下を見れば、生徒玄関の方に走っていく姿が見えた。靴をとりに行くんだろう。…はあ、

「心配かけさせないでよ…」

そうは言いながらも、身体能力が高いんだねと思わず感心してしまっていた。

「…僕も職員玄関にいこうか。」

呟いてから、いつもより幾分か早足で職員玄関へ歩きだした。

* * *

はやく、はやく…!

『綱吉!!』

「ぁ、名前ちゃん!どうしよう…!」

『泣かないで、綱吉。…ああ、昨日止めておけばよかった、』

予想通り、じわじわと涙を溜めていた綱吉。その後ろではもはや準備がほぼ終えられている。きっともうすぐ始まるのだろう。

「絶対怪我する…!もーやだー!」

『綱吉…、やりたくないなら、やらなくてもいいんだよ。』

「え!?」

『君がやりたくないならやらなくていい。
でも、たとえ少しでも周りの期待に応えたいと思うなら、やってみるのもいいんじゃないかな?』

そういうと表情を曇らせた。きっと今、逃げるかやるかで悩んでるんだろう。まあ私なら、

『やらずに後悔より、やって後悔した方がいい経験にはなると思うけどねぇ。無理強いはしないよ。』

「名前ちゃん…、…やって、みようかな。きっとこんな機会、もうないだろうし。」

『…そう。』

まだ少し恐々としているが、しっかり決意はしたようだ。

『頑張って、応援しているよ。』

「!うん!」

そういって頭を撫でてあげれば嬉しそうな顔をして棒のところにいった我が主。こちらは大丈夫だね。

あちらも揉めてるなぁ。決まらないんだろう、総大将。
と思っていたら急にざわついたB・C組選手。おや、今誰かが登っている、って恭弥…!?
学ランをはためかせ不敵な笑みを浮かべた彼が、棒の上に鎮座していた。

ふとこちらを見た恭弥と目があう。おや、また何か不機嫌?
そう不思議に思ってみていると、彼の口がぱくぱくと動く。え、「ばか、うわきもの」?…いつ私が浮気したって?せっかく思いが通じたばかりなのにそんな下種な行為をするわけなかろう?
意味がわからないと見つめ返せば、ふいっと顔を逸らされた。これはあとでご機嫌取りだねぇ。

「それでは棒倒しを開始します。位置についてください!」

「ひーっ!こんなに数がちがうのー!!!!」

綱吉の叫び声と、京子ちゃんやハルちゃんの応援する声が聞こえてきた。綱吉…頑張って…!


「用意…開始!!!」

そう言って始まった棒倒し。序盤から乱戦状態だ。不味いねぇ、数に差が有りすぎ、かな。
綱吉の方の棒には何人も人が登っている。あ、綱吉が蹴られた…!

というかあれじゃ、落ちる…!

そうして綱吉が宙に放り投げられたとき、どこからか聞こえてきた銃声。彼の額から飛び散る血液。…死ぬ気弾、リボーンだね。銃声も彼の愛銃のものだったし。
綱吉は空中復活を果たしたあと、人の上をぴょんぴょん飛んでいる。…もはや棒倒しではないような…
果てには武、熱血先輩、獄寺隼人の作った騎馬で突進している。ううむ、そのメンツはまずいと思うなぁ。

刹那、予想通り崩れた騎馬と静まり還る会場。…ヤバイ予感。

このままだと綱吉が危ないと判断した私は急いでジャージの上を頭に被り、男の群れに入っていく。
その中心に傷だらけの綱吉を見つけ抱えると、もはや乱闘に夢中で気づいていない連中の間をすり抜けてそこから抜け出した。


そうして校舎の近くまで行くと、傷だらけの綱吉をそっと下ろす。

『大丈夫?、じゃないか。』

「うう…いたい…」

『…うん、よく頑張ったね綱吉。』

誉めると嬉しそうに笑う。でも傷が痛々しすぎるなぁ、体育祭が最悪の思い出にはなってほしくないし。

『とりあえずは服だね。…綱吉、このジャージ頭に被っておいて。』

「う、うん。」

綱吉がジャージを被ったのを確認すると、ある教室の窓を探す。確かグラウンド側だったと思うんだけど…、あった。
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