雪と夢と罪の歌
□7 体育祭 後編
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渡されるタオルやらスポドリやらを一つ一つ丁寧に断りながら、少しずつ本部のテントに近づいていく。
この髪型のまま恭弥のもとに行くのは至極恥ずかしいが、結んでくれた花ちゃんが「お風呂入るまで外さないでね。」といってきたので結んだままだ。
本部に近づくにつれ、女の子達が何かを理解した顔をして少しずつ自分の席にもどっていく。本部、何かあったかな?
「お疲れ、名前。」
『…ありがとうございます。』
「あった」じゃない、「いた」んだったね。本当、みんな恭弥のどこが怖いのかなぁ。謎だよ。
「次は選手リレーでしょ?ちゃんと休んでから行きなよ。」
『ふふ、はい。そうしますね。』
どこか兄のようなセリフを紡いだ彼に思わず笑みが零れる。心配されてるみたいだ。
なんだかとても嬉しくなって、上機嫌のまま彼の隣に腰かけた。選手リレーはあと2種目先。
あのあと、きっちり選手リレーも一位をいただいた。選手リレーは選抜された生徒しか走らないものの、A組は比較的良好な生徒ばかりだったので特にアクシデントもなく。強いて言うなら一度抜かされたがその後もちろん抜き返し、さらっと終わったのだ。
そして今は午前最後の競技、障害物競走。午後は棒倒ししかないので、実質最後の競技だ。
この障害物競走、実は借り物競走でもあるらしい。障害物を越えたあと最後にくじを引いて物を決めるのだと説明された。…少し楽しみだ。
この時はまだ、この競技が彼…恭弥の短くなっていた導火線を焼ききることになるなど、想像もつかなかった。
* * *
着々と終わっていく障害物競走。私は最後の組なので、あと少しだ。
にしても、なかなかお題がエグいねぇ。「好きな人」「校長のかつら」「だれかの下着」…とてもクリア出来ない物ばかりだ。特に最後。
クリア出来ない場合はなんと、コースをもう一周回ってゴールしなければならないらしい。それは許されない。負けられない。
勝利は絶対。敗北は死を意味する。...私はずっと、そうやって生きてきたんだから。
そこまで考えてはっと我に帰る。…違う、これはただの学校行事。命なんてかかってない。
誰も私を、殺せはしない。だからといってやっぱり負けたくないから。
「次の組の人達、準備してくださーい」
死ぬ気でお題に答えようか。
「位置について、よーい…どん!」
そうして始まった障害物競走。序盤は平均台や跳び箱などの簡単なものなので難なく終了。その後も縄跳びや縄潜りなど単純だった。…数学の問題が置いてあったときはびっくりしたけど、頭脳は自信あるんだよねぇ、結構。
いよいよ最後の借り物。くじの箱に手を入れればかなりの枚数の紙。…だれが考えているのかな、このエグいお題は。
そんなことを考えながらも紙を選び、ぺらりと開いた。
刹那、ピシッと固まる体。そして一番に浮かんだ彼の顔。それらをすべて振り切って、もう一人の"彼"のもとに走りだした。
『、綱吉!』
「え、どうしたの名前ちゃん?」
『頼む、一緒に来てくれ!』
「お、オレ!?その紙なにかかれてんのー!?」
叫びながらもこちらにきた綱吉の腕を引き、走り出す。後ろから武と熱血先輩の応援と、獄寺隼人の怒鳴り声が聞こえてくるが、ひたすら走った。
見ればゴール40Mほど前に女の子の姿。くじは持っているが借り物はないので、恐らく身辺のもので代用できる内容だったんだろうな。
そうは思いながらも焦りを感じる。幸いあの女の子は足がはやくはないから追い越せるだろう。私一人ならば。だけど今は綱吉がいるから、ちょっと怪しいラインだな。
仕方ない、綱吉には悪いけどあれをやろう。
『綱吉!』
「はっ、はっ…な、に…!?」
『ごめん、舌噛むなよ!』
息も絶え絶えな綱吉を両手に抱える。謂わばお姫様抱っこ。あ、綱吉固まった。
「「「「きゃー!!羨ましいー!!」」」」
『はっ、あ!』
女の子達の叫び声を聞きながら前にいた女の子を追い越し、最後の一息でゴールした。
そのあとも続々とゴールしてくる。ふぅ、どきどきしたなぁ。
「名前ちゃん!!お、降ろして!!」
『ん?ああ、ごめんよ、大丈夫だったかい?』
「な、なんとか。(心臓は死ぬほどどきどきしてるけど!)」
赤面していた綱吉が可哀想になり、そっと地面におろした。そんなに恥ずかしかったんだね。悪いことしたかな。
最後の一人が無事ゴールすると、司会役であろう男子生徒がよってきた。
「<では、全員無事にゴールしたので、順番にお題を聞いていきたいと思いまーす!>」
『…え、お題?』
「名前ちゃん、もしかして聞いてなかったの!?これは終わったあとお題を聞かれる通称『公開処刑レース』なんだよ!」
『うーん、まあいいか。はい、お題。読んでよ。』
そういってお題の紙を司会に渡す。自分で読むより恥ずかしくないでしょう。お題を見た司会が、顔を喜色に彩った。
「<多くの女性陣に騒がれていた名前様!衝撃のお題はなんと!
