雪と夢と罪の歌
□3 大空と雪
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『ここが…』
私のマンションから歩いて5分。わりと近くにあったボンゴレ10代目、沢田綱吉の家。
インターホンを押せば中から「はーい」と女性の声が聞こえてくる。おそらくはボンゴレ門外顧問、沢田家光の奥様の奈々さんだろう。
「あら?どちら様?」
『はじめまして、リボーンの知り合いの名字名前と申します。昨日海外から此方に来ました。彼に呼ばれているのですが...』
「まぁ!リボーンちゃんの!可愛い子ねぇ、入って!」
『ありがとうございます。』
奈々さん、若い…というか美人だ。あの門外顧問に何故こんな美人が嫁ぐのか奇妙でしかたない。
「リボーンちゃんは今2階にいるわ。上がってすぐの部屋だから!」
『はい』
とんとんと階段を上がっていく。2階に近づくにつれ、何やら言い争いが聞こえてきた。
ちょこちょこリボーンの声が聞こえるから彼が何かをしたのは明白なので、あまり気にせずドアをノックする。
「いいぞ。」というリボーンの声と、「ここオレの部屋なんだけどー!」という少年の声。
開ける前から楽しそうな雰囲気を感じて、ふっと小さく笑みを溢した。
綱吉 SIDE
謎の赤ん坊、リボーンのせいでここ最近大変な事ばかりだ。
よくわからん子供になつかれたり、奇怪な料理をするリボーンの愛人が住み着いたり、熱血の先輩に絡まれたり…
果てには並盛の風紀を取り締まる風紀委員長であり、不良の頂点に立つヒバリさんにも目を付けられてしまった。
それでも、この赤ん坊が来たお陰で友達が出来たのも事実。
「(だからって感謝はできないけど)」
そしてまたこの赤ん坊は、オレの所に新たな波乱を呼び寄せようとしているらしい。
それは今朝、唐突に言われたこと。
「今日の夕方、おめーの新しいファミリーが来るぞ。」
「はぁ!?なんでまた!?っていうかオレはマフィアにはならないって!」
「うっせぇ、いーから部屋片付けとけダメツナ!粗相があっちゃいけねぇからな。」
「そんなお偉いさんなのー!?」
「ふっ、さーな」
「…なあリボーン、本当にくるのか?」
「あたりめーだ。もうその辺まで来てるぞ。」
「言われた通り部屋は片付けたけど…緊張してきたぁ…」
だってリボーンが粗相があっちゃいけねぇ、なんていうくらいの人なんだ。きっと厳つくて怖い人なんだろうな…
「あんま堅くなんなよ、あいつはそーゆーの嫌いだからな。緊張しってっとほぐすために斬られるぞ。」
「どんな人なんだよぉぉぉぉおおおおお!!」
叫ぶと同時に僅かに聞こえてきたインターホンの音。
「おっ、きたな」
「ヤバイって!どーしよーリボーン!オレ殺されちゃうよー!」
「ダメツナが...斬られはしても殺されはしねぇよ。…あいつは優しいからな。」
「それって優しさー!?」
こんこん、という緩やかなノックの音が響く。し、深呼吸深呼吸…と思っていたのに。
「いいぞ。」
「ここオレの部屋なんだけどー!」
リボーンのばかー!ヤバい斬られるー!
ガチャリ、開かれた扉から入ってきたのは、予想に反し
『ふふっ、リボーン、ダメじゃないか。あまり10代目をいじめては。』
女性らしい丸みを帯びた体躯を並中の制服で覆った、可愛い女の子だった。
* * *
ぽかん、とこちらを見上げるボンゴレ10代目沢田綱吉。そんなに驚くことはないだろうに。
「いじめてはいねーぞ。教育してんだ。」
『おや、それならば仕方がないねぇ。』
「仕方なくないだろー!?」
なるほど、確かにティモ君が選びそうな優しい目をした少年だ。少々頼りなさげではあるが。そこもまた、いいのかもしれないね。
一方突っ込んだ方の彼は何やら顔を真っ青にして此方を見上げている。
まったく…
『何を言ったんだい?リボーン。』
「オレはなんも言ってねーぞ。ツナが勝手に想像してビビってるだけだ。」
「嘘いうなよー!斬られるって言ってただろー!?」
斬られる、というのはまぁおおよそ想像がつくな。どうせ想像してびくびくなっている沢田綱吉に、その恐怖心を煽るかのようなことを言ってのけただけだろう。
私は初対面の人間を斬るようなクズではないんだけどなぁ。
これ以上恐怖心を煽らぬようゆっくりとベットに座る彼に近づき、目の前で片膝をつく。視界に入ったリボーンが酷く焦り、動揺していたのは見なかったことにして…私は沢田綱吉に語りかけた。
『沢田綱吉。安心なさい、私は君を斬らない。私は君を、
護るために…ここへ来たのだから。』
「…え…?」
『ふふ、はじめまして沢田綱吉。私は名字名前、君とは同い年になるかな。リボーンの友人だよ。
そして私の役目は、君の願いを聞き、それを実現すること。』
「願い…?」
こてり、と顔の血色を戻した彼は首を傾げた。
こんな優しい瞳を持つ少年を、此方に招き入れるのは正直賛成しかねる。
でもこの子の優しさがあれば…消さなければならない命も少しは減るかもしれない。
だからといって強制はしたくないから。
そう、だからこそ。
『君は今、本来なら巻き込まれることはない出来事に一喜一憂しているね?
