雪と夢と罪の歌
□5 主と友人
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四時限目終了のチャイムと同時に応接室を出て、周りの物珍しそうな視線を無視しながら教室へと急ぐ。
沢田綱吉…教室にいるだろうか。
あと、道中で見かけた数人の学ランは風紀委員かな。
それを見ると先ほど別れたばかりの彼が頭に浮かんでしまって、つい苦笑が洩れる。
なんというか、存外分かりやすい男の子だったな。彼ーー恭弥は。上機嫌、不機嫌。喜び、不満。下手すると、そこらの少年たちよりずっと実直で率直で…自分の気持ちに素直だ。
…まぁ口はとてつもなく達者で、私が教室に戻ろうとするたびに上手く言いくるめられ(駄々をこねられ)、結局は午前の授業を全て欠席してしまったわけだが。
というか、素直と口達者があわさった結果なのだろうか…あのすんなり出てくる誉め言葉は。
制服が似合ってると言われたとき、その時こそ表情に出さなかったものの、思わず赤面しそうなほどに嬉しかった。…なんとなく、心臓が煩くなった気もしたし。
そもそも恭弥といると、自分が上手く保てない。
赤面やら涙やら、やたらと弱々しく見えてしまうような…必死で隠している表情が、彼の前だと上手く隠せないから。
…いや、隠す隠さない以前に取り繕えない、かな。
裏社会でずっと、それこそ生まれたときから生きてきたから…心情を悟らせないのは得意だったはずなのに。
あのリボーンの読心術だって、私の心のなかが読めるときはごく僅かだというのに…恭弥の前では、まるで形無しだなぁ。
でもそれが何故か嫌じゃなくて。
そうだな…じゃあ、
彼専用の表情、ということにしておこうか。
『…ふふ、』
独りでに、心臓が早鐘を打った。
* * *
がらり、開いた扉に静まり返った教室。…さっきもこの現象が起きたよねぇ。
「!名字さん、大丈夫だった!?」
そういって駆け寄ってくるのは沢田綱吉。やっぱり優しい子…ティモ君はすごいなぁ、彼の根を見抜いて10代目に選ぶなんて。
『ふふ、ああ。問題ないよ。少々語らっていただけだからね。』
「語らっていたってヒバリさんとー!?一体どんなバイオレンスな会話してきたのー!?てか名字さん、腕のそれって…!」
『腕の…?ああ、腕章のことかい?』
そう。四時限目が終了し応接室を出ようとしたとき、最後に恭弥から腕章を渡されていたのだ。
私は実はこういうのが結構好きだったりしちゃうから嬉しいのだけど。
「名字さんが風紀委員ー!?ゴツくないしそもそも男じゃないー!!」
『うん?…恭弥もゴツくないと思うのだけど…』
再び凍る空気。目の前の沢田綱吉はかちこちに固まっている。
全員が固まって動けないなか、長身の朝助けてくれた…ああそう、山本がこちらに寄ってきた。
「な、なぁ、『恭弥』ってまさか…ヒバリのことか?風紀委員長の?」
『?そうだけど?』
「「「「えぇぇぇぇぇえええええ!!!??」」」」
静まり返っていたのが嘘のような大絶叫。沢田綱吉や、いつのまにかその隣にいた銀髪と山本は絶叫こそしていないが、汗がだらだらと流れている。
というかあの銀髪、見覚えがあるな。どこで見たんだろう?
