雪と夢と罪の歌
□9 保育係
1ページ/3ページ
「名前、それとって。」
『ん、はい。』
「ありがとう。」
モレッティ君の件以降、凪とのお泊まり以外特に何もなく時間が過ぎた。あくまで私の話だが。綱吉はあの後もそれなりにリボーンの問題に振り回され、平凡とは言い難い日々を送っていたけれどねぇ。
私もぜひ混ざりたかったのだが、その度に図ったかの様に恭弥からのお誘いがあって参加出来なかったのだ。
毒さそりやボヴィーノの小僧に会いたかったりしたのだけど、当然恭弥の誘いを私が断る訳もなく。
彼が誘う理由の大半は、単純にくっついていちゃらぶすることなんだよね。嬉しいけれどさ。
「…疲れた。」
『ふふ、はいはい。』
ちらりとこちらを見やりながら呟かれる言葉。彼のあれは『膝枕して』という合図だったりする。
「…やっぱり気持ちいい。家より安眠できるよ。」
『あら、褒められてるの?』
「うん。名前といると落ち着く…」
思わず赤面してしまうような一言。無意識なのか意識的なのかは知らないけれど、やはり恭弥は口が達者だ。褒められて嫌な気はしないがね。
そして赤くなった頬に恭弥の手が伸びてきたとき、それは突然鳴り響いた。
件のドラゴンクエストのテーマソング。つまりは携帯…リボーンかな。
以前まではもちろん、学校に携帯を持ってくるなどいけないことだと思い、持ってきていなかったのだが…恭弥に連絡先を教えて以降、彼からの連絡を常に受け取れるよう持ってきているのだ。並中が携帯を持ち込み可能な学校だと知ったのはその時なんだよねぇ。
そんなことを頭の中で考えつつも、膝に頭を乗せている恭弥にもう一度視線を向ける。
こくりと頷いたのをみて携帯を手に取った。
『…もしもし?何かあったかい?』
「《これからランボの保育係を決めるぞ。ファミリーは強制参加だ。》」
『ランボ?…ああ、ボヴィーノの小僧だね。』
「!」
「《ああ、もうすぐツナ達が来るからお前も来いよ。…ヒバリは近くにいんのか?》」
『ん?いる、よ…っ!?』
言葉が途中で切れる。理由はただ一つ、上体を起こした恭弥が、私の首筋に唇を寄せてきたからだ。
ちゅ、と軽い音をたてられたそれは、その後も幾度となく続けられるせいで所々声が跳ねてしまいそうになる。
「《…みてーだな。来られそうか?》」
なるほど、リボーンが恭弥がいるか聞いてきたのは私が引き留められるのを危惧してだったのか。
『っ、ちょっと遅れるかもしれないな…!途中からでも必ず行くよ、場所はっ?』
「ん、」
「《裏庭だぞ。あんまいちゃいちゃすんなよ、茶化しに行きたくなるからな。》」
『肝に命じておくよっ、というか私は悪くないだろう!?』
「《…幸せそうで何よりだ。》」
『話をそらすなっ…!』
ぷつっと切られた電話。最後に小さく笑いを溢していたので、恐らくはどのみち茶化しに来る気なんだろうな…
にしても、
『恭弥っ、くすぐったい…!』
電話を切っても未だ寄せられ続ける恭弥の顔。軽くキスしたりぺろりと舐めたりと、彼の思うがままにされ続けている。
瞬間悟った。…このままだと確実に行くことが出来ないと。
『きょっ、恭弥!私リボーンに呼ばれて、』
「だれ?」
『っえ?』
「…ランボってだれなの?」
急に口付けるのをやめると、ムッスーと不機嫌顔をした恭弥が私の顔を下から覗きこんできた。その瞳にうっすらと見える嫉妬の焔。…ああ、そういうこと。
『恭弥、ランボは綱吉の家に居候している5歳児だよ。』
「5歳児…?子どもなの?」
『ええ、子ども。ちょっと我が儘だっていう話をよく聞くかな。』
「…そう。でも男であることに変わりはないよね。」
きょとんと恭弥を見返すと、彼は意地悪そうに微笑んで再度顔を私の首筋に埋めた。
「僕の名前、好きだよ。…愛してる、」
『ん…っ!』
言い終わると同時に強く吸い付かれ、チクリと傷みが走る。それを2、3回続けてされると、満足気に顔を離した。
「ふふ、すぐに真っ赤になってくれるね…可愛い子。」
『〜っもう!恭弥のあんぽんたん!』
はっとする私と、きょとんとする恭弥。一拍遅れて吹き出した恭弥に私の顔が熱くなる。
「、あんぽんたん…っ」
『わ、笑わないで!』
くすくすと笑い続ける恭弥が憎らしい。しかもよしよし頭を撫でてくるせいで余計に腹立たしい。…まあ、好きなのだけど。
堪えきれないといった様子で笑い続けていた恭弥が、喉を鳴らしながら口を開く。
「ほら、いっておいで。それが有る限り誰も手は出せないだろうしね。」
『それ…?』
首を傾げるも、彼は意味深に微笑んだままなので聞くことを諦めた。そのまま扉に向かおうとする私の腕を掴んだ恭弥は、くいっと掴んだ腕に力をこめて私を引っ張る。そして、
『!』
「…出来るだけはやく帰ってきてね。」
頬に軽くキスを落とされた。
赤くなっていく頬。もう恥ずかしすぎて駆け出したかったが、やられたらやりかえすハンムラビ法典の要領で一つ彼の額にキスを落とす。
恭弥の頬も赤くなったのを横目で確認すると、『いってきます!』と言葉を紡いで応接室を出た。
* * *
「たとえツナさんでも、ランボちゃんをいじめたらハルが許しません!!」
『…どういう状況だい?』
裏庭にたどり着けば広がる光景。大泣きのボヴィーノの小僧を抱えているハルちゃん。焦っている武。傍観している綱吉と隼人。
そして私の肩に乗ってきたリボーン。
「やっときたか、名前。…随分引き留められてたみてーだな。ヒバリの近くで他の男の名前を出すのは勧めねーぞ。」
『そうだねぇ、でも体勢的に仕方なかったんだ。膝枕をしていてね。』
「…ふっ、やっぱヒバリもおめーの魅力には敵わねーみてーだな。首、あとで鏡見といた方がいいぞ。」
『…?』
ニヒルに笑ったリボーンが私の首筋をぺしぺしと優しく叩く。なにかあるのか?