本当はやりたくないのに、でも回りの期待を押しきれなくて。苦しいこともたくさんあるだろう?
…そんな君の心と、その傷を癒すため…そうだな、平たく言えばーー
君を甘やかすために、私はここに来たんだよ。』
彼はしばし動揺したように瞳を揺らしていたがやがて、不安…それから少しの期待を瞳にのせ、此方を見てくる。
「甘やかす、ため…?」
『そう。辛いこともたくさんあるだろう?私はその逃げ道になる。だから、何かあったら私の所へおいで。私は何があっても、
君の味方でいてみせるから。』
「っ…!」
ぽたり、ぽたり、彼の大きな瞳から涙が流れ出る。
私はゆっくり彼の隣に腰かけると…そっと、彼を抱き締めた。
ぎゅ、と巻き付いてくる腕が、彼の我慢を物語っているようで…
『…よく頑張ったねぇ。』
「…ふ、ぇ…」
僅かに洩れる嗚咽にちらりとリボーンを見やれば、分かっていたように、だがどこか不満げにふっと笑んで、開いたままの窓に消えていった。
残ったのは、その小さすぎる背中にたくさんの物を背負わされた、優しすぎる少年と…
一つの決心をした少女だけだった。
* * *
ゆっくり、泣きつかれて寝てしまった彼をベットに横たえる。
そして、
『仮契約、とさせてもらおうか。』
ちゅ、と彼の手の甲に口付ける。手の甲へのキスの意はーーー敬愛、尊敬。
するりと手を離すと、彼の頭を一度だけ撫で、部屋を出た。
* * *
ふわり、とご飯のいい香りがする。
『あの…』
「あら、ツー君とのお話は終わった?」
『はい。彼、疲れて寝ちゃって。』
そういうと、奈々さんはくすくすと笑う。
「ごめんなさいね、あんな子で。でも実はとーってもいい子なのよ?」
『はい…私も、そう思います。』
今度は少し嬉しそうに笑って料理をする手を止めた。
「最近、ツー君の良さを分かってくれる子が多くて…私も嬉しいわ。」
親バカかしら?なんて首を傾げる彼女はきっと、沢田綱吉の性格形成に大きく関わっているのだろう。彼と同じ暖かさを、その笑顔に感じたから。
「名前ちゃん、ご飯食べてく?」
『え?』
「せっかくツー君のお友達に女の子が出来たんだもの。私も仲良くしたいわ。」
お友達、という単語にどこかくすぐったさを感じた。今まで同年代の友人なんて、いなかったから。
それに、奈々さんから仲良くしたいと言われるなんて、うれしい。
『ごめんなさい、私もお邪魔していきたいんですけど…片付けが済んでなくて…』
ついしゅんとしてしまうのを抑えられない。
ご飯、食べていきたかったな…
「…ふふ」
笑い声に顔を上げれば、嬉しそうな奈々さん。
「いいのよ。これから日本で過ごすのでしょう?なら、好きなとき、いつでもきなさい?」
『いつでも…?』
「ええ。…楽しみにしてるわ。」
『っはい…!』
その後二言三言話し、外へ出る。春と夏の間とはいえ、少し暗くなると寒くもなるな…
「ごめんなさいねー、ツー君が起きてれば送らせたんだけど…ホントに一人で大丈夫?」
『はい。綱吉くん、疲れてたみたいなのでしょうがないですよ。それに送迎なら、』
「ママン、オレが行くぞ。」
『…らしいので。』
「ふふ、リボーンちゃんが行くなら安心ね。お夕飯までには戻ってくるのよ?」
「ああ。」
リボーンが肩に乗ったのを確認すると、奈々さんにもう一度礼を言って歩き出す。
沈黙を破ったのは、リボーンの方だった。
「…名前、おめーが膝をつくなんざ、本来あっちゃいけねーことだ。まさかとは思うが…」
『ふふっ、うん…そのまさか、かな。』
「!」
リボーンが驚いているのが、目を向けずとも理解できる。ヒットマンなのに感情丸出しだ、なんて。私の前だからだと思うと、やっぱり嬉しい。
「…なんでツナなんだ。ヒバリでもいいじゃねーか。」
『おや、ダメかい?』
「…ダメなのはむしろツナの方だぞ。今まで数々の秀才たちの申し出を断ってきたお前が、なんでダメダメなあいつを、」
リボーンの問いに、思わずくつくつと笑ってしまう。やはり彼も存外心配性だ。
『ダメダメなんかじゃないさ。むしろ天才だよ。他人の心をほぐす、ね。』
「…だが、それだけじゃおめーが選ぶ理由にはなんねーだろ?」
『そうだね。うーん…強いて言うなら直感、かな。』
彼だ、と私の何かが言った気がしたんだ。事実、仮契約を終えた今…一方的に繋がっているにすぎない現状で感じる、暖かさ。
『彼はこの世界の人間、約70億人以上の中で最もそれに相応しいと…なんとなくだけど、そう思ったんだ。』
「…ま、オレが育ててんだ。アイツも直にダメダメじゃなくなるだろ。」
『ふふっ、そうだね…とりあえず今は仮でいいんだ。必要な刻はいずれ、必ずやってくる。』
そのときはなってくれるかな。
『私の、主に。』
3 大空と雪 END