「あ、あのヒバリさんを名前で呼ぶ人なんて…初めて見た…」
「ははっ、やるのなー名字!」
「つーかあのヒバリが名前で呼ばれることを拒否らねぇわけが…」
『?呼ぶように言ってきたのは彼だよ。』
「「「「「···」」」」」
急に今度は全員が悟った顔になり、黙りこくってしまった。
ヒバリさんも人の子だったんだ···なんて彼らが考えているとは、もちろん知るわけがないけれど。
このままだと収束が付かないと判断した沢田綱吉が私を屋上に連れ出すのは、このあと直ぐだった。
* * *
昨日ぶりの屋上…少し雲は多いけれど、これはこれでまた風流だねぇ。お弁当日和ともいう。
「はぁ…想像以上に普通じゃなかった、名字さん…」
「すげーな、腕章もらったってことは気に入られたんじゃねーか?」
「けっ、ヒバリに気に入られるわけねーだろ!どーせ気まぐれだ!」
『ふふ、確かに普通ではないかもねぇ。気に入られたかどうかは私の知り得る範囲ではないかな。
…彼はことのほか気分屋のようだからね。ただの気まぐれかもしれないし、他の理由があるかもしれない。そこも私の知り得る範囲ではないけれど。』
彼らの疑問点に一つ一つ丁寧に答えていく。沢田綱吉に関しては完全独り言だったようで、「聞いてたの!?」と聞こえてきそうな顔でこちらを見ている。というか、
『…沢田綱吉以外の名前を知らないのだけど、教えてもらえるかな?』
「ものすごく今更ー!!」
『ごめんよ、聞くタイミングがなくてね。』
「そういえばそーだったな!オレは山本武だ、気軽に名前で呼んでくれ!」
沢田綱吉はツッコミ担当、と…しかも結構キレがある。
山本武は爽やかだなぁ、まさに中学生。筋肉の強化配列からして球技、野球かバスケットの選手かな。
さて、残りの銀髪くんは…
「…獄寺隼人だ。てめぇ、もし10代目を狙うスパイだったら…女だとしても容赦なく果たすぞ!」
うーん、忠義を誓うのは良いことだけど…ちょっと曲がってるというかなんというか。どことなくセントラルの子達に似てるね。
『わかった、武と忠犬君だね…私のことは名前と呼んで。よろしく頼むよ。きっと、長い付き合いになるだろうから。』
そういうと武は首を捻っていたが、沢田綱吉には思い当たる節があるのか微妙な…嬉しさと拒否したさ半々、といった表情をしている。
その横では案の定、獄寺隼人が吠え出した。
「おいてめぇ、なんだ忠犬って!犬扱いしてんじゃねーぞ!」
果たす!そういって取り出したのはダイナマイト。それをみて、私の脳内で一つのパズルが完成する。
彼は『スモーキン・ボム』…昔ティモ君が彼を拾うまで、セントラルの保護対象に入っていた少年だ。
居場所の特定が難しくて、結局保護には至らなかったが。
『やれるものならどうぞ?』
ふふ、と笑ってやればまさに怒り心頭といった表情。まだまだだなぁ。
「てめっ…!覚悟しろ!」
わざわざ忠告してから宙に放られたダイナマイト。
工夫が足りてないな…こんなんじゃ、
「ご、獄寺くん!なにやって、」
すぱん、
『…裏の世界じゃ生き残れないよ?悪童さん?』
地面に落ちていく未爆発のダイナマイト。理解できていない様子の3人の少年。
「な、今なにを…!」
「導火線を斬ったんだぞ。」
おや、
『リボーンじゃないか、昨日ぶりだね。』
「ちゃおっス、名前。腕あげたな。」
『ふふ、お褒めに預り光栄だよ。』
「おっ、小僧じゃねーか。どうしたんだ?」
リボーンに誉められて実はかなり嬉しかったりする。現状戦えば私が勝つだろうけど、それはあくまでも彼がいまこの姿だからだろうし。
「いやいや!まず名字さんがなにやったかを聞こうよ!」
「?おー、そーだったな!」
「アホか野球馬鹿!オレのダイナマイトを止めるなんざ、一般人にできるわけねぇ!スパイだ!」
あっちはあっちで盛り上がってるな。…というか私はスパイじゃない。
「さっきのは、超高速での抜刀によって刃の届く距離にあるものを斬る『旋空』っつー技だぞ。
それと獄寺、名前はスパイじゃねぇ。ツナの世話係だ。」
「せ、世話係…確かにそんなこといってたような…てか学校に刀持ってきてんのー!?」
『…護身用だよ。』
「じゃあなんで目そらしたのー!?」
斬られるー!と昨日のように叫んでいる沢田綱吉。だから斬らないと言っているのに…
『昨日も言ったでしょう?私は君を斬りはしないよ。絶対に。』
「そうだぞツナ。あんまびびってっと逆にスパンと…」
「ひぃぃぃぃいい!」
『リボーン…』
余計に怖がられた気がする。ああもう、埒が開かない。
『お腹、すいた…』
「「「「!」」」」
「お、お弁当食べよう!」
「そ、そっすね!」
「オレも腹減ったなー!」
「おい名前、ちょっと食わせろ。」
四人とも急にいさかいをやめ、食事の体勢になった。…なんで急に?私がお腹すいたと言ったせいかな?
