雪と夢と罪の歌

□7 体育祭 後編
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『ふぁー…』

現在時刻、5時半。今日は恭弥のお弁当もあるのでいつもより早起きだ。
とはいえ昨日は凪との電話のあと、時間で言えば9時頃に眠ったのでそこまで眠気はない。
昨日予め下拵えをしておいた材料達を見回して、作業を開始した。

* * *

こんこん、ドアをノックすると「いるよ。」の返答。編入三日目にしてもはやその返答になれてしまい、違和感を感じなくなっていた。
がちゃりと開けば同じようにソファーに座っている恭弥。…彼は競技に出ず本部にいるらしい。体育祭の警護は全て風紀委員に任せられているから、恭弥は会場の見張りという役割が一応あるんだと言っていた。まあ、きっとそれも下っぱにやらせるんだろうなぁ。

『おはようございます。』

「おはよう。今日はちゃんと起きてるんだね。」

『…私だって毎朝あんなに眠いわけじゃないです。』

どこかからかうような声色で紡がれた言葉にむっとしかけるが、寸でのところで思い止まった。
だって今日は楽しい日だもの。こんな日までむくれたくはない。

「ふふ、知ってるよ。…お弁当、作ってきてくれた?」

『ええ、ちゃんと作ってきましたよ。味の保証はしませんが。』

「大丈夫、名前の作ったものならたとえ毒入りだったとしても食べられるからね。」

おどけて返したはずが、随分な変化球で投げ返されたなぁ。恭弥に褒められると、なんだか胸が締め付けられるんだよね。これってなんなんだろう。

「さぁ、荷物はここに置いてグラウンドに行こうか。」

『…はい、そうしましょう。』

とりあえず気にしないことにして、お弁当の入ったかばんを机に置いてから応接室を出た。




生徒玄関にて、ふと視界に入ったふわふわの茶髪。…綱吉、何だかふらふらしてないか?顔も少し赤い。まさか、熱でもあるの?

放ってはおけない、と恭弥に先にグラウンドに行っててくれと頼むと小走りで綱吉に近付いた。

私と話している綱吉のことを、目を細めた恭弥が見ていたとは知らず。

『やっぱり熱だったんだね。保健室に行くんだろう?付き合うから。』

「あ、ありがとう、名前ちゃん!」

そうして向かった保健室にいる人物を、この時点ではまだ知らなかった。

* * *

入った瞬間、なんとなく見覚えのある男だと思った。

「失礼しまーす…すいません…カゼひいて、あの…熱があるみたいで…」

「カゼぐらいで休ませねーよ。」

「はあ!?」

『…』

「つーか、男に貸すベッドはねーんだ。」

そうしてこの物言い。ぼんやりと浮かび上がってきた、その人物の顔。

「女性はいつでも歓迎だけどな。」

振り返った顔が、私の記憶と重なって。

「Dr.シャマル!!なっなんであんたがここに!?(名前ちゃんが危ない!)」

綱吉が呼んだ名前にも、懐かしさを感じた。

「ちっと夜遊びしすぎてオケラになっちまってな。したらここで養護教諭募集してっだろ?…!」

突如何かに反応したシャマル。よく聞けば外から女の子達の騒ぐ声が聞こえてきていた。そして唐突に窓を開ける。

「オジさんにチューさせてくれーっ!…わかったらとっととけーれ!そっちの赤髪のお嬢さんは残ってねー!」

「うそー!(やっぱり名前ちゃん狙われてるー!?)」

『ふふ…』

「名前ちゃん?どうしたの…?」

「!…名前だと?」

まさか、という表情で振り返ったシャマル。その顔がなんだか間抜けて見えて。

『おまえは変わらないねぇ、シャマル。』

「…これはこれは…」

急に真面目な顔つきになったシャマルは、窓を閉めると私の一歩半手前で跪く。そうしたのを確認したあとそっと手を差し出せば、手の甲に口付けられた。

「先ほどのご無礼をお許しください。我らが姫よ。」

『…顔をお上げなさい、我が騎士よ。』

「はい。」

「…え?え?」

横でわたわたしている綱吉には申し訳ないが、これも一つの儀。神聖なものだからね。途中で意識を反らせないんだ。

『私はこの学舎の一生徒。できれば昔のように気兼ねなく接してほしい。』

「御意。…すべては貴女の意のままに。
ってーわけで…チューさせてくれー!」

途中までは物凄く真面目だったのに、一度許せばこうなるんだよねぇ…まあ、シャマルはこっちの方がいいんだけど。
キスしてきそうになったシャマルに容赦なくラリアットを決める。これは仕方のない制裁だよ。