そして、そこまで話してようやく私に気づいたらしい綱吉と隼人。どちらも私の顔を見て酷く驚いた様子だった。
「名前ちゃん、来られたんだ…!」
「ヒバリの野郎に捕まってるんじゃないか、って10代目と話してたんだぜ。」
『…ああ、まあギリギリではあったけどねぇ。彼だっていつも私を引き留める訳じゃないよ。』
「「(それはない。100%引き留める…!)」」
私の返答になにやら考え込んでいる様子の二人は、大層微妙な顔をしてこちらを見ている。変なことは言ってないけどなぁ。
それと隼人、私への当たりが若干柔らかくなったでしょう?セントラル団長だ、という事実を知ったあの日以降、少しだけ普通に話してくれるようになったのだ。
隼人は「オレはお前を尊敬はしているが敬うつもりはねー。今まで通りやってくからな。」といい、その宣言通り特にこれといって特別扱いをしなかった。だから私もそれに嬉しさを感じ、友でありたい、そして友であるために名前を呼んでほしいと頼んだのだ。彼はそれをわりと快諾してくれた。…ツンデレさんだったんだねぇ。
そんな思考の渦から私たち三人を引き戻すかのように、リボーンが声をあげた。
「名前を除けば、あいつが一番保育係に向いてるな。」
私も保育係の候補なの?なんて思いつつも、我に帰った綱吉が口を開いたのでとりあえず保留。あとで分かるだろう。
「確かに、言えてる…」
『子ども好きそうだからね。』
「じゃあ奴が右腕…?」
思わずぽかん、と隼人を見る。そんな話だったのかい、これは。ならば私にはそこまで関係ないだろうに。
そして、ボヴィーノの小僧の泣き声以外が聞こえぬ静まり返った空間になったとき、突如としてがちゃりと金属音が響く。
「はひ?」
「げっ、10年バズーカ!!」
ボヴィーノの小僧が抱えているバズーカ。綱吉が叫んだ名前からして、ボヴィーノの秘宝・10年バズーカ…10年後の自分と入れ替わることができるという逸品だろう。実在していたのか…
ドガァン!と炸裂した大型砲。もくもくと上がる煙が晴れてくると見える人影。刹那聞こえてきたのは、ハルちゃんの小さな悲鳴と誰かの呻き声。同時にものすごく痛そうな音も聞こえてきた。
「やれやれ…なぜいつも10年前にくると痛いのだろう…」
『おや』
「はひー!誰ですかー!!?」
「そっか、ハルと名前ちゃんが大人ランボに会うのは初めてなんだ…」
『私はそもそも、ボヴィーノの小僧と会うのが初めてだからね。』
そして、ようやく立ち直ったであろう10年後のボヴィーノの小僧がハルちゃんに話しかけている。…ハルちゃん顔赤くないか?
「キャアアア!エロ!ヘンタイ!!」
「!?」
「え!?」
『うーん…』
パァン!といい音で叩かれるボヴィーノの小僧の頬。叩かれた本人も何がなんだか、といった様子だ。
「胸のボタンしめないと、ワイセツ罪でつーほーしますよ!!」
「こ、これはファッションで…」
「何か全体的にエロイ!!!」
『ふふ、ハルちゃん…やはり面白い子だ。』
「!若き親愛なる名前さん!ああ、お会いしたかった!この時代でもその美しさは、」
「ハル、わかるぞ!」
ボヴィーノの小僧が私になにやら話しかけていたとき、隼人がそれを遮るような声量で話し出す。聞いてあげなよ、ボヴィーノの小僧の話を…
にしても彼の今の様子でいくと、そんなに頻繁に私に会える状況じゃないってことなのか?…不仲な訳ではないことを祈ろう。
そして隼人は、未だにボヴィーノの小僧を貶し続けている。
「おめーは鼻輪が似合ってるんだよ、アホ牛!!」
「ええ!」
『酷いこというねぇ、ふふ…』
笑っている隼人とショックを受けているボヴィーノの小僧。そしてその様子を見た綱吉までなにやらショックを受けている。おおよそ隼人の物言いに突っ込みを入れているのだろう。
「オ…オレ…失礼します…」
「おー帰れ帰れ!」
「ちょっ獄寺くん!」
フラフラと歩きながら「ガ・マ・ン…」と呟いているボヴィーノの小僧。些か可哀想だな、声をかけるべきか?
「大人ランボっていつもみじめだな…」と綱吉が呟いているのを聞く限り、どうやらあれが彼の通常運転らしい。