「「「「(垂れてる耳としっぽが見えた。確実に!)」」」」
『仕方ないなぁ…はい、あーん』
「あー…」
むぐむぐと口を動かすリボーン。これだ見てると本当にただの赤ん坊だ。
「んまい。料理も上達してんな。」
『満足してくれる味だったかな?』
「ああ。ママンにも負けてねーな。」
今日はよく誉められる日なのかな。嬉しいけれどね。
「え、名字さん自分で作ってるの?」
『ええ。独り暮らしなものでね。』
「おー、名前の弁当上手そうだなー!」
「ふん、そんくらい出来て当然だろ!」
つらつらと弁当に群がってくる少年たち。特に獄寺隼人は食べたそうにこちらを見ている。まったく、食べたいならそう言いなさいよ。
『はい、』
「な、いらねっむぐ!」
半ば無理やりハンバーグを口に突っ込めば、それでも吐かずに咀嚼してくれる。…うん、性根はいいやつなんだね。
「…うまい」
『ふふ、それはよかった。』
「獄寺羨ましいなー。よし名前、オレにもくれ!」
『ん、口開けて。』
武の口には卵焼きを。そして最後に、
『沢田綱吉、あーん』
「!お、オレもいいの?」
『もちろん、さぁはやく』
あー、と開けられた口には獄寺隼人と同じくハンバーグを。
「おい、しい…」
『そう。…よかった。』
仮とはいえ主に不味いと言われたら…ううん、号泣するかもしれないな。美味しくできていてよかった。
そしてそのまま、残りの昼休みを彼らとともに過ごした。
* * *
『ふぅ…』
HRが終了し、生徒が少しずつ教室から消えていく。前の沢田綱吉も準備ができたのか、こちらを振り返った。
「ねえ名字さん、今日一緒に帰らない?」
大きなくりくりとした目で私の様子を伺っている。あまりの可愛らしさに頷いてしまいそうになるが、はっと思い出して否定の言葉を紡いだ。
『ごめんよ、沢田綱吉。放課後は応接室に行くと約束してしまってね。』
「え、ヒバリさん!?…あ、気に入られてるんだった…」
一度は驚愕に顔色を染めていたが持ち直し、今度は妙に納得した顔で頷いていた。…忙しない子だねぇ。
「じゃあ今度一緒に帰ろう?あ、あと出来れば…その、」
『?』
「オレも名前で呼んでほしいな、て思ったんだけど…うう、やっぱりなんでもない!今のは忘れ、」
『綱吉。』
「ぁ…」
『もちろん、君が望むなら私はそれに答えるよ。…そうだねぇ、じゃあ私からも一つ、』
名前を呼ぶと薄く染まる頬。照れているのかな、可愛らしい。
『私のことも、名前で呼んでくれないかな?』
「!うん!名前ちゃん!」
ちゃん付けで呼ばれたのなんてティモ君以来だなぁ、でも彼ならいいか。
先ほどよりずっと上機嫌になると、ばいばい、と手を振って武と獄寺隼人と帰っていった。
さて、私もいきますか、
『恭弥のところに。』
* * *
こんこん、
「いるよ。」
どうぞ、じゃないのね…なんて思いながらも扉を開けた。
「!やぁ、名前…来てくれたんだ。」
『もう、私は約束を破る薄情ものに見えますか?…それに、指切りだってしたでしょう?』
開けて目が合うと、ふわりと小さな笑みを溢してくれる恭弥。その表情はとても綺麗なのだが、いかんせん物言いが気になる。
私は約束は絶対に破らない。…恭弥ならなおさらね。
「ここは人が寄り付かないから。…普段は嬉しいけど、君も来てくれないかもしれないと思っただけ。」
座っていたソファーの隣をぽふぽふと叩いている恭弥。…座れってことかな?
荷物を扉の近くにおいてそちらに近寄る。隣にぽすりと座れば、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
「ふふ…またむくれて。頬、ふくらんでるよ。」
『!むくれてないです!』
そう否定すればさらに笑い声が洩れてくる。
「君が来てくれなかったら、って柄にもなく心配になったんだ。…それだけ会いたかったんだから、許してよ。」
『…私が約束を違えることはありません。何より、あなたとした約束だから。』
「!」
こてり、と首をかしげられて見つめられれば、恥ずかしくとも本音を言うしかない。
そんな私の言葉を聞いた恭弥の頬がじわり、じわりと赤くなっていく。
え、なんで…?
「っまったく君はそうやって…、」
『わ…!』
二の句が紡げなくなったらしい彼が、おもむろに私の頭を片手で引き寄せる。
優しく、それでいて抵抗を許さない手つきで、肩口に顔を埋めさせられた。
もちろん隣に座っていただけの私がその体勢に耐えられるわけもなく、ぎゅ、と恭弥のシャツにしがみついてしまう。
恥ずかしい。でも、恭弥のいい匂いがして…
何故だかどきどきうるさい心臓に内心首を傾げるも、くらくらするほどに彼を近くに感じて…思考が上手く回らなかった。