『せめて薬だけはもらっていいかい?…彼は私の主なものでね。』

「!名前の願いなら断れねーよ。…そうか、あいつを選んだんだな。」

『ああ。』

私の主、の部分は綱吉に聞こえないよう、小声で伝える。どうやらシャマルは私が主を見つけたことに驚愕しているらしい。ふふ、そうだろうねぇ。

「ほらボンゴレ坊主、薬だ。…名前、せっかくの普通の暮らしなんだ。楽しんでけよ。」

『ああ、もちろんだよ。…ありがとう、シャマル。』

「あ、ありがとうございます…じゃなーい!名前ちゃんっていったい何者ー!?」

『…さーて、グラウンドいこうか。』

「逃げんなー!」

* * *

あれから無事綱吉を振り切り、本部のテントに到着。あらかじめこちらに来るよう恭弥に言われていたからね。
到着、したはいいんだけど…

『恭弥…?』

「何?」

『なにか、怒ってますか?』

「…別に。」

ふいっと逸らされる顔に、ああ怒ってるなと理解する。…何かあったのか?
そうは思っても、この状態の人は触れないのが一番いい。しかし離れてしまうと拗ねられるのは目に見えているので、何も言わず隣に座った。

体育祭が…始まる。




序盤の競技、私が出るのは100M走。

「〈女子100M走の選手は、スタート位置に集合してください。〉」

『おや…』

「?…ああ、名前も出るんだったね。」

『はい。…行ってきますね。』

「…頑張って。」

その言葉にこくりと頷いて、スタート位置に向かって歩きだした。…よかった、ちょっと機嫌も治ったみたいだ。よく考えたら今日は彼の嫌いな"群れ"がたくさんだからね。それで怒ってるのかな。
少しむくれた可愛い顔を思い出して、思わず笑ってしまった。




今は隣で男子の100Mもやっている。武、速いな。さすが生粋の殺し屋(リボーン談)。

綱吉、は…うん、なんか跳ねてるね。競技名はなにかなぁ。気になる。女子100Mも始まったみたいだ。
うーん、というか…

『髪、結んどくべきだったかなぁ。』

「…ゴムあげようか?」

唐突にかけられた言葉。少し驚きながらもそちらを見れば、京子ちゃんと一緒にいることの多い女の子がゴムを片手に立っていた。

『?いいのかい?』

「ええ、たくさんあるから。…その代わりと言っちゃなんだけど、」

『?』

「…私に結ばせてくれない?」

* * *

雲雀 SIDE

女子100Mが着々と進むなか、ついに名前の番が来た。そして驚愕する。

「!」

彼女の長くて綺麗な赤い髪が、高い位置で二つ結びにされていたから。
彼女自身とてつもなく恥ずかしがっているらしく、ポーカーフェイスを保ちながらも顔が若干赤い。…まあ僕にしか分からないだろうけど。
スタート目前、というところで男子の組の方で騒動があったらしい。…C組の総大将がやられた?そんなことはいいから名前をはやく走らせなよ。

そうは思っても、あの群れの喧騒は止まない。彼女はスタート地点でくすくすと笑っているだけだ。…よく見ればその視線の先には、この間応接室に来た…そして今朝僕と名前の時間の邪魔をした草食動物が立っている。
名前は確か、沢田綱吉。…腹立たしい。名前の視線の先には、僕だけがいればいいんだ。

それにしてもまだ静まらないの?いい加減咬み殺しに行こうか、と腰を上げかければ聞こえてきた女達の叫び声。

「あんた達いい加減静かにしなさいよ!」

「そうよ!これから麗しの名前様が走るのよ!?ちょっとは黙ってなさいよね!!」

そうだそうだ!!とそこらにいた女子生徒が騒ぎ始めた。その中心である名前を見やれば、戸惑いを隠せていない表情。なにがなんだかって顔だ。
静まった男子生徒達には目もくれず、今度は声を合わせて叫びだした。

「「「「名前様ー!!頑張ってー!!」」」」

名前はきゃいきゃいといった様子で手を振っていた女子生徒達に苦笑すると、ふりふりと手を振り返している。
そうしたことでさらに煩くなった歓声に、困ったなぁと笑っている名前。『どうしたものか』と口が動いているから、恐らく本気で困っているのだろう。
しかし突如閃いたように顔を晴れさせると、騒いでいる女達の方を見て口元にたてた人差し指を当てた。そして、『しぃー』と口を動かす。同時に静寂に還ったグラウンド。
会場中の注目が集まっていることにも気を止めていないようで、スターター係の生徒に話かけていた。走る、のかな。

静まったまま「位置について、」と発せられた掛け声に未だに注目が集まり続けている。名前は集中しきっているようで、もはやゴールしか見ていなかった。

「よーい、」

緊張感と静寂はそのまま、

「どん!」

彼女はさながら風のように、走りだした。

さらさらと彼女の軌跡を辿る神秘的な赤い髪。ぶれることなく保たれた走る姿勢。
美しいまでのその走りは、会場の人間を魅了した。
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