『大切な人』!!>」
会場中で悲鳴が上がる。そんな叫ばれるくらい変ではないと思うのだけど。
司会は興奮醒めぬ様子でインタビューを続けた。
「<その方を選んだ理由をお聞きしても!?>」
『そうだね…こっちに来て一番初めにできた友人、だからかな。』
「<なるほど、確かにそれは大切ですね!お答えいただきありがとうございました!>」
そうして終わるインタビュー。人に囲まれるまえに、と綱吉の手を引いてその場から離れた。
「あ、あの、名前ちゃん-!」
『どうかしたかい?綱吉。』
「えっと…ありがとう、オレをこのお題に選んでくれて。すごい嬉しい…」
私に手を引かれたままふわふわと笑う綱吉。…可愛い。
少し頬が赤くなっていて、照れてくれてるのかなと微笑ましく感じた。そんな空気の中に飛び込んできた飛び蹴り。いわずもがな、リボーンだ。
「顔赤くしてんじゃねーぞダメツナ。よくやったな、名前。…だが気を付けろよ、肉食獣の空腹は最高潮だ。」
『…肉食獣?』
「いいから戻れ。本部テントにヒバリを待たせてんだろ?」
『ああ、じゃあ戻るよ。綱吉、棒倒し頑張って。』
「う、うん…!」
最後にぽふぽふと頭を撫でると、本部テントに向かって歩き出した。
「上手くいけよ…名前の幸せの為に。」
* * *
本部に戻れば、俯いて表情のわからない恭弥。
『…?』
今までなら帰ってくれば「お疲れ」と言ってくれた。それがないということは、もしや寝てる?
『きょ、!!』
うや、そう声をかけようとしたとたん、すごい力で手首を掴まれ、引っ張られる。
もう一度、名前を呼ぼうという気にもなれない。そのくらい、彼から今までにないような、そんな強い怒気を感じたから。
ばたり、閉じられた応接室の扉。続いて聞こえてくる施錠した音。
上靴を履く余裕もないまま連れてこられたので、今は靴下だけの状態だ。
それにしても、本当にすごい怒気。恐ろしいくらいの怒り、苛立ちを感じる。
ゆっくりと私を捉える彼の濁り、淀んだ瞳。ぞくりと冷や汗が背中に流れた。いつもと、全然違う…
「…ねぇ、違った…?」
『え…?』
「こんなに大切で…好きって思ってたのは、僕だけだったの?」
『なに、いって、』
問おうとする声を遮るように、彼が荒んだ言葉を紡ぎ続ける。
「だってそうだろう?僕はこんなに名前のことばかり考えて頭が一杯なのに、君はあんな草食動物が大切だっていうんだから…!僕から離れて、あいつを好きになるんだろう…!?」
ぎり、と歯を食い縛る音が聞こえてきた。何か言わなければいけないのに、言葉に詰まって口を開けない。
「そんなの許さない…!絶対離してなんかやらない!ねぇ、僕を好きになってよ…!どうして…こんなに僕は、
君が好きなのに…!!」
そこまで言うと、痛いくらいに抱き締められる。ぎゅうぎゅうと締め付けてくる腕に、彼の苦悩が感じられて。
『……恭弥、ねえ、恭弥。』
「いやだ…聞きたくない…!!」
『恭弥、恭弥、聞いて恭弥。』
出来るだけたくさん名前を呼ぶ。千切れそうな糸を繋ぎ治していくように。
こんな恭弥が錯乱しているような時には気づきたくなかったんだけどなぁ。でも、ずっと持ってた気持ちだもの。いつ伝えるかだって私の自由でしょう?
『ねえ恭弥、…好き、』
「!偽りなんて要らない!僕は…!」
『恭弥、愛しい恭弥、私の目を見て。嘘なんてついていないよ。恭弥、あなたが好き、好きなの。』
何度も名前を呼んで、何度も愛を囁く。そうすると今まで以上にゆらゆら揺れる、未だ濁った彼の瞳。
『気づくのが遅れてしまったね。恭弥はこんなに私を好きでいてくれたのに、遅くなってしまった。けれどこの気持ちに嘘はないよ。…好き、恭弥。』
「…ほんとうに…?」
『ええ。…好きだよ、恭弥。』
「っ僕も、好き、名前…!!」
先ほどまでとは違い優しく、でも確かな手付きで抱き締められた。自覚するとなぜか今まで以上に、こんな単純な行為でも胸が熱く、煩くなって。
手つきが優しくなったことで動かせる腕を、しっかりと背中に回す。彼の瞳の濁り、淀みがここにきてやっと引いてくれた。とりあえずは安心、かなぁ。
お腹が空いているけれど、もうしばらくはこのまま、恭弥と触れあっていたかった。